2021-01-01から1年間の記事一覧

小晦日(こつごもり)

大田南畝「吉書初」にこんな一節があった。 「もういくつねて正月とおもひしをさな心には、よほど面白き物なりしが、鬼打豆も片手にあまり、松の下もあまた潜りては、鏡餅に歯も立がたく、金平牛蒡は見たばかり也。まだしも酒と肴に憎まれず、一盃の酔心地に…

はじめての平泉

本ブログはほぼ月に一度日記の抄録をアップしていて、ことし四月三十日付の日記抄「『太田南畝全集』」のなかで、レオ・マッケリーについて以下のことを書いた。 この人の作品ではいまだに「明日は来たらず」と「人生は四十二から」をみる機会に恵まれないの…

坪内祐三を読む

D・M・ディヴァイン『運命の証人』(中村有希訳、創元推理文庫)を読んで故水野晴郎の「いやぁ、映画って本当にいいもんですね~」を思い出し、「いやぁ、ミステリーって本当にいいもんですね~」とひとりごちた。 友人から「眠れる虎」とあだ名された弁護士…

2019マルタ共和国

二0一九年十二月にマルタ島を訪れ、それから先はコロナ禍で海外へは行っていませんから、ずいぶん日が経ってしまいましたが、以下はいまのところわたしの最新の海外旅行の記録です。 十二月四日、 成田空港からイスタンブール経由でマルタ共和国に来た。 偶…

「パーフェクト・ケア」〜ブラックな介護で大儲け

スパイ小説の作家に、ジョン・ル・カレとイアン・フレミングが、主人公でいえばジョージ・スマイリーとジェームズ・ボンドがいて世の中はまじめとおあそびの均衡がとれている。 古代ローマ時代の南イタリアの詩人ホラティウスが「徳そのものを飽くことなく追…

『台北プライベートアイ』~夢中で読んだ華文ハードボイルド

紀蔚然『台北プライベートアイ』(松山むつみ訳、文藝春秋)。題名からおわかりのように中国語で記述されたプライベートアイ ( 原題『私家偵探 PRIVATE EYES』)の物語、すなわちハードボイルドである。 大陸、香港、台湾を問わずいくつか華文ミステリーは…

いまひとたび、人生七十・・・

ことし二0二一年三月三日に九十三歳で亡くなった小沢信男の遺著『暗き世に爆ぜ 俳句的日常』(みすず書房)に「初湯殿卒寿のふぐり伸ばしけり 青畝」という一句があった。 作者阿波野青畝(あわのせいほ1899-1992)は原田浜人、高浜虚子に師事し、昭和初期…

人生七十・・・

「人生七十古来稀」と前書があるから大田南畝(1749~1823)が七十歳を迎えたときの作だろう。 「一たびはおえ一たびは痿(なえ)ぬれば人生七十古来魔羅なり」 「おえ」は生え、でよいのかな。いま七十歳の老輩が身につまされたのはいうまでもありません。 …

アリゾナ、大黒家、荷風私邸

晩年の永井荷風が日課のようにしていた浅草への出遊が最後となったのは亡くなった昭和三十四年(一九五九年)の三月一日だった。 『断腸亭日乗』には「三月一日。日曜日。雨。正午浅草。病魔歩行殆困難となる。驚いて自働車を雇ひ乗りて家にかへる。」とある…

新コロ漫筆〜酒と煙草

作家の平野啓一郎氏が、世界的に人が酒を飲まなくなってきており、長期的には酒に頼らない経営も考える時期に差し掛かってるんだろうなぁ、コロナで付き合いがなくなったのを機に酒を止めた人もいる、とツイートされていた。 人類の酒量が落ちてきているとい…

久しぶりの日本橋

十月になったので、若月紫蘭『東京年中行事』(明治四十四年刊)の十月の項を開いたところ「月始めより団子坂、国技館、花屋敷など、菊人形開園す」とあり、運動会、ボートレース、修学旅行などに触れたあとに「初旬より中旬にかけ一週間図書せり市立つ」と…

『モーリタニアン 黒塗りの記録』

二00一年十一月すなわち911の二ヶ月後モーリタニア人でドイツ留学経験のあるモハメドゥ・オールド・サラヒ(タハール・ラヒム)は現地警察に連行され、そのままアメリカ政府に捕らえられました。収容先はキューバのグアンタナモ湾にあるグアンタナモ米軍基…

故郷も故旧も遠くにありて・・・

オンシアター自由劇場による映画「上海バンスキング」がネットにあり、さっそく視聴させていただいた。この芝居と同時代にいられたことはわたしにとって人生の大きなしあわせのひとつである。公開された一九八八年か翌年に池袋の文芸坐地下でみているがソフ…

「ジャズ・ロフト」

第二次世界大戦で戦場カメラマンとして活動したあと、雑誌「LIFE」を中心に意欲的な作品を発表してきた ユージン・スミス(1918-1978)は一九五四年に「LIFE」誌編集部と喧嘩別れをして関係を絶ちました。 三年後の五七年、妻のカーメンと四人の子供たちと別…

「殺人鬼から逃げる夜」

第二次世界大戦前夜のヨーロッパの某国、ある青年が公園でひと休みしてカメラを持ち帰りDPEへ出したところ、フィルムには撮ったおぼえのない軍事関係の写真があり、写真屋は警察に申し出て、他人のカメラとまちがえてしまった青年はスパイの嫌疑がかけられま…

新コロ漫筆~政治と言葉

先日YouTubeで田中均氏(元外務審議官、現在日本総研国際戦略研究所理事長)が、安倍、菅内閣に共通する特質について三つの点を指摘していた。すなわち「説明しない」「説得しない」「責任をとらない」 の3Sである、と。 三つのうち説明と説得は政治と言葉の…

「ブライズ・スピリット〜「夫をシェアしたくはありません!」

名前しか知らないノエル・カワードの、名前も知らない戯曲「陽気な幽霊」(つまりBLITHE SPIRIT)を原作とした映画と説明されてもピンと来なかったのですが、副題に「夫をシェアしたくはありません!」とあり、これでロマンティックコメディというよりも昔ふ…

「アイダよ、何処へ?」

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のなか一九九五年七月に起こったスレブレニツァの虐殺を再現した本作の再現力はたいへんなもので、わたしはひたすら息をのんでスクリーンを見つめていました。事態を再現するという映画のもつ力が最大限に発揮された作品だと思…

「クーリエ:最高機密の運び屋」

モスクワの高官でMI6に内通協力するオレグ・ペンコフスキー(メラーブ・ニニッゼ)がもたらす最高機密をロンドンへ持ち帰らなければならない。担当するのは諜報活動の経験のない、グレヴィル・ウィン(ベネディクト・カンバーバッチ)というフツーの市民、セ…

知らなくてよい、いきあたりばったりの話

文章を書くとき敬称をどうするかはけっこう悩ましい問題で、歴史的人物なら敬称は不要としても、この数年のあいだに故人となった方はどうすればよいか。昔から芸人とスポーツ選手は敬称なしが慣行とされているが、志ん朝師といったりもする。スポーツ選手が…

「師匠はつらいよ」讃

九月十三日第六期叡王戦五番勝負の第五局で藤井聡太二冠が豊島将之叡王を破り、対戦成績三勝二敗でタイトルを奪取した。これにより藤井新叡王は王位・棋聖と合わせ三冠となった。 将棋は駒の動かし方しか知らないわたしだが、弟子の活躍から師匠を知り、いま…

新コロ漫筆〜「御役人は隙になくては不叶事也」

九月三日、菅首相が自民党総裁選の不出馬と首相退任を表明した。これをうけて小泉進次郎環境大臣が、感謝のほかなくこれほど仕事をした内閣もないと涙を流しておっしゃっていた。感謝は個人的なものだからともかく、これほど仕事をしたというのには首をかし…

「孤狼の血 LEVEL2」

前作「孤狼の血」は広島県の架空都市である呉原市でやくざの抗争を収束し、秩序を回復しようとして裏社会に深く食い込んだ刑事の物語でした。 刑事は対立する二つの暴力集団の調停を図ろうとしますが、警察内部の陰謀もあって上手くゆかず、組同士の攻防に巻…

新コロ漫筆~「地獄を作るな」

「天堂を願はんより地獄を作るな」 太田南畝『半日閑話』に引かれてあったある方の家訓で、天堂は天上界、極楽浄土を意味している。 菅首相は東京オリンピック・パラリンピックを開催して成功させ、衆議院議員選挙の勝利と自身の自民党総裁再選を果たし、首…

新コロ漫筆~On Liberty

さきごろ国民民主党、立憲民主党がそれぞれ連合と締結した政策協定のなかに「左右の全体主義を排し」との文言があり、これについて国民民主党の玉木雄一郎代表が「共産主義、共産党のことだ」と発言したところ、日本共産党がこれに反発し、小池晃書記局長が…

「モロッコ、彼女たちの朝」

日本ではじめて公開されるモロッコ発の長編劇映画と聞いてさっそく駆けつけました。 あのリックとイルザの物語はすべてセットで撮影されていますが、舞台となったカサブランカがわたしにとって映画の聖地であることに変わりはありません。それに二0一四年に…

「カサブランカ」はじめての吹替版

七月一日。一回目のワクチンを接種した。あらかじめ配布された問診票の項目に、質問がある方はチェックをしておくようにとあったからチェックを入れたところ、接種をまえに医師が、質問があるんですね、というので、今晩は晩酌してよろしいでしょうかと訊く…

「読み飛ばし」についての考察

八月六日、菅義偉首相は広島の原爆死没者慰霊式・平和祈念式でのあいさつで 広島市を「ひろまし」、原爆を「げんぱつ」といいまちがえたうえに「読み飛ばし」であいさつの一部を意味不明にしてしまった。 同日夜、わたしは犯罪組織を検挙するためフライドチ…

「返校 言葉の消えた日」

二0一七年に発売され台湾で大ヒットしたホラーゲーム「返校」を実写映画化した作品だそうですが、わたしはその種のゲームとはまったく無縁ですので、とりあえずリアリズムで物語を整理してみます。 国民党独裁のもと、戒厳令が敷かれ、白色テロが横行してい…

新コロ漫筆~二回目の接種のあとに

七月二十二日に新型コロナウイルス予防の二回目の接種(ファイザー)をしてシリーズを終えた。テレビではわたしと同世代とおぼしき高齢者が、接種を終えてこれでひと安心とか、肩の荷が下りましたと笑顔でおっしゃっていた。 自分もあんなにハッピーになれた…