「カサブランカ」のシナリオからから(四)〜《Why do you interfere with my little romances?》

ヨーロッパからフランス領モロッコカサブランカに逃れて来た人たちの多くは、ここから中立国ポルトガルリスボンを経て米国に向かおうとしています。けれど出国ビザの取得は簡単ではありません。フランス領といっても本国はナチスドイツの侵攻を受けており、植民地での旅券業務もその監視下にあります。所管しているのは警察署、トップはルノー署長(クロード・レインズ)です。もっとも署長は色と欲の突っ張った人ですから、そこが攻め所となっています。

ブルガリアからやって来た若い新婚夫婦ヤンとアニーナ(ジョイ・ペイジ)も出国ビザを求めているのですがルノーに渡すお金がなくどうにもなりません。やむなくヤンはリックの店でルーレットに手を出しますが負けっぱなし、いっぽうアニーナはルノー署長とのあいだで悩みごとをかかえています。彼女の言葉を借りると「署長さんが親切にしてくださって、お金がなくてもビザを手配してくれるといわれて」いるのです。

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そこで彼女はリックに問います。ルノー署長は約束を守る人でしょうか、愛する夫の幸福を確実なものにするために罪を犯した妻を許せますか、何も知らない夫に、妻はその悪いことを胸の内にしまっておく、そうすれば大丈夫でしょうか、と。リックは「忠告しよう、国に帰れ」といいながらルーレットに向かいます。こうしてリックの計らいでヤンとアニーナはビザ取得の金を手にし、翌日ルノー署長に渡して米国に向かいました。

なお「忠告しよう、国に帰れ」というリックにアニーナがブルガリアの事情を説明するシーン、字幕は「ドイツ統治下でひどい状態でした」ですが、せりふは《Oh,things are very bad there,monsieur.The devil has the people by the throat.》、つまり向こうの情勢はひどいもので、悪魔が完全に国民を支配しているといっています。ここのところにも「カサブランカ」が巧みな戦意高揚映画であることが見てとれます。

不明を恥じますが、わたしははじめアニーナはリックに身体を売ってお金を作り、署長に渡す、しかしルノーがそれでほんとうにビザを発給してくれる人物かどうかわからないのでリックに質問していると考えていました。そうじゃなくてルノー署長がアニーナの身体を求めていた。以下は思い通りにならなかったルノーとリックのやりとりです。

「やはり情にもろいな」《As I suspected, you’re a rank sentimentalist.》

「何が」《Yeah? Why?》

「邪魔するな」《 Why do you interfere with my little romances?》

「純愛に打たれた」《Put it down as a gesture to love.》

ここのところを理解していなかったためにアニーナがリックに身体を売ろうとしていると解釈したのでした。リックがヤンにルーレットで勝たせたのはルノー署長のアニータとの「ささやかなロマンス」の邪魔にほかならなかったのです。

ここから先、リックはラズロとイルザがアメリカへ行けるように尽力します。それはルノー署長が見ていたとおり非情の貌に隠れた《As I suspected, you’re a rank sentimentalist.》、まったくのセンチメンタリストとしての行動でした。そのルノー署長は、ナチスの高官を射殺したリックがモロッコを出るのを助けます。

ラズロとイルザがカサブランカを飛び立ったあとリックはルノー署長に語りかけます。《Lous, I think this is the beginning of a beautiful freindship.》