2011-01-01から1年間の記事一覧

「暖流」

北条秀司の戯曲「王将」が伊藤大輔監督ではじめて映画化されたときの坂田三吉役はバンツマこと阪東妻三郎だった。三吉を、困窮にあえぎながらも、将棋やるんなら日本一の将棋指しになんなはれと支え励ました女房の小春は水戸光子が演じた。 彼女は溝口健二監…

ラジオ・デイズ

ラジオ・デイズは甘く、切なく、なつかしい日々である。疑う人はウディ・アレンの同名の映画を見よ! なんて気張る必要はさらさらないのだが、誰か故郷を思わざる、幼い頃のあの夢この夢にはつい力が入ってしまうのだった。 六十年安保の国会議事堂を取り巻…

ローマとパリで映画をおもう(其ノ四)

ルーブル美術館前にあるジャンヌ・ダーク像。イングリッド・バーグマンが熱望して演じたジャンヌ・ダークですが映画は未見。機会がなかったということもありますが、なんとかしてビデオを探してみようというほどには食指が動かないんです。 それよりも「カサ…

ローマとパリで映画をおもう(其ノ三)

ヘンリー・ミラーのパリ時代を描いた「ヘンリー&ジューン 私が愛した男と女」という映画があります。ミラーの作品を意識したのか、むやみなセックスシーンは興ざめですが、それでもDVDが手許にあるのは、三十年代のパリの雰囲気とリュシエンヌ・ボワイエ「…

ローマとパリで映画をおもう(其ノ二)

ヴァチカン美術館のキリスト教美術に圧倒されながら、つづいてサンピエトロ寺院と広場へ。 □ 参拝客にわたしのような物見遊山がくわわり、平日でもなかなかの人出なのですから、特別な日となるとたいへんで、二00五年四月二日ヨハネ・パウロ二世が亡くなっ…

ローマとパリで映画をおもう(其ノ一)

はじめての海外旅行は一九七六年三月、周恩来総理死去直後の中国でした。大学で中国語を習っていたので、若い頃は中国旅行しか念頭になく、その後、公私含めて中国、韓国、香港、マカオ、ニュージーランドと経験しましたが、欧米への旅行はこの歳までなく、…

『持ち重りする薔薇の花』

旧財閥系の企業の元社長でいまは名誉顧問、以前は経団連の会長職にもあった老実業家梶井玄二が旧知のジャーナリスト野原一郎に語る、世界有数の弦楽四重奏団ブルー・フジ・クヮルテットの三十年にわたるあれやこれやのお話。 梶井の条件は、プライヴァシーに…

「マネーボール」

貧乏球団のため、優秀で年俸の高い選手は雇えず、低迷が続くアスレチックス。同球団のゼネラルマネージャーであるビリー・ビーン(ブラッド・ピット)が、プレー経験はないものの、イェール大学で経済学を学び、特異なデータ分析を実践しているピーター・ブ…

「ステキな金縛り」

「ザ・マジックアワー」以来三年ぶりの三谷幸喜監督作品。 チョンボつづきの弁護士宝生エミ(深津絵里)が、弁護士事務所の上司速水(阿部寛)から、これが最後の機会といわれて、妻殺しの嫌疑で被告とされた夫の殺人事件を担当する。被告は、無罪を主張、ア…

『幻影の書』

本書のはじめの五六行を読んで、とりあえずパスしておこうと判断した映画ファンは相当に辛抱強い人だ。それほど映画好きにはこたえられない書き出しなのだ。〈誰もが彼のことを死んだものと思っていた。彼の映画をめぐる私の研究書が出版された一九八八年の…

What is life without love and whisky?

幕末佐倉藩の江戸留守居役で明治の文人、依田学海の日記『学海日録』を読んでいると、ときに、気のおけない仲間とともに花を愛でながら一献傾けるといったうらやましくなる酒の場面が出てきて、思わず口許がほころぶ。 明治四年七月朔日、学海は友人二人と広…

谷根千つれづれ草

十月三十日。朝、ジョギング。在職時は勤務日に走れる環境にはなかった。それがいまは週に五日は走る。一週、土日の二十キロから五十キロに伸びた勘定で、退職してからの大きな変化だ。練習成果を引っさげて東京マラソンに応募したが、あえなく抽選落ち。ホ…

「芝浜」余話

「江戸といいました時分には隅田川で白魚がとれたなんてえことをうかがっております。 広重の江戸百景なんぞみますと、大きな四ツ手網で白魚をとっている景色なんぞがございましたりな。篝火をたいて、四ツ手だとか刺網なんかを乾している江戸名所図絵なんて…

「芝浜」のおかね

映画館での寄席というのはめずらしいが、池袋の新文芸坐では毎月一度落語会が催されている。九月は立川志の輔がトリで、「徂徠豆腐」を演じた。噺家はもとより講談ネタは好みということもあって大満足だった。 この夜、前座のトップバッターは桂三木男が務め…

刺青断章(其ノ三)

小山騰『日本の刺青と英国王室』(藤原書店2010年)という意表を衝くテーマの研究書がある。著者はケンブリッジ大学図書館日本語部長、日本語書籍コレクションの責任者をされている方だ。本書に拠りながら簡単にイギリスの刺青事情を見ておきましょう。 英国…

刺青断章(其ノ二)

ラグビー・ワールドカップ(RWC)を見るかぎり刺青が世界でいちばんさかんなのはポリネシアとおぼしい。規制はもとよりタブー視もないみたいだ。 わが国もかつてはポリネシアとならぶ刺青大国であり、高度な技術を誇っていた。古くは「魏志倭人伝」に「男…

刺青断章(其ノ一)

いまニュージーランドで開催されている第七回ラグビー・ワールドカップ(RWC)の放送を見ていると、二の腕や足に刺青を入れた選手がプレーしているのが映る。 確認できたところで南半球ではニュージーランド、オーストラリア、サモア、トンガ、北半球では…

「キートンのセブンチャンス」

映画『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1946年)の監督テイ・ガーネットは、「映画は走れ(ラン)、走れ、走れにつきる」と言ったそうだ。 映画史上、いちばん走った人といえばやはりバスター・キートンを挙げなければならない。つまり映画の原点、少なくとも…

「ミケランジェロの暗号」

この映画はナチスが支配するウイーンでのユダヤ人画商一族のものがたりで、広義にはホロコーストものなのだが、そこから連想されるイメージとは異なり、画商の家族は、タフで智略に富み、苦難に遭いながらもナチスの軍人を相手に押したり引いたり、隙につけ…

シェルビー・スティールの本〜『白い罪』と『黒い憂鬱』

この四月に刊行されたシェルビー・スティール『白い罪』の訳書を遅ればせながら読みましたので紹介してみます。併せて『黒い憂鬱』の書評も載せました。ただしこちらは既発表で、雑誌「こぺる」一九九五年二月号に掲載されたものです。『白い罪』 アメリカ合…

小説「ゴーストライター」の枝葉末節

映画「ゴーストライター」に促されてロバート・ハリスの同名の原作を読んだ。(熊谷千尋訳、講談社文庫)。すでに原書は二00七年、訳書は二00九年に刊行されている。 わたしが海外ミステリに魅せられたのは、コナン・ドイルでも、アガサ・クリスティーで…

ラグビーワールドカップ2011 NZ大会

九月九日からニュージーランドで開催されているラグビー・ワールドカップ。 十日には秩父宮ラグビー場で日本代表対フランス代表の、そして昨日十六日には赤坂区民会館で日本代表対ニュージーランド代表(オールブラックス)のパブリック・ビューイングが催さ…

ゴーストライター

篠突く雨のなかフェリーが着港して、搭乗していた車がつぎつぎと下船する。なかに一台最後まで下りない車があった。つぎのシーンでは暗鬱な空、荒涼の海が映し出され、海岸に男の死体が打ち上げられている。 ロマン・ポランスキー監督「ゴーストライター」は…

「ハウスメイド」

就職がままならない若い女性のウニ(チョン・ドヨン)が、ある上流階級の家庭にメイドとして勤めはじめる。このえらく豪勢な屋敷にはもう一人昔から働く古参のメイド、ビョンシク(ユン・ヨジョン)がいる。仕えるのは主人フン(イ・ジョンジェ)と、双子を…

世田谷文学館に進路を取れ(其ノ三)

九月五日。まずは前回のクイズの解答についてです。八月二十日の世田谷文学館で行われた「文学とジャズ」コンサートからわたしがセレクトした五つの曲と文学との関わりについて。 A群 (1)Tonight (2)Moon River (3)Memory (4)I Could Have Danced All Night…

世田谷文学館に進路を取れ(其ノ二)

八月二十日。前週に引き続き世田谷文学館へ。きょうの「和田誠展 書物と映画」関連イベントは「文学とジャズ」コンサート。 佐山雅弘(ピアノ)井上陽介(ベース)道下和彦(ギター)のトリオにボーカル島田歌穂。トークが和田誠という心躍る企画だ。ピアノ…

世田谷文学館に進路を取れ(其ノ一)

八月十三日。本郷通りを歩いて神保町へ出て昼食をとり、古書店を覗いたあと、イソイソと京王線直通の都営新宿線に乗り込み、蘆花公園駅で下車して世田谷文学館へ向かう。ここにはたしか二00五年の生誕百年成瀬巳喜男展以来だからずいぶんと御無沙汰だった…

水色のワルツ

長年にわたり愛聴してきた「水色のワルツ」。その歌手、二葉あき子さんが八月十六日に九十六歳で亡くなった。恋のときめきと喪失の哀しみを語った歌は無数にあるけれど「水色のワルツ」のように聴く者の心にかすかな震えをもたらすほどの曲はめったにあるも…

「瘋癲老人日記」な日々

七月十五日。新文芸坐の若尾文子特集で「瘋癲老人日記」を観る。(併映は「雁の寺」)。一九六二年(昭和三十七年)大映作品。監督は木村恵吾。颯子を若尾文子、督助老人を山村聡が演じている。 谷崎潤一郎晩年の大傑作「瘋癲老人日記」は身体不自由、セック…

「恋人」

「恋人」(1951年新東宝)はたがいに恋心を抱いている幼なじみの男女が、けっきょくは結婚に踏み切れず、女の挙式の前夜、ともに最後の思い出として東京の街をさまよう、その一夜を描いた作品。梅田晴夫のラジオドラマ「結婚の前夜」を市川崑、和田夏十のコン…