「殺人鬼から逃げる夜」

第二次世界大戦前夜のヨーロッパの某国、ある青年が公園でひと休みしてカメラを持ち帰りDPEへ出したところ、フィルムには撮ったおぼえのない軍事関係の写真があり、写真屋は警察に申し出て、他人のカメラとまちがえてしまった青年はスパイの嫌疑がかけられます……エリック・アンブラー『あるスパイへの墓碑銘』はわたしをミステリーの世界に誘った、いわば一丁目一番地の作品で、これにより巻き込まれ型のスリラーとなると目がなくなってしまったわたしの前に今回現れたのが、目はしっかりしているけれど耳の聴こえない主人公が連続殺人鬼に追い回される恐怖の夜を描いたこの作品でした。

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心ならずも事件に巻き込まれてしまった人は、まずは逃げようと試みますが、状況は好転せず、けっきょくは自身が解決を図らなければ難局は切り抜けられません。こうして巻き込まれ型スリラーには冒険という要素が加わります。

ふつうの市民が犯罪のプロと闘う羽目に陥ってしまうこの種の物語の要諦は逃亡と冒険のハードルの設け方と超え方の工夫にあります。この映画では、聴覚障害者としておなじ障害のある人々にコールセンターで対応に当たっているギョンミ(チン・ギジュ)が会社からの帰途、重傷を負った若い女性と犯人の男(ウィ・ハジュン、この映画の直後にみたNetflixイカゲーム」に刑事役で出てました)を目撃してしまったために、みずからが男から狙われる身となってしまいます。サイコパスのターゲットとされ、逃げることも叶わず、やむなく対峙せざるをえなくなるのですからハードルの高さは並大抵ではありません。意思疎通は困難を極め、助けを呼ぶ声は届かない、後ろから殺人鬼が近づいて来ても聞こえない、こうしたなかここには書けませんが、工夫を凝らしたハードルの超え方も「おっ!」というものでした。

この映画が初作品となる一九八一年生まれのクォン・オスン監督はひたすら面白さを追求し、完全オリジナルのアイデアと熱い心意気でB級感漂う低予算作品の傑作を作り上げました。

三年ほどまえ上田慎一郎脚本・監督作品「カメラを止めるな!」を取り上げた際、わたしはこのブログに「金がないなら知恵を出せ、などと野暮をいう高慢横柄は困ったものだが、金がないのでよい映画が撮れないなどと口にする人はもっといやだ。『カメラを止めるな!』はそんな議論を軽やかに吹き飛ばす超低予算のオモシロ映画、創意工夫と爽やかで熱い心意気がいっぱい詰まった快作だ」と書きました。(https://nmh470530.hatenablog.com/entry/20180810/1533862077

これはそのまま「殺人鬼から逃げる夜」に通じています。

(十月七日 TOHOシネマズシャンテ)

新コロ漫筆~政治と言葉

先日YouTube田中均氏(元外務審議官、現在日本総研国際戦略研究所理事長)が、安倍、菅内閣に共通する特質について三つの点を指摘していた。すなわち「説明しない」「説得しない」「責任をとらない」 の3Sである、と。

三つのうち説明と説得は政治と言葉の問題で、国会での質疑や記者会見を見ているとこの問題をめぐっては惨めな状態にあるとしか思えなかった。原因としては首相の資質、与党の圧倒的議席数からくる緊張感の欠如と開き直り、異論を嫌う党内力学、政府とマスコミとのいびつな関係などが考えられ、とくに菅前首相については質問にまともに答えないという批判が絶えなかった。

なお、政府とマスコミとの関係については首相会見での質問は一人一問、質問に答えなかった点の回答を改めて促したり、回答で現れた矛盾点などをさらに質問する「更問い」(さらとい)は事実上禁止されている、またほんとうかどうかは知らないけれど、鋭い質問を繰り返していると首相や大臣への質問者に指名されなかったり、担当記者の更迭要求が出たりすると仄聞する。

ここで思い出されるのはフランスの啓蒙思想ヴォルテールの政治と言葉をめぐる見解である。

貴族とのトラブルでバスチーユに投獄されていたヴォルテールが、亡命を条件に出獄し、イギリスに渡ったのは一七二六年、そしてパリに戻ったのは翌々年の二八年だった。このかんヴォルテールはイギリスの政治、思想、文化に大きな刺激を受け、一七三四年四十歳のとき、イギリスでの見聞、観察、考察をまとめた『哲学書簡』を発表した。

なかで政治と言葉について、ロンドンには議会で演説して国民の利益を擁護する権利をもつ者がおよそ八百人、そういう栄誉をこんどは自分に与えてほしいと主張する者がおよそ五、六千人いて、その他の国民はみんなこれらの人々を審判するのは自分の役目だと思っている、そして国民は誰でも公的な問題について自分の考えを印刷して発表することができる、そのためには識見を高め、議論を公にする必要があり、これに向けての勉強がごく自然に文学にもつながってゆく、と述べた。

ヴォルテールはいささか同時代のイギリスをかいかぶっていたかもしれない。しかしここにある政治と言葉と識見との関係と、説明も説得もはなはだしい希薄化状態にある日本の現状とを比較すれば、なんだかわたしたちは「民主主義もどき」のなかで生きている気がする。

「説明しない」「説得しない」「責任をとらない」内閣とは換言すれば国民に情報を開示する、真相を明示する明確な意思をもたない内閣にほかならない。

はじめペルーで確認された致死率の高いラムダ株が東京五輪開幕の七月二十三日に日本国内で解析され、国際機関には報告しながら、国民には八月六日に一部報道されるまで知らされなかった件はそのことをよく示している。「早く発表すべきだったが、政府の中でも情報が共有されていなかった。(八月六日に厚労省が明らかにしたのは)報道機関から問い合わせがあったから答えた」と自民党佐藤正久参議院議員が語っていたが、にわかには信じ難い釈明であった。

それからはや二か月、十月四日に自民党岸田文雄総裁が衆参両院本会議の首相指名選挙で第百代、六十四人目の首相に選出され、岸田内閣が発足した。新首相は同日夜に記者会見に臨み、政権を「新時代共創内閣」と名付け、「私が目指すのは新しい資本主義の実現だ」と述べ、成長戦略とともに富の再分配を重視する考えを強調した。目先の抱負を語るのはけっこうだが、3S状況にある日本の民主主義の修復をも願っておきたい。こちらは「新しい資本主義の実現」とちがい、意を決すればその日からできる。

 

 

「ブライズ・スピリット〜「夫をシェアしたくはありません!」

名前しか知らないノエル・カワードの、名前も知らない戯曲「陽気な幽霊」(つまりBLITHE SPIRIT)を原作とした映画と説明されてもピンと来なかったのですが、副題に「夫をシェアしたくはありません!」とあり、これでロマンティックコメディというよりも昔ふうの艶笑喜劇の匂いを感じ、そうなるとエルンスト・ルビッチが思い出され、パスはできないと映画館に足を運びました。

あとで調べてみると「アラビアのロレンス」のデビッド・リーン監督がこのノエル・カワードの代表作を一九四五年に映画化していて日本では一九五一年に「陽気な幽霊」として公開されていたと知りました。また戯曲「陽気な幽霊」は一九四一年の初演以来およそ二千回にわたり上演されていて不勉強を反省、痛感しました。

かつては外国映画の邦題は映画会社の腕の見せどころでしたが、いまは英語の原題をそのままカタカナにすることが多く「ブライズ・スピリット~夫をシェアしたくはありません!」はめずらしい副題に反応したしだいでした。

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イギリスのベストセラー作家チャールズ・コンドミン(ダン・スティーブンス)はハリウッドへの進出をかけてシナリオを執筆中なのですが、深刻なスランプに陥り、お手上げ状態にあります。妻のルース(アイラ・フィッシャー)の父はハリウッドの有力プロデューサーで、このままでは妻と岳父の期待を裏切ってしまいます。

じつはチャールズの小説は事故で亡くなった先妻エルヴィラ(レスリー・マン)のアイデアを基にしたものばかりで、彼女のサポートなしに筆は進みません。ギブアップから救出してくれるのは彼女の助力しかないとチャールズは意を決して霊媒師のマダム・アルカティ(ジュディ・デンチ)を招いて交霊会を催します。

マダムは亡妻エルヴィラの霊を呼び出してくれたのですが、エルヴィラはみずからが幽霊となっていて、しかもチャールズに新しい妻がいることにショックを受けてしまい、ここで生身の夫と妻と、幽霊としてこの世に戻ってきた先妻とのあいだに騒動が持ち上がります。

エルヴィラのおかげで執筆は捗りますが、彼女の嫉妬心は収まらず、これにはじめは事情がのみ込めなかったルースが先妻の帰還と知り、対抗心を燃やします。

登場人物の状況、境遇が似た古典落語に「三年目」があり、映画の進行とともにわたしはこの噺を連想し、気弱な小説家と二人の妻とのやりとりでは近年のウディ・アレンの映画に一層のスラップスティックの度合を高めるとこんなふうになるのかなと思いながらみていました。古典落語ウディ・アレンの作品とがリンクするなんて思いもよらなかった素敵なひとときでした。

妻と死別した夫が再婚したところへ、逝った妻が幽霊として戻って来て、騒動が勃発するという物語の構造はイングランドの劇作家と古典落語とに共通していて、相違点、たとえばエルヴィラは天性のブライズ、陽気な女性なのですが、噺のほうはおしとやかタイプの奥さんが次第にヒートアップします、それにイギリスでは霊媒師が介在しますが、落語では自分の意思で鬼籍から抜け出して来るとかのことを含め興味関心をかき立てられました。

ときは一九三七年。アール・デコ様式の豪邸、緑豊かな庭園、エレガントなファッション、スイートな楽曲などが古き良き時代の雰囲気をいやが上にも高めてくれます。

作家チャールズを演じたのはTVシリーズダウントン・アビー」でブレイクした男優、そして監督は同シリーズの演出陣の一人エドワード・ホールです。

(九月十四日 TOHOシネマズシャンテ)

 

「アイダよ、何処へ?」

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のなか一九九五年七月に起こったスレブレニツァの虐殺を再現した本作の再現力はたいへんなもので、わたしはひたすら息をのんでスクリーンを見つめていました。事態を再現するという映画のもつ力が最大限に発揮された作品だと思います。

セルビア人のスルプスカ共和国軍により推計八千人の、イスラム教徒の多いボシュニャク人が殺害されました。この映画は犠牲となった人々に捧げられています。

再現する力とあいまって問いかける力も、これからさきこの作品を忘れ難くするでしょう。いや、そういっては生易しい、ここには現在のアフガニスタンをはじめとする世界の惨状を考える契機が具わっているのですから。

具体には、虐殺が起こったとき通訳として国連軍に雇われていたアイダとその家族(夫と十代後半の二人の息子)の運命を通して、誰を救えなかったのか、なぜ救えなかったのかの問いかけで、「サラエボの花」「サラエボ、希望の街角」のヤスミラ•ジュバニッチ監督はそのなかに一方を悪と決めつけ断罪する危険性をも問いかけていると思いました。

たしかにスルプスカ共和国軍の参謀総長ラトコ・ムラディッチに率いられたボスニア・ヘルツェゴビナセルビア人は虐殺を行い、武力で他民族を追い出しました。セルビア人の悪行にたいする批判に異論はないのですが……

ちなみに国際手配されたムラディッチが逮捕されたのが二0一一年、裁判で終身刑が言い渡されたのが二0一七年、そして刑が確定したのがことし二0二一年です。

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二0一六年に旧ユーゴスラビア地域を旅行し、わずかではありますが内戦の傷痕を目の当たりにしました。そのとき予習復習として読んだ何冊かの本のなかにセルビア人の悪行はプラスαして描かれる傾向があるという指摘がありました。ドラマのなかの旧ユーゴスラビア生まれの悪役の出自を設定するにしても、クロアチアボスニア・ヘルツェゴビナではなくセルビア出身とする場合が多いようです。

米原万里さんは『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(文春文庫)に、国際世論形成は圧倒的に正教よりもカトリックプロテスタント連合に有利で、ここからもセルビア正教の苦境が察せられる、宗教面での不利は情報戦争の敗北に直結していたと述べています。

また『ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争』(講談社文庫)の著者高木徹氏は「世界中に衝撃を与え、セルビア非難に向かわせた『民族浄化』報道は、実はアメリカの凄腕PRマンの情報操作によるものだった」と訴えています。

その凄腕PRマンとして知られるジム・ハーフは「ボスニア・ヘルツェゴビナ政府との仕事では、セルビアミロシェビッチ大統領がいかに残虐な行為に及んでいるのか、それがマーケティングすべきメッセージでした」と語っていて、そのための効果的なキャッチコピーが「民族浄化」でした。

そうしたからといって真実に到達できるはずはないのですけれど、この映画のあとではやはり考え込まざるをえません。

(九月二十一日ヒューマントラストシネマ有楽町)

 

「クーリエ:最高機密の運び屋」

モスクワの高官でMI6に内通協力するオレグ・ペンコフスキー(メラーブ・ニニッゼ)がもたらす最高機密をロンドンへ持ち帰らなければならない。担当するのは諜報活動の経験のない、グレヴィル・ウィン(ベネディクト・カンバーバッチ)というフツーの市民、セールスマンです。

 MI6は商用でしばしば東欧を訪れている彼なら怪しまれることはないと判断し、依頼したのです。このとき一九六0年、それから二年間ウィンはペンコフスキーのよこす情報を運搬し続けます。ちなみに米国がU2の偵察飛行により、ソ連キューバにミサイルと原子兵器を配備していると認めたのは一九六二年十月十六日で、この映画は核戦争が回避された裏事情を事実に基づいて描いた作品です。

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ウィンが任務を引き受けるやたちまちモスクワでの彼とペンコフスキーの動きがKGBに察知されることはないか、機密情報がロンドンへ無事に持ち帰られるのか、ハラハラドキドキのしっぱなし、そして事態が明るみになりはじめると、運び屋は帰国できるのか、協力者の高官と家族は亡命できるのかをひたすら心配することになります。

スリルとサスペンスという尺度でいえば一分の緩みもない出色の出来映えで、仮に星五つ満点でちょっと気取って四個半なんてすると恥ずかしくなりますよ。もちろんわたしはドドーンと五個ですね。

ただし現代史の秘話ですからそれでは済みません。一気に高まった核戦争の危機を回避できたのには流された汗と血があり、エンタメ礼讃に終始することはできないのです。

その点を踏まえたうえでの話になりますが、この秘話は冷戦期、情報技術のあゆみでいえばアナログ時代のスパイストーリー、エスピオナージュの大花火だと思います。デジタルの現在とは異なり、対面による情報の授受の比重が途方もなく高かったころ、秘密の出会いはきわめて危険ではありましたが、そこには血の通う人間関係が生まれる素地がありました。ウィンとペンコフスキーのように。

ややグレーがかったモスクワの風景とノスタルジックな音楽が六十年代はじめの共産圏のたたずまいをよく表しています。

(九月二十八日 TOHOシネマズ日比谷)

 

知らなくてよい、いきあたりばったりの話

文章を書くとき敬称をどうするかはけっこう悩ましい問題で、歴史的人物なら敬称は不要としても、この数年のあいだに故人となった方はどうすればよいか。昔から芸人とスポーツ選手は敬称なしが慣行とされているが、志ん朝師といったりもする。スポーツ選手が引退するとすぐさま氏を付けるのもなんとなく不自然な気がする。

こんなとき、わたしがまず求めるのは永井荷風の見解で、たまたま読んでいた「岡鬼太郎君新作昔模鼠小紋」にその意見が述べられていた。

「私は役者の名を書きます時芸名の下に氏だの師だのといふこの頃流行の敬語をつけませぬ。私は芸名若しくは屋号を以て呼ぶことが既に相応の敬意を表するものと思つて居ります。文士俳人を評論する文に雅号庵号もしくは字を以てその人を呼ぶのと同様だと心得て居ます」「今時長うたの芸人衆に師の字をつけることが流行しますが、何となく禅宗の坊さんにでもなつたやうで面白くありませぬ」

たしかに海老蔵氏とか菊五郎氏は変だ。文士、役者は荷風の意見に従うとして、敬称の問題はそこに止まらない。

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東京五輪では七人制ラグビーとマラソンを楽しみにしていたのだが、ラグビーは放送日時のチェック漏れで、テレビ観戦はマラソンだけになってしまった。

暑さを避けるため札幌での開催となった女子マラソンだが北海道の記録的な暑さにより急遽スタートが一時間繰り上がり六時スタートという異例の事態となった。

札幌の午前六時の気温は25・9度、湿度78%(気象庁アメダス)で、このコンディションをめぐり日本テレビの中継で気になる発言があった。

後半の後半、過酷な条件のなかイスラエルの選手(だったと思う)が歩きはじめたのを見てアナウンサーが、これで後続の一山麻緒選手の入賞の可能性が高まりましたと、なんだか他人の不幸を喜んでいるみたいでいやだなと思っていたところ、選手たちがつぎつぎにフィニッシュするころになって解説の増田明美さんが「この気温と湿度に慣れている日本人選手は一時間繰り上げることなく定時にスタートしていたらもっとよい成績になったかもしれません」と口にした。

選手たちにはもっとよいコンディションで走らせてあげたかったというのが真っ当なのではないか。 ランナーたちになんと酷いことをいうのだろう。

前を行く外国の選手が歩き出したのを日本人選手のために喜んだり、コンディションがもっと悪ければ日本人選手には都合がよかったといういびつな身びいきで後味の悪いマラソン中継となった。 担当するアナウンサー、解説者もスポーツマンシップに反する発言は慎むべきだ。

翌日の男子マラソンは定時の七時にスタートした。出場した選手は百六人、そのうち三十人が途中棄権した。懸念された気温は30度を超えなかったが、完走できない選手が相次いだ。「気温、湿度に慣れている日本人選手は一時間繰り上げることなく定時にスタートしていたらもっとよい成績になったかもしれません」どころではなく、服部勇馬選手はフィニッシュしたあと車椅子で運ばれ、「深部体温が40度以上に上昇し熱中症の重い症状だった」と文書でコメントした。

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東京オリンピックパラリンピックを前に「陛下が開会式で大会の中止を宣言されるしか、もはや止める手だてはない」とツイッターに投稿した立憲民主党政調会長代行がいた。また開会式と閉会式の演出を担当する予定だった一人が過去のホロコーストをめぐって看過できない事実があると政府や組織委員会を飛び越して米国のユダヤ人団体に注進に及んだ外務副大臣がいた。

象徴天皇制についての見識を疑う野党の幹部、報告先をまちがえているとしか思われない茶坊主副大臣に唖然としていたところへ名古屋市河村たかし市長が真打として登場した。

ソフトボール日本代表として東京オリンピックで金メダルに輝いた後藤希友投手の表敬訪問を受けた際、突然マスクを外し、後藤投手のメダルを噛むというおバカな行為に及んだのである。

さっそく萩生田文科相が「教育上非常に良くない。人の大切なものを口にいれるなんて」と問題視し、後藤投手が所属するトヨタ自動車が「不適切かつあるまじき行為」とのコメントを発表したほか、名古屋市に多数の苦情が寄せられ、市長が謝罪する事態となった。

それでも市長はメダルを噛んだことについて「全然、僕はそんな認識(セクハラ)はないですね。ハラスメントは、嫌がらせの認識は全くなかったですね」 「オリンピックで最近というか、噛むということが結構ありますので、メダル的なものをとったときに愛情と言いますか、そういう噛む時ってあるじゃないですか」と語っている。

人の大切なものを口にいれたのは愛情だったという市長は、自分がどうして批判されているかおわかりになっていないらしい。

京極純一「両性の平等・前途多難」に「『人間らしく自然にふるまっている』つもりが、女性から糾弾されて訳が分からず閉口する男性は哀れである。文明人間の第一歩は、生きていく自分とその自分を観察し制御する自分、二つの自分が分かれることである。両性の平等と個人の尊厳は表と裏である」とあり、なんだかこの市長を念頭において書かれてあるような気さえした。

「両性の平等・前途多難」は一九九一年に発表されていて、この三十年は何だったのかと思わざるをえない市長のふるまいで、ちなみにうえの引用の前段に京極先生は「女性に対する男性の優位と特権と甘えを保証する文化が男性社会という文化である」と書いている。

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アフガニスタンで米軍が撤退するとたちまちタリバンが政権を奪取した。

そこでわたしが思ったのは第二次世界大戦後の国共内戦だった。この連想が適切かどうかはよくわからないとしたうえでいえば、国共内戦で、毛沢東中国共産党が勝利した最大の要因は国民が中共を選択した結果であり、中共側のプロパガンダはあるにしても、蒋介石、国民党側の政治腐敗はずいぶんとひどく、最後に国民から見放されたのである。

いまは大使館員や現地の協力者の脱出についての問題が大きく報道されていて、避難したガニ大統領の政権を見捨てた人々やタリバン政権を支持する人たちの声はあまり聞こえてこない。でもふつうに考えると政権奪取は軍事力の強弱だけによるものではなく、民意が大きく作用しているはずで、だとすればアフガニスタン国民はガニ政権ではなくタリバンを支持したとなるが、そう言い切るのは自信がなく、判断がつかない。

タリバンの女性への人権侵害や歴史遺産の破壊に賛成するものではないが、米国にすり寄ってというか、外国の軍隊の力を借りて政権を樹立、維持しようと考える輩にろくなやつはいないのではないかとも思う。

別の話になるが、NHKのニュースで、アフガニスタンでニュースキャスターの職にあった女性が、タリバンから認められないと放送局での勤務を拒否されました、命が脅かされています、助けてください、と訴えた直後に大谷選手のホームランのニュースが派手に報じられていた。どこかの風景の映像をインサートしてワンクッション置くなどもう少し編集の工夫はないものか。

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NHKBSPで放送のあった「太陽の中の対決」(1967)をみた。主演はポール・ニューマン、監督はマーティン・リット、代表作に「寒い国から帰ったスパイ」がある、そして原作はエルモア・レナード『オンブレ』、と並べるとけっこうシブい取り合わせだ。

アパッチに育てられた男ラッセル、インディアン居留地の物資を横領して逃亡を図るフェーバー夫婦、元下宿屋の管理人ジェシーたちが駅馬車に乗り込んだが、同乗していた男の一味に襲われてしまう。と書けばおわかりのようにジョン・フォード監督の名作「駅馬車」を下敷きにした作品で、なかなかのお値打ち品である。

ラストシーンでラッセルはライフル銃を手にして襲撃犯と戦い、人質を救出する意志を固める。しかし相手側には複数の人質がいて、一人は彼が好意をもつ女性だ。この困難な状況でジェシーラッセルに「(救う)相手を選んでいたら世界は地獄になる。損得抜きで人と接するの、私たちは等しく人間なんだから」と語る。

このセリフ、原作の「オンブレ」(村上春樹)にあったのだろうか。読み飛ばしているとすれば情けない。

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八月十四日の10キロヴァーチャルマラソンの結果。

フィニッシュタイム 57:43、

総合ランキング 271/865、

年代別ランキング(70-74)1/18。

七十年生きて、長距離走ではじめて、年代別ランキングではありますが1位になりました。感謝です。

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自宅近くに日本医大病院と東大病院があり救急車のサイレンの音を聞くことが多くなった気がする。先日も昼食で外に出たところ立て続けに二台の救急車が日医病院の方向に向かって行くのを見て、新型コロナ患者の搬送を思い、あらためて救急隊員の方々に頭が下がった。この現実のなかでパラリンピックに児童生徒を動員するという人の心がわたしには理解できない。

この日、NHK午後九時のニュースでキャスターが、人流をしっかり抑えなければなりませんと訴えていた。わたしはマルクス主義者ではないが、このばあいは階級的視点が不可欠で、一方に、都道府県をまたいだ移動も政治資金パーティも粛々?とやっている少数がいて、他方で自粛を強いられ続ける多数がいる。与党の幹部が集まって会食しながら、発覚すると「黙食」だったと開き直る始末である。

みんなとはいわないが上のほうは自分たちのやりたいことは大いにやりつつ、下には営業自粛などさまざまな制限をかけている印象はぬぐえない。

緊張感の共有は大切だ。しかし好き勝手やってる上級国民を認めたうえで共有を訴えられてもためにする議論としか思えない。前提となる信頼感が崩壊しているのだからどうしようもなく、信頼感があれば意見の違いはあっても政府の訴えを真剣に受け止めるが、いまは疑心暗鬼でしかない。

先日も大島衆議院議長が次の選挙には出ないと、東京ではなく選挙区の青森でおっしゃっていた。都道府県をまたいだ移動をされていたわけだ。要人はそうした移動も必要だろうと承知している。ただ、他方で西村大臣が、お盆の時期の帰省は今からでもキャンセルをと呼びかけている風景がいかにもチグハグなのだ。

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このところジョギングでの発汗が半端ない。朝走った疲れが気温の上昇とともに増幅するからエアコン、小まめの水分補給の熱中症対策だけではヤバい。体重増は避けたいが落とす必要もないので、もっと食わなければいけない。

七、八年前の真夏に肉離れをしていて、その再発も怖い。肉離れと暑さとの関係についての医学的所見はわからないものの、わたしのなかで両者はリンクしている。そのときは、医師から、ミネラルをもっと摂らなくてはいけない、ミネラルウオーターくらいじゃダメ、もっともっと食えといわれた。

こういうときはレストランかビアホールに行こうとなるが、緊急事態宣言でビールの提供がないからそれもできない。ふと先日の与党幹部たちの「黙食」の宴席にビールはなかったのか気になった。

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疲れが収まらない。暑さとストレッチ、筋トレ、ジョギングによる疲れだからトレーニングをお休みすればよいのだがわたしは休む勇気がない。

午後のコーヒータイムから夕方にかけては本を読んでいて、BGMはジャズを聴くことが多いが、 極度の疲労時には演歌へと移動する。この二日は美空ひばり石原裕次郎を聴きながら過ごした。こういうときわたしの日本人としての自覚は深くなる。

演歌に比べると、ジャズやクラシックにはそれなりに体力を使っているということになるのだろうか。逆にいえば、演歌は身体に染み込んでいるのにたいして、ジャズ、クラシックは無意識に身構えて聴いているわけだ。

それはともかく、小学六年生のとき石原裕次郎「赤いハンカチ」(カラオケでのわが愛唱歌)が好きで45回転のドーナツ盤を買ってもらった。その歌詞カードに、北国の春も逝く日、俺たちだけがしょんぼり見てた遠い浮雲よ、とあるのを見て、春は「行く」と思っていたのが「逝く」なのだった。振り返ると、微かな文学へのめざめだった。

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「返校 言葉が消えた日」「モロッコ、彼女たちの朝」「ドライブ・マイ・カー」「Summer of ’85」「白頭山大噴火」「孤狼の血 LEVEL2」などなど魅力ある映画群の到来で、 ここへきて映画館へよく出かけるようになった。映画の前か後、もしくは両方の時間帯は喫茶店で座るからおのずとこちらの回数も増える。

はじめての緊急事態宣言に際しては、最大限外出を自粛し自己防衛に努めなければならないと思った。「人間の不幸は、ただ一つのこと、一つの部屋に落ち着いてじっとしていられないことからやってくる」(パスカル)としても新型コロナはもっと不幸かもしれないではないか。

いま外出にあたっては、映画館と喫茶店でのクラスターの話は聞かない、それにあまり一つのところに縮こまっているのもよくないと自分を納得させている。勝手なものである。新型コロナ禍が終息して生き延びてあれば、わたしは丸川珠代オリンピック・パラリンピック担当大臣が、バッハ会長の銀座出遊について語った「十四日間しっかりと防疫措置の中で過ごしていただいているかということが重要なポイント。不要不急の外出かはご本人が判断すること」を思い出すだろう。

どうやらわたしはこの丸川大臣の御発言でほんの少しだけ吹っ切れた気がしている。

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八月二十二日に投開票された横浜市長選は立憲民主党が推薦した山中竹春氏が菅首相の推薦した元国家公安委員長小此木八郎氏や現職の林文子氏に大差をつけて当選した。林氏に続いたのが元長野県知事で作家の田中康夫氏で、日本維新の会に所属する松沢成文氏より多い得票数は善戦といってよいだろう。

いまわたしは昨二0二0年一月二十日六十一歳で急逝した坪内祐三を追悼して「週刊文春」に千回以上にわたり連載された「文庫本を狙え!」全篇を読み返している。そのなかの一篇に、坪内がテレビの政見放送を見ていると枝野幸男が「まっとうな」というフレーズを繰り返し、「まっとうな」をよく口にする田中康夫を思い出したというくだりがあった。

「枝野の妻(元スチュワーデス)はかつて田中康夫と付き合っていたと噂されている。枝野の妻で田中康夫の元恋人とされた彼女はよっぽど『まっとうな』人が好きなのだろう」。

よく知られた話かもしれないがわたしは初耳で、世間にはみょうなことをご存知の方がいるもんだ。

「わたしはごく自然体で自分を歩かせていく。それに、わたしが扱う内容だって、別にどうしても知らなくてはいけないようなものでもないし、いきあたりばったりに、手軽に論じてはいけないものというわけでもない」(モンテーニュ)。

どうしても知らなくてはいけないようなものでもない、いきあたりばったりの話はたのしいな。

 

 

「師匠はつらいよ」讃

九月十三日第六期叡王戦五番勝負の第五局で藤井聡太二冠が豊島将之叡王を破り、対戦成績三勝二敗でタイトルを奪取した。これにより藤井新叡王は王位・棋聖と合わせ三冠となった。

将棋は駒の動かし方しか知らないわたしだが、弟子の活躍から師匠を知り、いま杉本昌隆師匠が「週刊文春」に連載している「師匠はつらいよ」を愛読している。

「振り返ると藤井二冠を弟子にした当時は私が七段、聡太少年は小学四年の六級だった。月日は流れ九年後の今、私は八段、藤井二冠は九段である。これっていくらなんでも出世が早すぎるのでは?」(七月二十二日号)

肩肘張ったところなく、楽しく、心暖かく、ときにほろ苦い、達意の文章、しかも藤井三冠のことをはじめ将棋界についてのいろんな情報をもたらしてくれる。こうした随筆を棋士に書かれてしまうと将棋エッセイを書きたい作家や文筆家はやりにくいのではないかしら、と思わず心配するほどの名エッセイだ。師匠の総合力を弟子はどう見てる?

「段位や地位には全くこだわらない藤井二冠だが、タイトル保持者の九段として見る景色は当然あるはず。/自分はそれを見ることができない。だが『師匠』の景色も素晴らしく、それは何物にも代えがたいのだ」

昔の棋士はフツーの市民から遠い印象で、特には升田幸三先生の印象からか漢字でいえば奇才の「奇」だが、杉本師匠は「爽」が似合う。

十代の弟子の快進撃にともなって師匠にもいろんなことが起こる。

「私の一番最近の昇段、八段になったのは一昨年のことだ。対局後に大阪で取材を受け、気分良く名古屋への帰途に、帰りの新幹線、車内電光掲示板のニュースを見て仰天した。『藤井聡太七段の師匠、杉本昌隆七段が八段昇段』(中略)自分の昇段が一般のニュースになったのは初めてで、思わず携帯で写真を撮ったものだ」

ふつう八段昇段は新幹線のテロップに流れるニュースにはならないから驚いただろう。このときは藤井聡太七段、このあとタイトルを取り九段に昇段し「これっていくらなんでも出世が早すぎるのでは?」となった。

師匠は弟子を選び、弟子は師匠を選ぶ面白さがここにある。

教育とりわけ初等中等教育はおなじ年齢の多数がほぼおなじ内容を学習して、おなじ修業年限で卒業することを目途として構築されたシステムであるから、万人向けのあかし、そのぶん画一と総花の批判を受けやすい。その反対が師弟関係で、これこそ教育の理想とする方もいるだろうが、残念ながら向き不向きがある。