2020-01-01から1年間の記事一覧

断捨離

若いときからずいぶん本を買ったがこの数年で多くを処分した。『斎藤茂吉全集』『久保田万太郎全集』ほか数人の方々の全集、著作集や『千夜一夜物語』『カサノヴァ回想録』など、それに二十世紀文学の金字塔とあこがれ、いつか読破したいと願っていたジェイ…

流言録

昭和十七年の暮れのある日、甲州街道で一台のトラックと荷馬車が衝突し、トラックに積んであった荷物が路上に落ち、なかにあった四個の米俵のうちひとつが破れ白米が散乱した。 通りかかった巡査がそれを見て運転手を尋問したところ運転手は悪びれないどころ…

GO toトラベル下の日常

核兵器の保有などを全面的に禁じる「核兵器禁止条約」を批准した国と地域が五十に達し、国際条約として、二0二一年一月に発効することになった。他方、核保有国である米、英、仏、中、露のふだんはなかなか一致することのない五カ国は反対で足並みをそろえ…

「燃ゆる女の肖像」

鏑木清方、小村雪岱、木村荘八、和田誠、安西水丸など画家、イラストレーターには文筆家を兼ねる方が多い。描く対象への観察を重ねるうちに観察力が磨かれ、それが文章にも活かされるからでしょう。「燃ゆる女の肖像」の画家マリアンヌ(ノエミ・メルラン)…

狂気と無知と痴愚を問う~渡辺一夫『ヒューマニズム考』

碩学が生涯かけて学んだことのエッセンスを、素人、初学者に説いた本には素晴らしい著作が多い。わかりやすく、分量も少ないからよみやすい。昨年(二0一九年)十一月講談社文芸文庫で復刊された渡辺一夫『ヒューマニズム考 人間であること』もそれに該当す…

江戸の百均

『浮世風呂』『浮世床』などの滑稽本で知られる式亭三馬に文化七年から翌八年五月までの日記を兼ねた『式亭雑記』という随筆があり、冒頭に、なんでも三十八文という店のはなしがある。 「去年の歳暮より此春へかけて、三十八文見せといふ商人大いに行はれり…

四十年にわたる大河スパイ小説〜『CIA ザ・カンパニー』

ロバート・リテルは気になるスパイ小説の書き手だが、読んだのは『ルウィンターの亡命』だけで、しかも長いあいだご無沙汰だったところ、自粛生活の余得で『CIAザ・カンパニー』(渋谷比佐子監・訳、2009年柏艪社)を読む機会を得た。上下二段組、六百頁にな…

発熱!

十年ぶりくらいかな、DVDで「フットライト・パレード」(一九三三年)をみた。監督は名作「四十二番街」とおなじロイド・ベーコン。 ギャング映画のスターだったジェームズ・キャグニーがボードビル時代に培ったダンスを提げて主演したミュージカルというの…

国勢調査異聞

日本ではじめて国勢調査が実施されたのは一九二0年(大正九年)十月一日だからこのほど行われた令和二年国勢調査は、第二十一回目、ちょうど百周年の調査となった。今回はとくに新型コロナウイルスの感染拡大を防止する観点から、ポスト投函やオンライン回…

2019チュニジアの旅(其ノ三)

地中海に面した遺跡の町ケルクアンへ来た。カルタゴが海の彼方のローマと戦ったポエニ戦争は紀元前264年のローマ軍によるシチリア島上陸から、紀元前146年のカルタゴ滅亡まで三度繰り広げられ、ケルクアンは第一次ポエニ戦争でカルタゴが手放さざるをえなか…

2019チュニジアの旅(其ノ二)

エル・ジェムは巨大な円形競技場がそびえる街だ。三世紀に建てられたこの遺跡は、現存するもののうち、ローマ、ヴェローナに次ぐ三番目に大きな競技場で、保存状態もたいへんよくて、地下にはグラディエーター(剣闘士)の控え室や入場の道(「死の廊下」と…

「薬の神じゃない」

難病映画は苦手です。死を意識した悲しい物語は避けておくのが無難です。それなのに白血病を扱った「薬の神じゃない」に足を運んだのは傑作「ダラス・バイヤーズクラブ」の中国版と評価する向きがあると小耳に挟んだからにほかなりません。 なお「ダラス・バ…

2019チュニジアの旅(其ノ一)

2月6日、成田空港を発ちドーハ経由でチュニジアの首都チュニスに向かった。 まえまえから旅してみたい国だったが、2015年3月18日バルドー博物館でテロ事件が起きて渡航警戒のレベルが引き上げられた結果パックツアーの多くが取りやめとなった。昨年の夏、た…

七十歳になった

小沼丹「木槿」に「何でもこんな寝苦しい暑い夜のことを、熱帯夜とか云ふのださうである。一體、いつからそんな名前が出来たのか知らない。聞いただけでうんざりする。昔はそんな呼名はなかつたと思ふ」とあった。「群像」昭和五十二年十月号に発表されてい…

日本学術会議とベーシックインカム

日本学術会議が推薦した百五名のうち六名の任命を拒否した菅内閣は説明責任を果たさないまま学術会議の改革の問題に論点をずらそうとしているようだ。 学術会議の改革は必要だとしても特定の学者や考え方を狙い撃ちするのは自由主義国家の根幹に関わる問題で…

「ある画家の数奇な運命」

題名にある「数奇」は、画家志望の青年が恋し、愛し、結婚した女性の父親が、青年の幼いころ可愛がってくれた叔母を心を病む者として隔離し、死に追いやったナチスの高官だったことを指しています。 東ドイツで育ち青年となったクルト(トム・シリング)は社…

「鵞鳥湖の夜」

若いころから身近の大事やむつかしい話には関わりたくない、できるだけ避けたい、というよりも逃げてしまいたい気持の強い人間でした。そのうえこれじゃいけない、現実逃避から抜け出さなければなんて思ってもみませんでした。できれば仕事からも早く逃れた…

命なりけり・・・

七月に10キロヴァーチャルマラソンを走りました。緊急事態宣言で中断していた毎月の催しがようやく再開して、この日の走りが宣言からあとわたしのはじめてのレースとなりました。 六時から十二時のあいだに各自が定めたコースをGPS付アプリで計測して送付し…

ヒトラー、チャーチル、新型コロナ対策

イギリス陸軍の軍人で政治家としても知られたバーナード・モントゴメリーが「私は酒もタバコもやらないから百パーセント健康だ」といったところウインストン・チャーチルは「私は酒もタバコもどちらもやるから二百パーセント健康だ」と応じた。 「私があなた…

すびきのせいびょう

八月九日。緊急事態宣言のあと二度目の10キロヴァーチャルレースを走った。 タイムは0:58:14、順位は282/778。 この時期、大汗かいたあとはやはりきつく、走ったあとシャワー、朝食、テレビ、そして昼食、ここまではまあまあよかったが、午後になると身体…

合ハイ、合コン

昨年モンテーニュ『エセー』を読み、来年はフランス・ルネサンス関連でフランソワ・ラブレー『ガルガンチュアとパンタグリュエル』に挑戦しようと決めた。年が明け新型コロナ感染症、緊急事態宣言とたいへんな波が押し寄せはや半年以上が過ぎ、のんびり構え…

「オフィシャル・シークレット」

映画のもととなったのはイラク戦争を前に米英側の暗部をリークしたキャサリン・ガンの事件、その再現にしっかり努めた作品です。わたしは事件を知らなかったために興味関心、ことの行方を追う度合は増し、スクリーンに見入っていました。何がさいわいするか…

「ファヒム パリが見た奇跡」

難民問題とチェスを上手に組み合わせた社会派エンターテインメント作品です。もっともその前にモデルとなったチェス選手ファヒム・モハマンドの実話を見いだしたところでこの映画の成功はなかば約束されていた気もします。あとはゲージュツなどに色気を出さ…

緊急事態宣言後の初レース

原作と映像(テレビドラマ、映画)の二方面でアガサ・クリスティ攻略作戦を展開している。なにしろ作品が多いので、読んでいると思っていたのがテレビドラマをみていただけだったり、この作品を読もうと決めたあとで既読とわかったりするからまずは整理をし…

「ジョーンの秘密」

夫に先立たれ、仕事からは引退し、イギリス郊外でつつましく一人暮らしをしているジョーン・スタンリーが突然訪ねてきたMI5に、半世紀以上前にソ連のKGBに核開発の機密情報を漏洩したという容疑で逮捕されます。二000年五月のことで、外務事務次官のW・ミ…

『大江戸の飯と酒と女』~『政談』のあと

享保十一年(一七二六年)荻生徂徠は八代将軍徳川吉宗の諮問にこたえ時代に即応する政策体系を論じた『政談』を書き上げた。(成稿の年は平凡社東洋文庫版『政談』校註平石直昭による) 徳川家康が征夷大将軍に任命され、江戸に幕府を開いて百二十年余り、貨…

「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」

新型コロナウイルスは高齢者に厳しいから緊急事態宣言が解除されてからも映画館へ行くのは控えていたのですがウディ・アレン監督の新作「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」が公開されたと聞くとそうとばかりはしていられず四か月ぶりに映画館へ足を運びま…

ああ松茸!

雨の日午後。緊急事態宣言前であれば晴雨にかかわらず午後は喫茶店へ行こうか、映画にしようか、ともかく外に出ようとしていたのに、いまは自室で音楽を聞き本を読むなどしてステイホームをたのしんでいる。それに宣言が解除になったといっても高齢者には不…

レジスタンスとコリンヌ〜コリンヌ・リュシェール断章(其ノ七)

コリンヌ・リュシェールは戦時中ナチス高官の愛人だったとされ、戦後市民権剥奪十年の判決を言い渡された。対独協力者の娘、「ナチの高級売春婦」の反対側にあったのはナチス占領下におけるフランスのレジスタンスだった。 そこでは、イギリスからド・ゴール…

「最後の曲り角」についてのノート〜コリンヌ・リュシェール断章(其ノ六)

ジェームズ・M・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』は一九三四年に出版されて以降、一説によるとこれまで七回映画化されたそうだが、なかでわたしが知っているのは以下の四作品だ。 1 一九三九年ピェール・シュナール監督、フェルナン・グラベ、コリンヌ…