2023-01-01から1年間の記事一覧

「藤十郎の戀」

一九三七年(昭和十二年)松竹の若手時代劇スターだった林長二郎は同社を退社し東宝に移籍しました。移籍の原因はいろいろ取沙汰されていますがここでは触れません。いずれにせよ反響は大きく、マスコミは世話になった松竹を裏切った「忘恩の徒」と非難し、…

『古池に蛙は飛び込んだか』

長年にわたり気になっていた長谷川櫂『古池に蛙は飛び込んだか』(中公文庫)をようやく読んだ。元版の花神社刊単行本は二00五年の出版だからすくなく見積もっても気がかりは十年あまりにわたっている。そして遅まきながら読んでよかったと思ういっぽうで…

「上海バンスキング」 南里文雄を聴いた!

佐々木康監督「蛍の光」と「純情二重奏」をみた。いずれも初見で、前者は昭和十三年、後者は翌十四年の松竹作品。 「蛍の光」は女学校の生徒に高杉早苗、高峰三枝子、先生に桑野通子というキャスト、女性映画の松竹の面目躍如である。わずかなシーンながら女…

「告白、あるいは完璧な弁護」~旨みのある韓流サスペンス&ミステリー

「告白、あるいは完璧な弁護」(監督、脚本ユン・ジョンソク)は全編サスペンスとミステリーの旨みが味わえる出色の韓流作品でした。一時間四十五分にわたり味覚をそそられたあとは心地よさを伴いつつもいささか疲れを覚えたほどでした。 ホテルの一室で若い…

鷲津毅堂の碑とお墓

永井荷風の母方の祖父鷲津毅堂の碑と墓へ行ってきました。 まずは隅田川にかかる白鬚橋を渡り、石碑が建つ白髭神社へ。 毅堂鷲津宣光(1825-1882)は尾張藩の儒者で、維新後は明治政府に仕え、登米県権知事、司法判事、司法少書記などの要職を歴任、東京学士…

小野小町のラブレター

和風書道の基礎を築いたと評され、藤原佐理、藤原行成とともに「三跡」と称される小野道風が書き写した『和漢朗詠集』を持っているという人がいたので、ある人が、藤原公任の編集した書物を、それより前の道風が書き写したというのは年代が違うでしょう、そ…

「 ブラッド・アンド・ゴールド 黄金の血戦場」~娯楽作に漂う奇妙な味

Netflix配信の娯楽作品です。題名からうかがわれるようにゲージュツに接する心がまえとか歴史の予習とかは一切不要のお気楽作品で、わたしはけっこうこの種の映画は好きなのですが、加えてシュールというか奇妙な味付けが気になってメモを取っておく気になり…

半世紀ぶりの神宮球場

運転免許証の更新通知が来たので自主返納し、運転経歴証明書を取得した。マイナンバーカードや旅券は持ち歩きたくないので、これからは更新なしのこの証明書がIDの保証となる。退職後すぐマイカーは処分したので、この十余年やむなく子供の車を借りたとき以…

「カサブランカ」のシナリオからから(四)〜《Why do you interfere with my little romances?》

ヨーロッパからフランス領モロッコのカサブランカに逃れて来た人たちの多くは、ここから中立国ポルトガルのリスボンを経て米国に向かおうとしています。けれど出国ビザの取得は簡単ではありません。フランス領といっても本国はナチスドイツの侵攻を受けてお…

「カサブランカ」のシナリオから(三)〜《Play it.》

思いがけないサムとの出会い。再会のあいさつを交わしたイルザはサムに「何か昔の曲を弾いて」とリクエストします。 ここでサムはベニー・グッドマンが大ヒットさせたスイング時代の名曲「アヴァロン」を弾きます。イルザはサムにリックの近況を訊ね、サムは…

「カサブランカ」のシナリオから(二)〜《A lot of water under the bridge.》

リックはイルザといっしょにパリからの脱出を決めました。ところがイルザはリックの前から姿を消しました。失意のリックは歌手でピアニストのサム(ドーリー・ウィルソン)とフランス領モロッコのカサブランカに逃れ、ここで酒場を開きました。そこへイルザ…

「カサブランカ」のシナリオから(一)〜《I never make plans that far ahead.》

英語の勉強の一環で映画「カサブランカ」のシナリオを読みました。テキストはアルク英語シネクラブ編集部編『カサブランカ』(アルク)です。監督はマイケル・カーティス、シナリオはジュリアス・J・エプスタイン、フィリップ・J・エプスタイン、ハワード・…

町で見つけた歴史遺産

ご近所の谷中を散歩していると写真の遺物があった。歴史遺産もしくは文化財としてよいであろう。しょっちゅう通っているところなのにいまごろ気がつくなんて迂闊な話である。 示されている町名は「上三崎南町」(かみさんさきみなみちょう)」、『日本歴史地…

『戦争と平和』を読む

南條竹則『酒と酒場の博物誌』(春陽堂書店)のなかに「『ラインガワ』の荒川さん」という一文がある。「ラインガワ」は著者が若い日、よく訪れた渋谷のワインバーで、四方田犬彦『先生と私』の由良君美もなじみの一人で、片手にパイプを持ちおいしそうにふ…

「ウィ、シェフ!」

職人気質と組織が相親しんだり、協調したりするのは難しい。「一輪咲いても花は花」の矜持を機械の歯車にしようとするようなものですから。 じつは、これ、もともとわたし好みのテーマで、しかもこの映画「ウィ、シェフ!」は職人気質を発揮するあまり一流レ…

群盲と象

『北斎漫画』を眺めていると第八篇に「群盲象を評す」の絵(漫画)があった。昔から知られていることわざだから、あって不思議はないけれど、こうして眼にするとことわざを絵にする発想が面白く「おやっ、ほほう」と感心した。 「六度集経」という仏教説話集…

向島で

自宅の根津から上野、浅草、そうして向島を散歩して永井荷風ゆかりのところを訪ねた。 この界隈へ来るとまずは長命寺にある成島柳北(1837-1884)の碑にごあいさつしなければならない。なにしろ荷風が尊敬してやまなかった人で、「隠居のこごと」には「成島…

酒歴

晩年の開高健に『開高健の酒に訊け』という対談シリーズ(酒にはウイスキー とルビが振られている)があり、なかで作家の村松友視が「ぼくがトリスを飲み始めたころ、バーへ行くと小刻みに男のランキングがあって、カウンターの奥にサントリー白一五〇円 ト…

「夢の通ひ路」

三月二日。東京マラソンのエントリーに東京ビックサイトに行ったところ外国人がずいぶんいてコロナ明けを実感した。昨年秋の東京レガシーハーフはそれなりの成績でフィニッシュできたから、その余勢で今回も!とはいえ、加齢とともに弱気に陥りやすくなるの…

「パリタクシー」~パリで起きた「或る夜の出来事」

映画のあと、後々まで心に残っているだろうかとか、さわやかな印象を残してくれてうれしいとか思ったり考えたりする。それはおのずと映画の評価に繋がります。よい意味で記憶に残るかどうかは映画や文学作品について考える際の大切な項目であり基準なのです…

「AIR/エア」~ビジネスの世界を爽やかに

マイケル・ジョーダンと契約したナイキが、伝説となったバスケットシューズ「エア・ジョーダン」を作り、販売に乗り出した内幕を描いた実話ベースのサクセス・ストーリーです。ビジネスの世界をじつに爽やかで、楽しめる作品とした監督ベン・アフレック(ナ…

「女相続人」

Amazon prime videoにある魅惑のモノクロ作品群から「女相続人」を観ました。題名は前から知っていて優れた作品だろうとは推測していましたが、これほどまでとは思いもよりませんでした。いままでご縁がなかったのが不思議なくらいです。 一九四九年の作品で…

旅と料理と酒のたのしみ~ 吉田健一『汽車旅の酒』

中公文庫オリジナルの一冊に吉田健一『汽車旅の酒』がある。二0二二年三月刊。 旅をして、汽車に乗り、駅弁や酒を買う、そこに本書があって素敵なめぐり合せである。 これを企画した編集者を讃えよう。 著者の全体像を論じたりするのはわたしには無理だけれ…

『風と共に去りぬ』にのめり込んで

二月一日、横浜市保土ヶ谷区において歩行者の男性が切りつけられた事件で、六十二歳の男が逮捕された。容疑が事実とすれば、なかなか悪のエネルギーをもつ六十二歳だが、平成令和の六十代のイメージだと特段の驚きはない。 松本清張『黒い画集』(新潮文庫)…

「メグレと若い女の死」~メグレ警視とあの頃のパリ

興味深い謎とその論理的解決、探偵・犯人のキャラクター、犯罪の背後にある時代の雰囲気・世相風俗、いずれもわたしを含め多くのミステリーファンが期待することがらで、映画ではこれに、語り口にふさわしい映像と音楽を加えなければなりません。 ここまでを…

「エブエブ」に茫然

血湧き肉躍るアクションやサスペンスフルなミステリー作品は大好きですが、 マンガ、SFまた前衛とかゲージュツが苦手でそれらの味が濃くなると腰が引けてしまいます。 ですから予告編だけで「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」は自分に…

『60歳すぎたらやめて幸せになれる100のこと』~人生のエンディングを軽やかに

『60歳すぎたらやめて幸せになれる100のこと』というムック仕様の本を読んだ。二0二一年十月に宝島社から刊行されている。 人生のエンディングを軽やかに生きていくために大切な「やめること」「捨てること」「離れること」「距離のとり方」「縁の切り方」…

『彼は彼女の顔が見えない』〜1日100頁の快調

ストーリーをたどるのが苦手だ。先日、佐々木譲原作の韓流映画「警官の血」を観て、それなりに面白かったけれど、登場人物の整理がつかないまま終わった。原作は読んでいて、しかしこれほど複雑だった印象はないのに困ったものだ。 それはともかく、いま読み…

「恋人よ我に帰れ」

ある英文法の本に、The earth、The sunがともに定冠詞付きで使われるのは、地球も太陽もひとつしかないものであり、十分に特定されていると想定されるからだと説明があった。 The sky was blue and high above The moon was new and so was love. わたしがカ…

戦時下の「風と共に去りぬ」

マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』は一九三六年六月に出版されるや、たちまち世界的ベストセラーとなり、翌月にはさっそく映画プロデューサー、デヴィッド・O・セルズニックが映画化権を獲得しました。 映画は一九三九年十二月十五日にワールドプ…