寺門静軒 おぼえがき

寺門静軒『江戸繁盛記』は天保初年の江戸風俗、世態人情を漢文戯作の文体で活写した名著として知られる。「相撲」「戯場」(しばい)「千人会」(とみくじ)「楊花」(おんなだゆう)「混堂」(ゆや)などをユーモラスな漢文で綴ってベストセラーとなった。 …

「井戸の茶碗」と「寝床」によせて

ちょいとめでたいことがあったので、晩酌をしながらひさしぶりに古今亭志ん朝さんの「井戸の茶碗」を聴いた。ふと思いついて手許の電子辞書で「井戸の茶碗」を引いたところ、さほど期待してなかったのに「井戸茶碗」が「広辞苑」と「マイペディア」「日本史…

足取りも、心も軽く

最近Amazon musicの仕様が変わって、聞いてみたいアルバムをチョイスするとシャッフルで二、三曲は再生されるが、つぎにはおなじジャンルのおすすめ曲なるものが流れる。つまりアルバム順に一気通貫で鑑賞できない。まあ賛否あるだろうが、わたしには大きな…

「ドリーム・ホース」 〜ウェールズを讃え、人間を讃える

とてもよい気持にしてくれる映画です。素晴らしくて、観終わったときはユーロス・リン監督をはじめとするスタッフとトニ・コレット、ダミアン・ルイスなど役者陣に感謝の言葉を贈りたいほどでした。 ウェールズの谷あいにある小さなコミュニティで育てた競走…

『荷風と戦争』~『断腸亭日乗』にみた戦時の昭和史

二0二0年三月に刊行された『荷風と戦争』(国書出版会)の著者百足光生(ももたり みつお)氏は永井荷風の日記を「昭和史の資料」として読むとしたうえで、昭和十五年から昭和二十年三月九日の偏奇館焼亡にいたる間の記事を丹念に読み解き、貴重な註釈、解…

「春の序曲」

わが国ではじめて日本語字幕を付けて上映されたトーキー作品はマレーネ・ディートリッヒとゲーリー・クーパーが共演した「モロッコ」でした。一九三一年のことで、米国では前年一九三0年に公開されています。 一九三六年、主役の二人はふたたび「真珠の頸飾…

お年賀

あけましておめでとうございます 本年もよろしくお願い申し上げます 二0二三年一月一日 新型コロナのため長距離走はもっぱらヴァーチャル・レースだったのが、昨年はようやくリアルイベントに参加できるようになりました。三月の東京マラソンは高齢者への自…

年賀状雑感

退職を機に特段の事情のある方は別にして、年始のご挨拶は葉書ではなくメールとした。簡単で合理的でまことによろしく、この雑文を書いたあとは来年のお年賀に取りかかる。そして新年ただちにメールを送るとともにこのブログにも載せることとしている。 年賀…

陸 沈

古代ローマの詩人オウィディウスは「よく隠れる者はよく生きる」といったそうだ。 アレキサンドラ・アンドリューズ『匿名作家は二人もいらない』(大谷瑠璃子訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)のなかで匿名のベストセラー作家、モード・ディクソンが、作家になる…

「世界名画劇場」

映画がモノクロだった頃の名作がずらりとならぶAmazon prime videoで久しぶりに「運命の饗宴」を観た。 一着の礼服がさまざまな人の手に渡るなかでいろいろなエピソードが生まれる。シャルル・ボワイエ、リタ・ヘイワース、ヘンリー・フォンダ、ジンジャー・…

生花と造花

十一月早々、オミクロンに対応するワクチン接種の通知が送られて来た。今回で五回目となる。しないわけにはいくまいと日程を見ると、十二月二十四日土曜日、クリスマスイブの午後というけっこうな日に割り振られたものだが、無職渡世の老爺にもそれなりにつ…

市ヶ谷界隈

『つゆのあとさき』は芸者や娼妓をもっぱらに描いてきた永井荷風が対象をカフェーの女給にシフトした作品で、はじめ一九三一年(昭和六年)十月号の「中央公論」に掲載され、同年単行本が刊行された。女給の生態とともに当時の東京の風俗模様やモダンなアイ…

「テイクオーバー」〜意外な拾い物

Netflixで配信されているオランダ製作の「テイクオーバー」は無職渡世の老爺の暇と退屈をしばし忘れさせてくれて、意外な拾い物感がありました。ゲージュツとか深い思索などまったく関係なく、現代のネット社会を素材に、昔ながらの巻き込まれ型のドラマが展…

『こんな日本に誰がした』〜新聞記事を検証すれば・・・

インターネット上のコミュニティサイトなど想像もできなかった頃の話。東大の政治学の先生は政界裏情報を官僚から、早稲田のほうは新聞記者から貰う、それぞれの業界に教え子が多くいて都合がよいが、確度は前者が高く、偏差値の差はこんなところにもついて…

「ある男」~ミステリーとアイデンティティ

上映が終わるとともに拍手をしたくなり、次にはそんなに興奮しちゃだめ、もっと心を落ち着けてじっくり考えなきゃいけないと思ったり、よい意味で穏やかな気持ではありませんでした。 また、わたしのなかでは「伽倻子のために」「Go」「パッチギ」などの系譜…

百年の不作

人間がまちがいをしたとき、どんな事態がもちあがるか。 弁護士がまちがいをすれば控訴を引き受けるまで、理髪師のばあいは髪の毛をもっと短く刈り込めばよい、医者だったらお葬いをすれば済む。ならばひとり者はどうか。 薄田泣菫の答はこうだ。 「独身者が…

「アムステルダム」

ナチス絡みの素材をおしゃれに仕上げたエンターテイメント作品です。 第一次世界大戦直後から一九三0年代にかけてのアムステルダムやニューヨークのノスタルジックな映像、「ダイナ」「ピーナッツベンダー」など当時のヒット曲、あの時代に似合いの役づくり…

東京レガシーハーフマラソン2022

十月三日、第二百十国会(臨時会)の開会式が、天皇陛下御臨席のもとに行われた。これをよい機会ととらえたか、岸田首相は政権発足時からの政務秘書官を代え、自身の長男を就かせたと公表した。批判的な論調はけっこう多いが「適材適所」で余人を以て代え難…

『茶話』のあとに

電子本『薄田泣菫茶話全集』を読み終えた。全八百十一篇のコラムの集成を廉価で提供していただき大いに感謝、また初出通り歴史的仮名遣いを用いているのもうれしい。四十代だったか、冨山房百科文庫版全三巻を読んで以来のめぐりあいで、かつてより今回は味…

『キャッチ・アンド・キル』~ #Me Tooの起爆となったノンフィクション

ローナン・ファロー『キャッチ・アンド・キル』(関美和訳、文藝春秋)は映画プロダクション「ミラマックス」の設立者で、数多くの名作を手がけてきたハーヴェイ・ワインスタイン(わたしの大好きな「パルプ・フィクション」や「シカゴ」もこの男のプロデュ…

ロシアを憎む

ロナルド・レーガン大統領がソ連を公然と「悪の帝国」と断じたのを思えば現職のアメリカ大統領はいささか迫力に欠ける。 失礼ながらバイデン大統領を優れた政治家とは評価しない。就任早々、アフガニスタンからの自国民の引き上げや現地協力者の脱出で大チョ…

フランス的ケチ 再論

フランスでは金利で生活する人をランチエ、退職年金で生活する人をルトレテと呼ぶ。つまり仕事をしないで老後の生活を送る人びとを、生活費の出どころによって分類している。老後の生活への細やかな視線とフランス人の隠居ごのみをうかがわせる言葉である。 …

手芸と料理のじょうずな力士

Amazon Prime Video魅惑のモロクロラインナップで「死の十字路」(一九五六年日活)を鑑賞した。原作は江戸川乱歩、この作者がこのようなスリラー作品を書いているのを知らず、ほかにおなじ系統のものがあれば併せて読んでみたいと思った。 夫は商事会社の社…

「魅せられて」

エリザベス二世が、九月八日スコットランド、バルモラル城で崩御され、十九日ウィンザー城内の聖ジョージ礼拝堂に埋葬された。 一九五二年二月六日の就位から二0二二年九月八日までの在位七十年を辿ってみたいと思っていたところ、誌名は忘れたがある週刊誌…

「デリシュ!」

デリシュ、フランス語でおいしいを意味することばです。 フランス革命がすぐそこまで迫っていた時代、料理人が作る料理は王侯貴族の味わうものであって、民衆とはまったく無縁、そもそも庶民は味覚の能力を欠いているとされていました。シェフによる料理は選…

摂生と不摂生

八月二十日新型コロナの四回目の接種をした。場所は文京区シビックセンターの展望ラウンジのある二十五階で、接種はいやだがラウンジからの眺めはよい付加価値である。 接種後十五分は事後観察があり、それが済むとエレベーターで一階へ下りた。とちゅう同世…

「梨泰院クラス」讃

英語学習テキストOXFORD BOOKWORMSでチャールズ・ディケンズ『デイヴィッド・コパーフィールド』を読み、引き続き岩波文庫の訳書全五巻に進み、第一巻を読み終えた。学習用テキストのおかげで呑み込みも早く快調に進んでいる。 OXFORD BOOKWORMSでは次にトー…

「アキラとあきら」

映画を観て、翌日から三日かけてTVドラマ版をNetflixで視聴しました。 映画だけではよく理解できなかったから、というのではありません、念のため。こういうオモシロ作品のあとにTV版をパスするなんてわたしにはできません。 両者の異同は別にして、どちらも…

ドナルド・キーンさんの長生きの秘訣

日本をこよなく愛した文学者ドナルド・キーンさんは東日本大震災を機に、それまでのニューヨークと東京に半年交替で住む生活から日本永住を決意し、日本国籍を取得した。心不全により亡くなったのは二0一九年二月二十四日、九十六歳だった。 キーンさんの眼…

フランス的ケチ

イギリス人がコンドームのことを俗語で「フランスの手紙」というのはよく知られている。英仏両国の不仲から生まれたことばで、反対にフランスでは「イギリスのレインコート」といっているそうだからこれでおあいこ。 フランス人は世界に冠たる倹約家、始末屋…