2013-09-01から1ヶ月間の記事一覧

「世界一美しい本を作る男」

映画を観る前の夕刻のひととき、映画館に近い青山通りに面したスターバックスで『須賀敦子全集』第一巻を手にした。さいしょに『ミラノ 霧の風景』がある。はじめの二三分で優れものと知れる多くの映画のように、この本も「乾燥した東京の冬には一年であるか…

伊勢屋質店

五千円札が新渡戸稲造から樋口一葉に替わったとき、その顕彰はよいが、ずいぶんお金に苦労した人だからすこし皮肉な思いがしたものだった。 しばらくぶりに本郷菊坂をあるいた。樋口一葉はこの界隈、菊坂町で明治二十三年から二十六年にかけて、十八歳から二…

猫の恩返し

うららかな春の日。あるお婆さんが手拭いをかむり、庭先の縁台で白魚を選り分けていた。するとうずくまっていたぶざまなほど大きい飼猫が「ばばさん、それをおれに食わしゃ」といった。 するとおばあさんは猫の言葉に振り向こうともせず子供でも叱るような口…

「私が愛した大統領」

原題の「HYDE PARK ON HUDSON」が示すように舞台はホワイトハウスではなくニューヨーク州ハイドパークのフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領の私邸で、当地の風景が素晴らしく、眺めていてとてもよい気持になった。ここでは月夜の草原をドライブする車…

むねの清水あふれて・・・

認識不足という言葉は昭和初期の流行語だったという。ある噺家がこれを「君はどうも認識不足だね」「ナニ、それほどじゃァありません」と使ってずいぶんと高座で受けた。この話をのちの古今亭志ん生、当時の柳家甚語楼が聞き「君はどうも認識不足だね」「お…

『安部公房とわたし』

一九九三年に亡くなった安部公房が倒れたとき女優山口果林のところにいたことを当時スポーツ新聞は報じたが、一般紙や週刊誌は作家については書かないという暗黙の取り決めがあったために報道も検証もなくやがてタブー視されたと小谷野敦が山口果林『安部公…

そばがき

先日酒席でどうしたいきさつからか麺類の話題になりました。「ちかごろ、ひやむぎを食べてないなあ」「ひやむぎは小さなうどんのイメージだな」「いえ、あれはそうめんが大きくなったのよ」などと歓談するうちに、話はきつねとたぬきに及びました。 わたしは…

「ER緊急救命室」

シカゴの旅の余韻を味わいたい思いもあり、この都市にある病院の救急救命室(Emergency Room、略称:ER)で働く医師や看護師たちの日常をリアルに描いた「ER緊急救命室」(原題: ER)を観ている。アメリカで一九九四年から十五シーズンにわたり放映された名…

「異質」な日本人へのまなざし(関東大震災の文学誌 其ノ十五)

関東大震災にともなう二大事件として甘粕事件と亀戸事件がある。 前者は九月十六日、無政府主義者大杉栄、伊藤野枝夫妻と大杉の甥である橘宗一の三名が憲兵隊に連行、殺害された事件で憲兵大尉甘粕正彦が主犯とされた。憲兵や陸軍の責任は問われず、すべて甘…

「欲望のバージニア」

禁酒法時代のアメリカを描いた映画にはシカゴやニューヨークを舞台にしたギャングものが多い。これに対し、ジョン・ヒルコート監督「欲望のバージニア」はめずらしく地方の密造一家を採りあげている。 ボンデュラント家の三兄弟はバージニア州において密造酒…

ブルーノートの夜(市俄古と紐育 其ノ十)

ニューヨーク最後の日の午前中はセントラルパークを散策し、そのあとミッドタウンに戻ったたところでにわか雨に遭った。ちょうど近くにニューヨーク・ヤンキースのオフィシャルショップがあり、ここで球団のロゴが付いた折りたたみ傘とキィリングを買った。…

マンハッタン夜景(市俄古と紐育 其ノ九)

先日ローレンス・ブロックの『泥棒は図書室で推理する』を読んだ。「泥棒バーニイ・シリーズ」の一冊で、わたしがこのシリーズを手にするのは三冊目だから熱心なファンとはいえないけれど、なにしろレイモンド・チャンドラーが「殺人を本来あるべき卑しい街…