ほんのはなし
中公文庫オリジナルの一冊に吉田健一『汽車旅の酒』がある。二0二二年三月刊。 旅をして、汽車に乗り、駅弁や酒を買う、そこに本書があって素敵なめぐり合せである。 これを企画した編集者を讃えよう。 著者の全体像を論じたりするのはわたしには無理だけれ…
『60歳すぎたらやめて幸せになれる100のこと』というムック仕様の本を読んだ。二0二一年十月に宝島社から刊行されている。 人生のエンディングを軽やかに生きていくために大切な「やめること」「捨てること」「離れること」「距離のとり方」「縁の切り方」…
ストーリーをたどるのが苦手だ。先日、佐々木譲原作の韓流映画「警官の血」を観て、それなりに面白かったけれど、登場人物の整理がつかないまま終わった。原作は読んでいて、しかしこれほど複雑だった印象はないのに困ったものだ。 それはともかく、いま読み…
インターネット上のコミュニティサイトなど想像もできなかった頃の話。東大の政治学の先生は政界裏情報を官僚から、早稲田のほうは新聞記者から貰う、それぞれの業界に教え子が多くいて都合がよいが、確度は前者が高く、偏差値の差はこんなところにもついて…
電子本『薄田泣菫茶話全集』を読み終えた。全八百十一篇のコラムの集成を廉価で提供していただき大いに感謝、また初出通り歴史的仮名遣いを用いているのもうれしい。四十代だったか、冨山房百科文庫版全三巻を読んで以来のめぐりあいで、かつてより今回は味…
ローナン・ファロー『キャッチ・アンド・キル』(関美和訳、文藝春秋)は映画プロダクション「ミラマックス」の設立者で、数多くの名作を手がけてきたハーヴェイ・ワインスタイン(わたしの大好きな「パルプ・フィクション」や「シカゴ」もこの男のプロデュ…
ダニエル・リー『S S将校のアームチェア』を読み、まだ一年の半分も経っていないのにもうことしの歴史・ノンフィクション系のわがベスト作品となるだろうと予感している。同書は二0二一年十一月にみすず書房から庭田よう子氏の訳で刊行されており、原書THE …
中野翠『ほいきた、トシヨリ生活』(文春文庫)を読んだ。著者の映画や本や落語などの好みの感覚がわたしにはうれしく、これまで多分に刺激を受けてきたコラムニスト、エッセイストである。 単行本は『いくつになっても、トシヨリ生活の愉しみ』として二0一…
日本で公開されたウディ・アレンの映画(監督作品、出演作品ともに)はずっと見てきた。出来不出来はあっても長年にわたるおつきあいだからなんだか生活習慣のようになっていて、書店で猿渡由紀『ウディ・アレン追放』(文藝春秋)という本が並んでいて、ひ…
まずはネットにある青空文庫の芥川龍之介全作品を読んでみることをことしの読書の抱負とした。これを書いているいま、すでにとりかかっていて、王朝もの、切支丹もの、日本や支那の古典、説話に題材をとったものなど多彩な作品世界に魅せられている。これま…
昨年の暮れ、鬼に笑われたくないけれど、来年二0二二年の読書の第一目標を芥川龍之介全集の通読とした。テキストはネット上の青空文庫の芥川作品を集成し『筑摩全集類聚版芥川龍之介全集』に準拠して並べたものだから、げんみつには全集ではないが、とりあ…
紀蔚然『台北プライベートアイ』(松山むつみ訳、文藝春秋)。題名からおわかりのように中国語で記述されたプライベートアイ ( 原題『私家偵探 PRIVATE EYES』)の物語、すなわちハードボイルドである。 大陸、香港、台湾を問わずいくつか華文ミステリーは…
九月十三日第六期叡王戦五番勝負の第五局で藤井聡太二冠が豊島将之叡王を破り、対戦成績三勝二敗でタイトルを奪取した。これにより藤井新叡王は王位・棋聖と合わせ三冠となった。 将棋は駒の動かし方しか知らないわたしだが、弟子の活躍から師匠を知り、いま…
ドナルド・L・マギン『スタン・ゲッツ 音楽に生きる』(村上春樹訳、新潮社)。B 5版五百七十頁余、しかも上下二段組で細かい活字がぴっしりと並んでいて、けっこうなボリュームにたじろぎながら読みはじめた。とことがどうだろう原書の魅力と村上春樹の翻訳…
碩学が生涯かけて学んだことのエッセンスを、素人、初学者に説いた本には素晴らしい著作が多い。わかりやすく、分量も少ないからよみやすい。昨年(二0一九年)十一月講談社文芸文庫で復刊された渡辺一夫『ヒューマニズム考 人間であること』もそれに該当す…
ロバート・リテルは気になるスパイ小説の書き手だが、読んだのは『ルウィンターの亡命』だけで、しかも長いあいだご無沙汰だったところ、自粛生活の余得で『CIAザ・カンパニー』(渋谷比佐子監・訳、2009年柏艪社)を読む機会を得た。上下二段組、六百頁にな…
享保十一年(一七二六年)荻生徂徠は八代将軍徳川吉宗の諮問にこたえ時代に即応する政策体系を論じた『政談』を書き上げた。(成稿の年は平凡社東洋文庫版『政談』校註平石直昭による) 徳川家康が征夷大将軍に任命され、江戸に幕府を開いて百二十年余り、貨…
新型コロナ感染症の拡大をうけ五月一日から持続化給付金の申請受付がはじまった。感染症禍のもと営業自粛等で特に大きな影響を受けている中小企業、小規模事業者、フリーランスを含む個人事業者等にたいして事業の継続を支え、再起の糧とするための給付であ…
そのうち読もうと思ったのがいつだったか思い出せないほど遠い昔のことに属するヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』(池田香代子訳、みすず書房)をようやく読んだ。 フランクル(1905-1997)はユダヤ人としてアウシュビッツ収容所に囚われ、奇蹟的に生還…
ベルナール・ミニエ『魔女の組曲』上下巻(坂田雪子訳、ハーパーBOOKS)を読み、久しぶりに巻き込まれ型スリラーを堪能した。 クリスマスイヴの夜、ラジオパーソナリティのクリスティーヌに差出人不明の、自殺を予告する手紙が届く。それを機に放送中の事故…
「週刊文春」の映画の紹介と短評からなるシネマチャートのコーナーを長年にわたり重宝してきた。ありがたいことに一昨年(二0一八年)五月には四十年におよぶ名物企画を再編集し、洋画二百七作品、邦画五十三作品の情報と評価を掲載した『週刊文春「シネマ…
永井荷風は『断腸亭日乗』昭和二年十一月二十五日の記事に「近年文士原稿の古きものを蒐集すること流行し、御徒町の古書肆吉田屋の店などにては屑屋より買取りし原稿を見事に綴直しなどす。されば反古紙もうかとは屑屋の手には渡されぬなり」と書いている。 …
「繊細よりも精気を誇り、屈託よりも痩せ我慢を選んだゲイブルには、やはりキングの名がふさわしかった」 「クーパーには荒野と摩天楼の両方が似合った」。 芝山幹郎『スターは楽し 映画で会いたい80人』(文春新書)にあるクラーク・ゲイブルとゲーリー・ク…
昨二0一九年十月に創元推理文庫から福永武彦、中村真一郎、丸谷才一『深夜の散歩 ミステリの愉しみ』が刊行された。書誌については後回しにして今回の創元推理文庫版は三人の著者のこれまで未収録だったミステリについてのエッセイや丸谷才一さんが収録しな…
ヒラリー・ウォー(1920-2008)はわたしの大好きなミステリー作家で、さきごろも『生まれながらの犠牲者』の新訳本(法村里絵訳、創元推理文庫)を読み、あらためてこの人の作品にはハズレがないなあと感心した。 『生まれながらの犠牲者』は行方不明となっ…
映画「日日是好日」に誘われて原作の森下典子『日日是好日ー「お茶」が教えてくれた十五のしあわせ』(新潮文庫)を手にしました。わたしにははじめてのお茶の本で、素敵な映画がよい機会をもたらしてくれました。 一読、期待していた通り、映画とおなじくゆ…
フラウィウス・クラウディウス・ユリアヌス(331年もしくは332年-363年6月26日)はキリスト教を批判し、ローマ多神教を支えとした「異教徒皇帝」であり、ローマ帝国最後の「背教者」皇帝だった。(在位361年11月3日-363年6月26日) 辻邦生『背教者ユリアヌス…
時を忘れて没頭し、頁を繰る指に力がはいる。至福の読書であり、もしもこれがミステリーであればわたしはもうひとつスピード感をくわえよう。 例外を認めたうえであえて言う、しばしば滞って軽快に運ばないミステリーは困ったものだ。その点でA・J・フィン『…
濱田研吾『脇役本』(ちくま文庫)は映画、テレビで知る懐かしいバイプレーヤーたちの本やエピソードを満載したエッセイ集だ。とりあげられているのは山形勲から吉田義夫までおよそ八十人のシブい役者たち。わたしには多くが写真を見なくても目次だけで顔が…
クリント・イーストウッド監督の新作「15時17分、パリ行き」をめずらしく同名の原作本を読んだあとで鑑賞した。 原作は、二0一五年八月二十一日、十五時十七分にアムステルダム駅を出発し、パリに向かっていた列車内で、武装したイスラム過激派の男が企てた…