「パスト ライブス/再会」

シャンソンに「再会」という名曲があり、ジャズに「ホワッツ・ニュー」というスタンダードナンバーがあります。

歌詞は似たようなもので、辞書に同工異曲の語釈として、詩文などを作る技量はおなじであるが、趣が異なることとありますから、まさしく絵に描いたような同工異曲で、《女(あるいは男)が別れた恋人(あるいは夫または妻)と偶然に出会った時の状況を歌った歌》(和田誠『いつか聴いた歌』)なんです。

シャンソンとジャズにおなじ主題をもつ素敵なナンバーがあり、それを、およそ男女の感情の機微を解するとはほど遠い、どんくさい日本のわたしが愛聴している。どうやら別れた男女の年経てのめぐりあいとそこに漂う哀切感や追憶への甘酸っぱさは国を問わず愛の類型のひとつとして認識され、多くの人を魅了しているようです。現実の体験の有無は別にして。

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「パスト ライブス/再会」もそうした愛のかたちを描いた作品です。ソウルでおなじ小学校に通う十二歳のノラとヘソンですが、ノラの家族の海外移住により離ればなれになってしまいます。互いに淡い恋心を抱いていた二人でしたが、小さな恋のメロディを奏でるには至りませんでした。

ところが十二年後、ニューヨークに暮らすノラとソウルのヘソンがSNSで繋がります。「再会」や「ホワッツ・ニュー」の偶然とは違う、ずいぶん長い年月のあと意図的に出会いを求めた結果でした。オンラインで互いを確認し、それぞれの気持を思いやる二人でしたが、再会とはなりませんでした。ノラもヘソンもすでに独り立ちした者としての生活があり、人間関係があります。

それから十二年後、独身のヘソンはニューヨークに向かい、当地で作家のアーサーと結婚して生活しているノラととうとう再会を果たしました。十二歳で別れた二人の、三十六歳での邂逅です。ノラとヘソンの二人、それにノラの夫アーサーの三人のあいだで事態と感情は微妙に揺れるのですが、そのゆくえは目を凝らしているわたしになかなかのサスペンスをもたらしてくれました。それと韓国生まれの二人が「パスト ライブス」(前世)の縁という意識を懐くのは歴史的な生活習慣や宗教意識によるものなのか、これは疑問としておきます。

映像も魅力的で、とりわけ水のニューヨークが素晴らしい。雨にけぶる街並、自由の女神像の建つニューヨーク湾リバティ島の光景、ハドソン川の水辺のほとり、雨上がりの舗道の水たまりに映る街灯など一見にも二見にも値するものです。

(四月十六日 TOHOシネマズ日比谷)