「ブラックブック」(2015オランダ、ベルギーそしてパリ 其ノ二十一)

オランダを舞台にした映画といえば「アンネの日記」「真珠の耳飾りの少女」「小さな目撃者」などが思い浮かぶが、旅行に出るまえ予習の一環として、いま国際司法裁判所をはじめ百五十ちかい国際機関があり、ニューヨークに次ぐ国連都市として重要性の高まるデン・ハーグが舞台となった「ブラックブック」(2006年)を再見した。オランダ出身で「ロボコップ」や「トータルリコール」のポール・ヴァーホーヴェン監督が二十三年ぶりに帰郷して撮った作品だ。

時代はナチス占領期。ドイツ兵に家族を皆殺しにされたユダヤ人女性エリスがレジスタンスに加わり、ユダヤ人であることを隠してドイツ軍に潜りこみ、親衛隊のムンツェ大尉の秘書としてスパイ活動を始めるが、まもなく二人は惹かれあう仲となる。いっぽうレジスタンス内部にもナチスのスパイがいて二人は危険に曝される。そうした事情が戦後に持ち越されてエリスはナチスの協力者とされ……レジスタンスは善、ナチスは悪といった単純な二分法とは異なる視点で描かれた戦争映画でありスパイ、サスペンス映画の秀作である。

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「ディアナとニンフたち」(2015オランダ、ベルギーそしてパリ 其ノ二十)

真珠の耳飾りの少女」に着想を得て書かれた同名小説の作者トレイシー・シュヴァリエは、絵に描かれた少女の表情は矛盾だらけで、無垢でありながら擦れていて、喜びにあふれていながら悲しみに満ちていて、希望にあふれていながら喪失感に満ちている、と述べたうえで、こうした複雑な感情はすべてこの絵画を描いた画家フェルメールに向けられているものだ、と考えるようになったという。少女の視線の向く先に画家がいる。

「ディアナとニンフたち」は現存するフェルメールの作品では最初期のものとされている。トレイシー・シュヴァリエの言う「複雑な感情」をこの作品に探ってみたいところだが、残念ながら横顔か後ろを向いていて表情ははっきりしない。

フェルメールについての批評では、リトケという研究者が、女性の個人的な私生活の一瞬と複雑な欲望とを描きだす作風、女性の私生活を共感の眼を持って表現する能力を指摘していて、それはこの初期の絵画にも示されているように思う。

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「デルフトの眺望」(2015オランダ、ベルギーそしてパリ 其ノ十九)

現存するフェルメールの作品は三十三点から三十六点(研究者によって異同がある)と少なく、そのうちマウリッツハイス美術館には「真珠の耳飾りの少女」「ディアナとニンフたち」「デルフトの眺望」の三点が展示されている。

なかで「デルフトの眺望」はゴッホが色彩と光に驚嘆し、マルセル・プルーストが『失われた時をもとめて』で「私はこのように書くべきだった」と賞賛した絵画で、見とれているとFacebookに載せた写真に従妹からコメントが来た。

十数年前にオランダ、ベルギー、ルクセンブルグをレンタカーで廻っているうちに「デルフトでフェルメールの絵画を見て、夫がファンになりました。フェルメールで見ていないのは、あと二つだけ」とのこと。三十数点のフェルメールを見ているなんてうらやましい。頑張って追いつかなくては。

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「真珠の耳飾りの少女」(2015オランダ、ベルギーそしてパリ 其ノ十八)

マウリッツハイス美術館が工事で休館しているあいだに日本とアメリカで「マウリッツハイス美術館展」が開催されていて、東京では二0一二年の六月から九月にかけて上野の東京都美術館で催された。

フェルメール真珠の耳飾りの少女」については二00三年に公開されたピーター・ウェーバー監督の同名映画で知り、ついで原作のトレイシー・シュヴァリエの同名小説も読んだ。その絵画が東京で見られるのだから行ってみたいなと思ったものの、たいへんな人出の報道に気後れして、ぐずぐずしているうちに機会を逸した。

それがこの日、マウリッツハイス美術館で出会えたのだ。まさしく望外の喜びで、興奮ついでに漢詩に似せたものを作った。

 今日ハ又何トイフ日ゾ 「真珠の耳飾りの少女」ニ会フ

 驚キト感銘ヒトカタナラズ 今宵君ノ瞳ヲ思ヒ乾杯ス

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マウリッツハイス美術館(2015オランダ、ベルギーそしてパリ 其ノ十七)

アムステルダムからバスでおよそ五十分、デン・ハーグへ移動した。

オランダの首都はアムステルダムだが議事堂、宮殿(アムステルダムにもあるが実質的には離宮)、各国大使館などはデン・ハーグにあり、ほぼすべての首都機能を担っている。

マウリッツハイス美術館はこの都市の中心部に位置している。珠玉の名品を飾るにふさわしい素敵な建物だ。十七世紀半ばに建てられた館はオランダ古典様式建築の代表作と評価が高く、その名前はここに住んだナッサウ=ジーゲン侯ヨハン・マウリッツにちなむ。

展示室はいずれもくつろいだ、落ち着きのある雰囲気があり、ここでレンブラント(「テュルプ博士の解剖学講義」「自画像」)やフェルメール(「真珠の耳飾りの少女」「デルフトの眺望」)を鑑賞したのは至福のひとときだった。

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ビールとクロケット(2015オランダ、ベルギーそしてパリ 其ノ十六)

オランダもベルギーもともに気候は寒冷でワインの栽培には不向きな地域だ。代わって製造が盛んなのはビールだ。ただし今回の旅行中、食卓に出されたビールに限っていえばオランダとベルギーとではだいぶん事情が異なっていた。

オランダではハイネケン一色、それ以外のビールをのどに通すことはなかった。ネットではアムステルビールとかグロルーシュといった銘柄があるのが知れるがお目にかかれず、わたしたちの食卓ではハイネケンの独占状態が続いた。いっぽうベルギーは種類、銘柄ともにバラエティに富んでいてレーベル数は千を超すそうだ。

写真はハイネケンとオランダ風クロケット。わたしにはコロッケと見分けがつかないが、このクロケット、オランダでは自動販売機でもホカホカ熱熱にして売られている。小腹がすいたときの食べ歩きに、ビールのつまみに最適の国民的料理だ。

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アムステルダム・コンセルトヘボウ(2015オランダ、ベルギーそしてパリ 其ノ十五)

国立美術館のトンネルを抜けると雪国ではなくて広大な芝生の公園が広がり、その一角にヴァン・ゴッホ美術館のモダンな姿があった。

残念ながらゴッホを鑑賞する時間はなかったが、公園の向こう側、道路を隔ててなにやら気になる建物があり、急いで行ってみたところ「アムステルダム・コンセルトヘボウ」とあった。コンセルトヘボウはコンサートホールの意味だが、わたしのなかではアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団というオーケストラの名前の一部としてあった。

学生のころNHKFM放送でクラシック音楽を聴きながら本をよんでいるとよくこの楽団の名前を耳にしたものだった。なお一九八八年に創立百周年を迎えたコンセルトヘボウはベアトリクス女王よりロイヤルの称号を下賜され「ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団」に改称されたと今回の旅で知った。

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