「ウィ、シェフ!」

職人気質と組織が相親しんだり、協調したりするのは難しい。「一輪咲いても花は花」の矜持を機械の歯車にしようとするようなものですから。

じつは、これ、もともとわたし好みのテーマで、しかもこの映画「ウィ、シェフ!」は職人気質を発揮するあまり一流レストランの組織にいられなくなったフランス人女性のシェフ、カティ(オドレイ・ラミー )がそれまで身につけていた鎧を解いて新たな生き方を志向する物語ですから、酒肴依存症のわたしとしては堪えられません。

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カティがようやく見つけた新しい職場は移民の少年たちが暮らす自立支援施設で、「わたしは寮母じゃない!」と不満を漏らしながらも背に腹はかえられない。そのうえまともな食材も器材もないところからのスタートですから、勤めていた調理環境の整っていたレストランとは大違いで、彼女は悪戦苦闘を強いられます。加えて手間ひまかけるより早く食べたいとか質より量といった食事観は彼女のそれとは相容れません。ここで施設長ロレンゾ(「最強のふたり」のフランソワ・クリュゼがシブイ)が少年たちを調理アシスタントにしようと提案し、物語は転調します。

そこからはわたしの心は前のめりになるばかりでした。シェフのカティと移民の少年たちを料理がつなぎます、いや、料理というと幅が狭くなる、農業から衣食と礼節、移民の少年たちの就労と人材の育成、レストランのあり方まで扱われているのですから、ここは食文化というべきでしょう。

カティは一流レストランでは周囲との協調が困難だったけれどさまざまな国から戦火や迫害を逃れてきた少年たちとは折り合いがつけられる一輪の花でした。少年たちもカティの指導を受けながら母国の料理をつくり披露しあうようになります。大きくいえばフランスの食文化も少年たちの母国の食文化もともに認め合い、ときにブレンドも試みる職人気質の持主をオドレイ・ラミーがよい味を出して演じています。

ちなみにこの役にはモデルとなった方がいるそうです。彼女の愛読書でしょうか何度かペーパーバックの『失われた時を求めて』が映し出されて、紅茶とマドレーヌの香りと記憶がさざなみのように寄せて来る心地よさを覚えました。

社会派コメディとして上質のユーモアを交えながら移民問題を主題としたルイ=ジュリアン・プティ監督はインタビューで、フランスにおけるあらゆる形態の統合に関心を持っていると語っています。

(五月十一日 ヒューマントラストシネマ有楽町)