「グッドライアー 偽りのゲーム」

ともにつれあいを亡くしたという高齢者の男女がインターネットを通じて知り合う。一見すると男は一癖も二癖もありそうな胡散くさい老爺、女は世間知らずで無垢な老女だ。さいしょのイメージどおり男が仲間を率いて詐欺を働いているのは早々にあきらかになる。いっぽう資産家の女には孫だという用心棒のような男が付いている。

このシチュエーションで二人はだんだんと親しくなり、やがて資産を統合してのもうけ話が持ち上がる。男の胡散臭さは一気通貫だが、たいする女の世間知らずと無垢は微妙に変化する。

こうなるといくら日本の、どんくさいわたしにもなんとなく筋は読めるけれど、イアン・マッケランヘレン・ミレンの演技バトルをまえにするとストーリーの読みなどどうってことはなくサスペンスはぐいぐいと盛り上がってゆく。そこに脇を固める、男の詐欺師仲間を演じるジム・カーター(「ダウントン・アビー」シリーズ)や、孫を称する男のラッセル・トベイらが絡む。

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定石というものがある。昔から人々が努力、試行錯誤を重ねるうちに定番化して、物事をなす際の最上とされる方法・手順となったものだ。この映画の作劇術はまさしく男と女の陰謀術策と騙し騙されのなかで二転三転するコンゲームというジャンルにおけるよくできた定石で、コンゲームには痛快という言葉が冠せられやすいけれど、ここではビターな風味が漂っている。

ホームラン級の「シカゴ」の脚本を担当したビル・コンドン監督が打ったしぶいヒットといった感じです。

 

 

武漢の医師の死

中国が新型肺炎を公表するまえからメッセージアプリ「微信ウィーチャット)」を通じて危険性を訴えていたのに「デマ」として公安当局に処分された武漢市中心医院の眼科医師李文亮さんがみずからも新型コロナウイルスに罹り二月七日未明に亡くなったという。三十四歳だった。こういう医師がいて処分されていたことを訃報記事ではじめて知った。やりきれなく、またショックだった。

武漢市で原因不明のウイルス性肺炎の患者がみつかったのが昨年の十二月十二日、年が明けて新型コロナウイルスの検出を中国のメディアが報道したのは一月九日、ようやく中国政府が人から人への感染拡大を認め、習近平国家主席が押さえ込み指示の談話を公表したのは一月二十日だった。

このかん李医師は十二月三十日に警告を発し、一月三日に「デマ」を流したとして処分を受けた。こんなことをしている間に当局がかれの警告を真摯に検討し、なんらかの対応をとりはじめていたら、といまさらながら悔やまれてならない。

新型コロナウイルスには、自分たちの進める金儲け政策が、公正で開かれた社会とはなんら関係しないという中国共産党の高級幹部の体質に発症した病が付随している。

多くの人たちは、見たいと欲する現実しか見ていない、とはカエサルの名言だが、李医師の訴えを「デマ」とした面々はその典型である。かれら幹部たちの多くの頭にあるのは党中央のご意向ばかりで国民の意見や警告には見向きもしない、都合の悪いことは封じ込めて弾圧するといった中国共産党の積年の体質に発症した病と新型コロナウイルスはオモテウラの関係にある、あるいは新型肺炎中共という病が並行している、と李文亮医師の死におもう。もちろん良心的な幹部も多くいるはずだ、しかし実態として示されているのは隠蔽と弾圧であり、その政治と感染拡大とは無縁ではない。

昨二0一九年は天安門事件三十年の年にあたる。この事件が胡耀邦趙紫陽のめざした政治の民主化と近代化の芽を踏み潰したことをおもえば新型肺炎への初期対応における決定的なあやまちは一九八九年に胚胎するとして過言でない。

ここまで書いてネットで関連記事を追っていると、中国では李医師の死去に関する投稿やコメントがメッセージアプリ上から消去されている、報道関係者らに対して李医師の死亡を大々的に報じないよう求めた「報道指示」とされる通知のスクリーンショットが投稿された、有害な情報を厳重に抑え込み、救援活動の成果を示す「明るい話題」に注力するよう要請があったという記事があった。真偽は不明としてもこれまでの経緯からみて嘘だとは断定しにくい。事実とすればまことに懲りない面々である。

 

「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」

ニューヨーク郊外の館でベストセラー作家にして巨大出版社のオーナー、ハーラン・スロンビーの八十五歳の誕生日が祝われ、翌朝、ハーランが書斎で喉を切り裂かれて死んでいるのが見つかった。警察は自殺と考えていたが、そこへ私立探偵のブノワ・ブランが匿名の人物から調査依頼を受けたと、ひょっこり現れた。

タイトルのナイブズ・アウトは、複数のナイフが出た状態で、みなさんいずれも怪しく、謎だらけ、第一容疑者という意味になる。ミステリーの世界での富豪の殺人事件の多くはその家族、係累が家長の富豪に頼って生活していて、殺しの動機は遺産をめぐる争いであり、それに家政婦や看護師が絡む。本作もその定石にしたがっているが、特異なのは嘘をつくと嘔吐するため真実しか語れない看護師の存在で、彼女には「おっ!」でした。ミステリーの歴史に彼女のようなキャラクターはいたかしら?それと彼女は南米移民の娘で、家庭は移民問題と貧困を抱えていて現在の米国を映す社会派の趣きも。

といったしだいで、黄金期英国ミステリーに新しい味がくわわった雰囲気にどっぷり浸かった二時間余でした。「オリエント急行殺人事件」(1974年)や「ナイル殺人事件」(1978年)がそうだったように本作もダニエル・クレイグ、クリス・エバンス、クリストファー・プラマーなどなど豪華キャストが配されているのがうれしい。ライアン・ジョンソン監督、やってくれました。

ま、アガサ・クリスティや「刑事コロンボ」のファンには堪えられないでしょう。

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以下不粋なことながら。

スクリーンの、家長に頼りきった生活力のない面々をみながらふと「売家と唐様で書く三代目」という江戸川柳が浮かびました。初代が苦心して財産を残しても三代目にもなると没落し、家を売りに出すようになるが売り家札の筆跡は唐様でしゃれていて、商いではなく遊芸の人が輩出するというわけです。

されど現実は階級社会の流動性の度合は高くなく、帰宅してニュースをみると国会では三代目とおぼしき政治家(遊芸の方?)があちらこちらにいらっしゃって、その代表格が、桜を見る会をめぐり、さほどおしゃれとは思われない唐様の答弁をなさっていました。

(二月一日TOHOシネマズ日比谷)

 

 

 

「マイ・フーリッシュ・ハート」~チェット・ベイカーの最期

チェット・ベイカー・シングス」、わたしの男性ジャズボーカルのワン・オブ・ザ・ベストのディスクだ。端正で、ちょっと中性的というか妖しい雰囲気を漂わせたジャケットを含めて。

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一九五0年代にトランペット奏者、そしてボーカリストとしてジャズシーンを席巻したチェット・ベイカーが五十八歳で亡くなったのは一九八八年だった。五月十三日午前三時、ホテルの何階かから墜落したというニュースにおどろいた。おどろきといえば、存命中に見た晩年の写真は「シングス」のころとはずいぶん変貌していた。五十代とは思えない、顔全体に異様なほど深く刻まれたシワ、その変わりように、人生の辛苦だけではなくクスリも混じっているのでは、と想像した。

これまでの経験が深浅はともかく心身に刻印されているという意味でわたしは老残をマイナスとばかりには考えていない、いや、それどころかけっこうプラスにイメージしているとしたうえでいうのだけれど、五十八歳という中年のチェットの老残ぶりは不思議であり謎めいていた。いっぽうで音楽シーンでは積極的な活動をおこなっていて、振り返ると最後の輝きを放っていたのだった。

いったい「シングス」から五十八歳にかけて何があったのか?

かねてよりその軌跡を知りたいと思っていた。おなじ関心をもつ人は多くいるのだろう、亡くなった翌年一九八九年には写真家ブルース・ウェーバーによるドキュメンタリー映画「レッツ・ゲット・ロスト」が、また二0一五年にはイーサン・ホークがチェットを演じた伝記映画「ブルーに生まれついて」(ロバート・バドロー監督)が公開されている。

前者は未見だが、後者はクスリに手を出して音楽シーンから消えたチェットが苦しみながら恋人とともに再起を図り、ひとたびは立ち直るもののまたもや手を伸ばして彼女を失うという、再起とふたたびの転落を描いていた。そして今回の「マイ・フーリッシュ・ハート」はホテルから墜落した最期に焦点があてられている。

「シングス」から「老残」の軌跡の解明はひとつには残された記録、資料を基にしたオーソドックスな方法がある。だが、それだけでチェットの心の深層があきらかになるとは思われず、とすればもうひとつフィクションで解いていくやり方も考えられなければならない。「マイ・フーリッシュ・ハート」はその貴重な試みだ。

チェット・ベイカーを演じたのはロックバンドでボーカルとしても活躍するスティーブ・ウォール、監督は本作が長編デビューとなるロルフ・バン・アイク。

宿泊先のホテルから転落したチェットはうつ伏せの状態で頭部から血を流していた。捜査を担当したのは遺体を確認した刑事ルーカスだ。

ホテルの部屋には誰もおらず、殺風景なその部屋の机にはドラッグ用の注射器などが散乱し、床にはトランペットが転がっていた。捜査を開始したルーカスは、前夜に出演する予定だったライブ会場に姿を見せなかったチェットの身に何が起こったのかを調べ始め、クスリ、借金、裏社会とのかかわりといった事情を探り、チェッの傷ついた心に触れようとする。そうしながら彼は自身の家庭生活における苦悩と通じるものをチェットに感じてゆく。

チェットの死の風景と、その真相を追う刑事とが繋がる。クスリまみれのミュージシャンと取り締まる側の刑事との心象風景が重なる。ここのところにチェットの音楽の秘密や魅力が潜んでいるのかもしれない。

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(二0一九年十一月十三日新宿武蔵野館

 

 

 

 

 

判断力と品行

「マチネの終わりに」は「愛染かつら」や「君の名は」(菊田一夫の原作ですよ、念のため)といったすれ違いメロドラマの一大変奏曲だった。

パリでの公演を終えた世界的なクラシックギタリストの蒔野聡史(福山雅治)と、パリの通信社に勤務するジャーナリストの小峰洋子(石田ゆり子)とが出会い、惹かれ合い、心を通わせていくが、洋子には婚約者新藤(伊勢谷友介)がいる。

そのことを知りながらも、蒔野は自身の思いを抑えきれず、洋子といっしょになろうとし、一度は彼女も受け容れたのだったが、予想もしなかったすれ違いが生じて……。

突発的な出来事による恋人たちのすれ違い、しかしいまはケータイ、スマホですぐに連絡でき、それでもこの種のドラマをつくろうとすればおのずと手の込んだ事情を持ち込まざるをえない。

具体的には書けないけれど、突発的な出来事とケータイ、スマホという小道具を上手に組み合わせた作劇術はまことに現代的で、しかしこの事情、手法をどう見るかでこの映画の好悪は分かれる気がする。好き嫌いとなるとわたしは後者に傾いていて、甘いラブストーリー、パリ、ニューヨークの美しい映像、彩りを添えている素敵な音楽にひたりながらも引っかかりを覚えていた。

「愛染かつら」からおよそ八十年経った時代のすれ違いメロドラマからは、現代の日本人もこうしたドラマに心動かされる心性を持っていることがうかがわれる。丸山眞男ふうに申せば「マチネの終わりに」は日本のメロドラマの古層の現代的展開となるだろう。

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クリスマスイヴの前日の宵を丸の内界隈のイルミネーションを眺めながら過ごした。この日は当エリアにあるオフィスの代表選手三百人がサンタさんに扮したパフォーマンスがあり、にぎわいもひとしおだ。

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ここで先日ラグビーワールドカップのベスト8入りした日本代表の記念パレードが行われたからだろう、楕円球をもつ羽生結弦選手や中川家の像が置かれてあった。いま公開されている「スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け」関連のイルミネーションも各所に設けられていた。

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ラグビーといえば清岡卓行マロニエの花が言った』のなかに日本のラグビーフットボール史の周辺にあるエピソードがあった。

画家、小磯良平東京美術学校卒業制作作品「彼の休息」は生涯にわたり親友だった詩人、竹中郁をモデルにしたラグビー選手がひと休みする姿を描いている。

竹中郁にはパリのホテルの自室にある小さな机で書いた作品「ラグビイ-アルチュール・オネゲール作曲」があり、清岡卓行によると「日本の現代詩において一つの画期的な傑作」で、ラグビーファンとしてはぜひ探して読んでみたい。

竹中郁が神戸からパリにやってきたのは一九二八年四月二十四日、二十四歳だった。彼は小磯良平、小磯と東京美術学校の同級生で水彩を専門とする中西利雄の三人でアルチュール・オネゲールの交響的楽章第二番「ラグビー」の演奏を聞きに行ったそうだ。初めて知る作曲家の楽曲もぜひ聴いてみたい。

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プラトンは老人たちに、若者たちがスポーツやダンスなどをしているところに出かけて、肉体の美しさ、しなやかさを見出し、若かりし日の自分の魅力や人気のほどを思い出すよう勧めていた。過ぎ去った人生をもう一度楽しむのを人生の知恵としたのである。

これにたいし自分をふくめ現代の高齢者は若いころの自分の魅力を思い出したり、これまでの人生を観照したりするより、若者たちがスポーツやダンスなどに興じていると自分もやってみようとする傾向が強い。

その一歩先にはアンチエイジングなるものがあり、テレビのコマーシャルでは七十歳の女性がなんとかの薬やサプリメントを服用して五十歳に見えたと大騒ぎしている。七十歳という自分の姿がよほどお気に召さないらしい。五十歳という仮面を世間に見せるのがそれほどうれしいのだろうか。男でいえば頭髪の薄いのが嫌だからとわざわざカツラ―になる感覚をわたしは理解できない。

男女を問わず七十年を生きて、素敵な年のとりかたをしましたとその姿を見せてくれるほうが薬やサプリメントやカツラの力を借りた姿にくらべてよほどよい。

「人間は好んで自分の病気を話題にする。彼の生活の中で一ばん面白くないことなのに」とチェーホフが書いていて、これについて河盛好蔵『人とつきあう法』に「とくに、なにかの病気を独特の療法で治した話は必ず人を謹聴させる」とある。

心の片隅にある病気の不安と貴重な治癒体験との合体はめでたいし、希望をもたらしてくれる。これにくわえてちかごろは若く見られた体験談が人々を「謹聴」させているようだ。若く見える鏡があればずいぶん売れることだろう。ひょっとして現在の写真を若返りの姿に修正するアプリはあるかもしれない。

週刊朝日」に「ドン・小西のイケてるファッションチェック」という連載があり、草笛光子さんを取り上げた記事でドン・小西氏は「年齢を負い目じゃなくて、自信に変えていったんだろう」と述べていた。若見え、若づくりの成功に騒ぐよりも年齢を自信に変える姿勢を見習いたい。

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「よい教育とは、人間の判断力と品行を変えるものだ」。

いま道徳教育がどんなふうに実践されているか知らないけれど、このモンテーニュの視点は絶対に欠いてはならない。この点を見失った自国の伝統と文化の礼讃はいびつなものにならざるをえない。

愛さない、愛します、愛するとき……文法は暗記しても愛を思うことのない人、物知りではあるが善良や賢明とは縁のない人の判断力と品行を変えるところに道徳教育の力はある。

『エセー』に、フランスで司法官を採用する際、学識だけを試験しているところがあるいっぽう具体的な訴訟について判決をさせてみて能力を試しているところもあり、モンテーニュは後者がよほど優れた方法であると評価し、「知識と判断力は、ともに必要であるし、兼ね備えているべきではあるものの、それでも本当のところは、判断力にくらべると、学識力は評価が低くなるー判断力は学識力なしでも平気だけれど、逆は成り立たない」と述べている。「謹聴」すべき言説だ。

モンテーニュをわたしにすこぶる魅力的に紹介し、教えてくれ『エセー』の読了にまで導いてくれたのは堀田善衛『ミシェル 城館の人』だった。いずれ作品群に当たってみたいが、まずは作家の全体像を知りたくて水溜真由美『堀田善衛 乱世を生きる』(ナカニシヤ出版)を手にした。

堀田はモンテーニュのほかに鴨長明藤原定家ラ・ロシュフコーゴヤたちをとりあげていて、かれらは反逆者、革命家というよりは傍観者に近かったが、堀田はその傍観に「乱世を生きる知識人が、消極的な仕方であれ抵抗し続けること、あるいは徹底的に覚めていることの可能性と意味」を追求したと水溜さんは論じている。

そうなると思いあわされるのは永井荷風だ。戦時中沈黙を守った荷風は東京に沈潜しながら世情の観察を日記にしるした。国内亡命者としての態度をつらぬいた荷風をどのように評価するかは人それぞれだが「日本の知識人がみんな永井荷風であっても、ファシズムをどうすることもできない。しかし実情は知識人の大部分が、荷風でさえなかった」(加藤周一「戦争と知識人」)のはまちがいない。

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これまで名前を知るだけだったフランス文学者、河盛好蔵のエッセイ集『河岸の古本屋』(講談社文芸文庫)を読み、これからもおつきあいを願いたいと早稲田の平野書店で『河盛好蔵 私の随想選』全七巻を買い、送料がもったいないのでデイバッグにいれて担いで帰宅し『渡辺一夫著作集』全十四巻のとなりにならべた。

昨二0一九年二月にチュニジアを旅したのを機に辻邦生『背教者ユリアヌス』を読み、ついで堀田善衛『ミシェル 城館の人』に触発されモンテーニュ『エセー』へと進んだ。六月には旅順、大連、金州を廻り、帰国して『清岡卓行 大連小説全集』にとりかかった。

辻邦生堀田善衛清岡卓行、いずれも若き日フランス文学を学んでいる。そして三人に関係する人として渡辺一夫が意識され『渡辺一夫著作集』全十四巻が書架にならんだ。渡辺は堀田には友人であり、辻、清岡には師にあたる。そうしてここへきて『河盛好蔵 私の随想選』の架蔵となった。

海外に行き、本の世界を往来するうちにずいぶんフランス文学とご縁ができた。みょうなことになってしまった気がしないでもないが、心のおもむくままにさすらうのは無職渡世の自由人の特権と納得しておこう。大部の著作をどれほど読み、使いこなせるかはともかくとして。

河盛好蔵の本をならべて著者の年譜を眺めているとおどろきの晩年があった。

一九七二年古稀となって以後の足どりを抄録してみると、七十歳の年の九月から十一月までボードレール探訪のため渡仏し、途中ベルギーへ足をのばした。

七十三歳の年、五月から八月まで渡仏。

七十四歳の年、八月から十月まで渡仏。

七十七歳の年、四月から十月まで渡仏。

七十九歳の年、六月から十月まで渡仏。

八十一歳の年、七月から十月十月まで渡仏。途中ポルトガルへ足を運んだ。

八十二歳の年、七月から十月にかけて渡仏。

八十四歳の年、七月から九月にかけて渡仏。

八十五歳の年、七月から十月にかけて渡仏。このかん九月にイスタンブールを訪れた。後半のフランスへの旅マラルメ研究を目的としていた。

この元気な足どり、健康寿命はたいしたものだ。ちなみに厚労省国民生活基礎調査をもとに算出した二0一六年の健康寿命は男性七十二歳、女性七十四歳である。

ことし古稀を迎えるわたしの六十代の主たるたのしみは海外旅行だったから河盛好蔵のこの足どりと活力は余計に目を引く。これを可能にしたのはいうまでもなく心身の健康充実と経済力だった。ひるがえって当方いまのところ心身はともかく、経済力となると心許なく、二千万円ほどなければ老後の安心はないとなると、さて……と七十代を憂うるのだった。

なお河盛好蔵は一九八九年に脳梗塞を患ったがリハビリを続け一九九八年には『藤村のパリ』で読売文学賞を受賞した。亡くなったのは二000年三月二十七日九十七歳だった。

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パンダは他の動物との激しい生存競争を回避し、あえてカロリーの低い笹を主食としたんですって。そのぶん激しい活動は避け、長い時間寝て、ゆるい生活を送っている。長い進化の過程でかれらはこのライフスタイルを最善、最適としたわけだ。

わたしは低カロリーの食物ばかりはいやだが、パンダのやっかいなことを避けようとする姿勢には共感するぞ。

生来、だいじなことやうるさいことに立ち向かっていくより、回避しようとする性向が強く、できれば仕事からも逃れたかったのだが、どうしようもなくてとうとう定年まで勤めた。小さいときから外国への関心が強かったのも身近なことを厭うことの裏返しであっただろう。報道でも海外専門のニュースが好きだ。

石原裕次郎「赤いハンカチ」の歌詞にある「死ぬ気になれば二人とも霞の彼方に行かれたものを」に、小学生だったわたしは言い知れぬ魅力を覚えた。恋も愛も知らないのにだれも知らない街への逃亡は本能的に理解していたとおぼしい。というわけでことしはじめて読む長篇小説を吉村昭『長英逃亡』に決め、とりかかった。

カルロス・ゴーンの逃亡

年始のNHKラジオのニュースで、カルロス・ゴーンレバノンへの入国について、同国の著名なジャーナリストが、カネと力とコネをもつ特別な人に政府が特別な措置を与えているのは政治への信頼を揺るがせ、人心にも悪影響をもたらす、と訴えていると報じていた。

これを聞いてすぐさまわたしは、年末に読んだ黒川創の短篇小説「波」(『いつか、この世界で起こっていたこと』所収)にあったつぎの一節を対照させていた。

「ぼくの正直な気持ちを言うと、よその社会のことを見下して、それで自分のプライドを保ったつもりになるのは、愚かなことだと思う。それよりも、むしろ、自分たちの社会のおかしなところをまっすぐに見て、これを自分たち自身で正していけるということが、ささやかな誇りになっていかないと」。

レバノンのジャーナリストが書いた勇気ある記事に照らすとレバノン政府が批判されるのはもっともだ。しかしレバノン政府に比較してわが国は法治国家として優位にあるとは思われず、それよりもわたしにはカルロス・ゴーンの逃亡は自分たちの社会のおかしなところを直視し、正してゆく契機を持つ出来事だった。

公文書改竄に関わった役人は起訴もされず国税庁長官に栄転した。準強姦容疑で逮捕状が発布されたジャーナリストは成田空港で執行される直前に警視庁刑事部長の判断で逮捕を免れ、その部長は警察庁次長に出世した、といった事案は「カネと力とコネをもつ特別な人に政府が特別な措置を与えている」のと五十歩百歩と考えるほかない。

森まさこ法務大臣は「ゴーン被告は主張すべきことがあるのであれば、日本の公正な刑事司法手続の中で主張を尽くし、公正な裁判所の判断を仰ぐことを強く望む」と述べた。この発言は逮捕を免れたジャーナリストにも適用されてこそまっとうな法治国家であるにもかかわらず裁判所の厳格な手続きをないがしろにして、警視庁幹部の鶴の一声で逮捕が中止になったのは裏に何かがあると疑わせるに足る。

あるSNSの投稿に、政治とカネをめぐりたびたび国民の疑惑をまねいてきた甘利明氏が、ゴーン氏逃亡について「日本は立派な法治国家ですから」とコメントしていたとあった。甘利氏にあっては「立派な法治国家」というより「住みよい法治国家」なのではないかな。

「パラサイト 半地下の家族」

評判に違わない無類のおもしろ映画に目を凝らした百三十分でした。

キム一家は両親と、大学進学が叶わない息子と娘の四人全員が失業中で、アルバイトや内職でその日暮らしの生活を送っている。そんなある日、息子ギウが友人の紹介で富裕層のパク家の娘の家庭教師に雇われる。友人というのは留学が決まった大学生で、ギウに大学生を装わせ、家庭教師の後任としてパクの家に推薦してくれたのだった。

IT企業のCEOである家庭にはいりこんだ偽大学生の家庭教師は、無防備でのんきな奥様に妹ギジョンを美術と児童心理に詳しい研究者として紹介し、小学生で情緒不安定な息子の家庭教師に就ける。さらに兄妹は手練手管を弄してパク家の運転手と家政婦を解雇させ、両親を後釜に据える。

こうして職を得た四人は赤の他人を演じながらパク家を踏み台にして貧乏な暮らしから抜け出す策をめぐらせる。と、まあここまでは新聞や雑誌で知っていたのですが、このあとの展開には茫然唖然となってしまいました。

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丘の上の明るく広い邸宅に暮らす上流の家族と対照的に、暗く狭い地下で暮らす下層の家族。映画の終盤でふたつの家族が生活するこの地域を災害レベルの豪雨が襲います。冠水した道路、逆流するトイレ、道より下、つまり半地下の家はひとたまりもなく、いっぽうで高台の豪邸は雨による被害などまったく関係しません。

とはいってもパク家は「半地下」であって「完全地下」ではありません。「完全地下」というホームレス状態だと家庭教師のアルバイトの話は不自然ですから別の物語になっていたでしょう。丘の上の富裕層がせいぜい接するのは「半地下」までで「完全地下」は視野の外にある異界に過ぎません。その点で「半地下」という設定は富裕層と「完全地下」とのあいだにあって、格差社会を捉えるのに絶好のポジションだったように思われます。

こうして「完全地下」となる危険を抱えながら「半地下」の家族が、ここから抜け出すには丘の上の豪邸へのパラサイトと乗っ取りの道しかないと見極めをつけたところから思わぬ展開が待っているのでした。

殺人の追憶」「母なる証明」などポン・ジュノ監督の作劇術には定評のあることはいまさら言うまでもないのですが、それでもあらためて、今回の富裕層と貧困層の分断をベースにしたブラックなコメディには感嘆、舌を巻きました。

ソン・ガンホはじめ好演の役者陣のなかで解雇される家政婦役イ・ジョンウンという女優さんの印象が強く残りました。

(一月十四日TOHOシネマズ上野)

祝 2020アカデミー賞 作品賞・監督賞・脚本賞・長編国際映画賞4冠

(二月十一日追記)