2013-12-01から1ヶ月間の記事一覧

ヴェネツィアの花〜ガーディニアとラヴェンダー

フランスの作家ポール・モーランは、多くの作家がヴェネツィアに魅せられ、かれらの著作のインクがこの地の運河を黒ずませたと書いている。そのひとりアンデルセンは『即興詩人』でこの都市を「水に浮かぶ城」「アドリア海の女王」さらには「海の配偶者」「…

メディチ家の館と庭(伊太利亜旅行 其ノ十六)

前方にイタリア式庭園が広がるメディチ家の別荘。ヴェルサイユ宮殿のイタリア式庭園を見たときは壮大佳麗におどろいたが、こちらは自然というか素朴でとても親しみやすい感じがする。 メディチ家が所有していたボボリ庭園について須賀敦子は、おなじイタリア…

マロニエの並木道(伊太利亜の旅 其ノ十五)

フィレンツェ郊外、メディチ家の別荘に向かうマロニエの並木道。トスカーナ州の田園一帯にはメディチ家の十二の館(ヴィッラ)が点在している。 この並木道をあるきながらあらためて戦前の昭和モダニズムのイメージ形成に木々や花が一役買っていることを思った…

「ゼロ・グラビティ」

テレビドラマ「ER緊急救命室」の第二シーズンの一話を観たところ、めずらしくアクションふうな一篇で、大雨のなか車がパンクし、立ち往生しているジョージ・クルーニーのダグラス・ロス医師のところへ、友達が上水道で流され堰き止めの鉄条網に足を挟まれ死…

ローマの休日バッグ(伊太利亜の旅 其ノ十四)

ローマの観光名所があしらわれたトートバッグの図柄。〈Roman Holiday Bag〉の名で売られていたから、映画好きの旅行者は見過ごせない。はじめプレゼント用にと買ったが、後悔したくないのですぐ自分用に二つ目を購入した。 丸谷才一の名著『男のポケット』…

「キャプテン・フィリップス」

航海に出るフィリップス船長を妻が空港まで見送る。その車中で中年夫婦は、難しい時代になって子供たちはどうなるのだろうとその将来を心配している。ソマリア沖を航路とするのは二人とも承知のはずだがそうした話題はなく、中年の夫婦はソマリア沖に出没す…

「ローマの休日」(伊太利亜旅行 其ノ十三)

「銘柄を指定してワインを註文するなんて凄い。詳しいんですねえ」とおなじツアーに参加していた若い男女のカップルにほめていただいた。 そんなふうに見られるのはけっこうだけれど、とんでもない買いかぶりで、イタリア・ワインの銘柄なんて〈キアンティ〉…

キアンティ・クラシコ(伊太利亜旅行 其の十二)

映画「ローマの休日」で堅苦しい宮廷生活にいたたまれずアン王女はとうとうローマの街に一人飛び出したのだったが、市井の暮らしがどういったものかわからず、たまたま出会ったジョー・ブラッドレー記者と入ったバールでもシャンパンをオーダーしていた。 そ…

『HHhH プラハ、1942年』余話

ローラン・ビネ『HHhH プラハ、1942年』(高橋啓訳、東京創元社)の訳文はとてもわかりやすく読みやすい優れもので、読んでいるうちに何度か村上春樹が書いた歴史小説と錯覚しそうになった。妄言御免。 もっともすらすらとは読めなかった。登場人物、また言…

ミラノの市電(伊太利亜旅行 其ノ十一)

オレンジ色を基調とするミラノの市電。ペッピーノと須賀敦子はムジェッロ街の自宅から電車に乗ってコルシア書店に通っていた。当時、線路はドゥオーモの裏の広場まで来ていて、ここだと書店は徒歩で五分ほどのところにある。そのころの電車は色あせたグリー…

サン・カルロ書店の椅子(伊太利亜旅行 其ノ十)

『コルシア書店の仲間たち』の「入口のそばの椅子」という章で須賀敦子は同書店の支援者だった大富豪の夫人ツィア・テレーサの思い出を語っている。夫人はカトリック左派の思想面での支持者ではなかったが、この文化運動を指導するトゥロルド神父の説く人類…

『HHhH プラハ、1942年』

チャーチルはナチの高官でチェコの実質的統治者だったラインハルト・ハイドリヒを恐れていたという話がある。たぐいまれな洞察力を具えた、この抜け目のない男がヒトラーを排除し、妥協による講和に持ち込んだりするとナチ体制を維持する可能性がある、チャ…

コルシア書店のおもかげ(伊太利亜旅行 其ノ九)

サン・カルロ書店のドアをあけた。教会と同様に静謐な空気に包まれた店は軽々しく立ち入るのがはばかられる古書店のようだ。 小さなカウンターがあり、書店の方とお客さんが話をしていた。この二人のほかにはわたしがいるだけだ。 会釈をして奥に入ると、読…

コルシア・デイ・セルヴィ書店(伊太利亜旅行 其ノ八)

サン・カルロ教会に向かって右隅にあるサン・カルロ書店。おそらく教会が附設している書店だろう。かつてここにコルシア・デイ・セルヴィ書店があった。訪ねあてて「あった!」と思った瞬間、サン・カルロ書店の文字にコルシア書店の文字が重なった。 コルシ…

紅茶の受皿、立乗りのゴンドラ

先日「霧の裏街」という映画を観た。一九二六年十一月に公開されたアメリカのサイレント作品で、日本でも翌年五月に封切られている。 舞台は霧深いロンドンの貧民窟、ここにTwinkletoes(原題であり、踊りの名手の意)と呼ばれる娘(コリン・ムーア)がいて…

ペッピーノの葬儀の場所で(伊太利亜旅行 其ノ七)

須賀敦子の夫ペッピーノはコルシア書店を拠点とするカトリック左派に属する著述家、編集者として文化活動に従事していた。それは「フランス革命以来、あらゆる社会制度に背をむけて、かたくなに精神主義にとじこもろうとしたカトリック教会を、もういちど現…