映画をめぐる閑談

「この世界に残されて」

映画が終わったとき、腰を上げたくない、上げられない、いま少しこの世界に残されていたい気持になりました。そのあと喫茶店で珈琲を前に、未熟でも何かひとこと寄せたい、けれどハンガリーの現代史を背景とする複雑な愛のありようを言葉でかたちとして表す…

「燃ゆる女の肖像」

鏑木清方、小村雪岱、木村荘八、和田誠、安西水丸など画家、イラストレーターには文筆家を兼ねる方が多い。描く対象への観察を重ねるうちに観察力が磨かれ、それが文章にも活かされるからでしょう。「燃ゆる女の肖像」の画家マリアンヌ(ノエミ・メルラン)…

「薬の神じゃない」

難病映画は苦手です。死を意識した悲しい物語は避けておくのが無難です。それなのに白血病を扱った「薬の神じゃない」に足を運んだのは傑作「ダラス・バイヤーズクラブ」の中国版と評価する向きがあると小耳に挟んだからにほかなりません。 なお「ダラス・バ…

「ある画家の数奇な運命」

題名にある「数奇」は、画家志望の青年が恋し、愛し、結婚した女性の父親が、青年の幼いころ可愛がってくれた叔母を心を病む者として隔離し、死に追いやったナチスの高官だったことを指しています。 東ドイツで育ち青年となったクルト(トム・シリング)は社…

「鵞鳥湖の夜」

若いころから身近の大事やむつかしい話には関わりたくない、できるだけ避けたい、というよりも逃げてしまいたい気持の強い人間でした。そのうえこれじゃいけない、現実逃避から抜け出さなければなんて思ってもみませんでした。できれば仕事からも早く逃れた…

「オフィシャル・シークレット」

映画のもととなったのはイラク戦争を前に米英側の暗部をリークしたキャサリン・ガンの事件、その再現にしっかり努めた作品です。わたしは事件を知らなかったために興味関心、ことの行方を追う度合は増し、スクリーンに見入っていました。何がさいわいするか…

「ファヒム パリが見た奇跡」

難民問題とチェスを上手に組み合わせた社会派エンターテインメント作品です。もっともその前にモデルとなったチェス選手ファヒム・モハマンドの実話を見いだしたところでこの映画の成功はなかば約束されていた気もします。あとはゲージュツなどに色気を出さ…

「ジョーンの秘密」

夫に先立たれ、仕事からは引退し、イギリス郊外でつつましく一人暮らしをしているジョーン・スタンリーが突然訪ねてきたMI5に、半世紀以上前にソ連のKGBに核開発の機密情報を漏洩したという容疑で逮捕されます。二000年五月のことで、外務事務次官のW・ミ…

「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」

新型コロナウイルスは高齢者に厳しいから緊急事態宣言が解除されてからも映画館へ行くのは控えていたのですがウディ・アレン監督の新作「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」が公開されたと聞くとそうとばかりはしていられず四か月ぶりに映画館へ足を運びま…

レジスタンスとコリンヌ〜コリンヌ・リュシェール断章(其ノ七)

コリンヌ・リュシェールは戦時中ナチス高官の愛人だったとされ、戦後市民権剥奪十年の判決を言い渡された。対独協力者の娘、「ナチの高級売春婦」の反対側にあったのはナチス占領下におけるフランスのレジスタンスだった。 そこでは、イギリスからド・ゴール…

「最後の曲り角」についてのノート〜コリンヌ・リュシェール断章(其ノ六)

ジェームズ・M・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』は一九三四年に出版されて以降、一説によるとこれまで七回映画化されたそうだが、なかでわたしが知っているのは以下の四作品だ。 1 一九三九年ピェール・シュナール監督、フェルナン・グラベ、コリンヌ…

「格子なき牢獄」〜コリンヌ・リュシェール断章(其ノ五)        

わたしがはじめて「格子なき牢獄」をみたのはNHK教育テレビ「世界名画劇場」での放送だった。おそらく一九七七年一月に遠藤周作がゲスト出演したときの番組だったと思われるが、遠藤周作と吉田喜重が対談していた記憶はまったくないからあるいは別の日の…

戦時の若者たちとコリンヌ〜コリンヌ・リュシェール断章(其ノ四)

第二次世界大戦後、コリンヌ・リュシェールとナチスとのかかわりは日本にも伝えられた。ところがフランスやアメリカとはちがってこの国では忌まわしい女優とはならなかった、少なくとも忌まわしさの一色には染まらなかった。 『コリンヌはなぜ死んだか』にあ…

「ナチの高級売春婦」の実像~コリンヌ・リュシェール断章(其ノ三)

「嘗て、その美しさと特権によって、ドイツ占領者たちに讃美され、喝采をあびてきたフランス女優ーナチの高級売春婦・カリン・ルチア(コリンヌ・リュシェールの英語読み)は(中略)いまや“国家侮辱犯”として、判決を受けることとなった」 「一九三九年、彼…

「忌まわしい女優」の生涯~コリンヌ・リュシェール断章(其ノ二)

コリンヌ・リュシェールの生涯について「別冊太陽・フランス女優」(平凡社、1986年)をもとにたどってみる。 一九二一年二月十一日パリで生まれる。中等教育を三年で止め、俳優、映画監督のレイモン・ルーローから演技を学び、十六歳で舞台にデビューした。…

「紀元二千六百年の美貌はコリンヌ・リュシェールから!」〜コリンヌ・リュシェール断章(其ノ一)

一九三八年にフランスで製作されヒットした映画「格子なき牢獄」が日本で公開されたのは翌三九年十二月だった。この作品はわが国でもヒットし、主演の新人女優コリンヌ・リュシェールにたいする注目が社会現象となるほどの広がりをみせた。 詩人の堀口大學は…

「レ・ミゼラブル」

ビクトル・ユーゴー『レ・ミゼラブル』で、ジャン・ヴァルジャンはモントルイユにある彼の工場で働いていた女工が売春婦となり、病に倒れたのを知り、他家に預けてある彼女の娘を連れ帰ろうとする。ヴァルジャンは娘のいるモンフェルメイユに赴くところで、…

「ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像」

もう商売をやめて店を畳もうかと思案する孤独な老美術商オラヴィ(ヘイッキ・ノウシアイネン)がある日のオークションで惹かれた一枚の肖像画。画家のサインはなく、モデルがだれかもわからないから商品としてはリスキーすぎるが、魅力には抗しがたくあきら…

「ジュディ 虹の彼方に」

「オズの魔法使い」(一九三九年)やミッキー・ルーニーとのコンビでミュージカル映画に出演していたころの回想とともに描かれたジュディ・ガーランドの晩年、ロンドンでの日々。 彼女が四十七歳で歿したのは一九六九年六月二十二日、当時大学一年だったわた…

「黒い司法 0%からの奇跡」

ハーパー・リーの自伝的小説『アラバマ物語』は一九六0年に発表され、翌年ピューリツア賞を受賞、その翌年には映画化され、原作、映画ともに大きな話題を呼んだ。映画のほうもアカデミー賞主演男優賞(グレゴリー・ペック)脚色賞、美術賞に輝いた。 厳しい…

「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」

ニューヨーク郊外の館でベストセラー作家にして巨大出版社のオーナー、ハーラン・スロンビーの八十五歳の誕生日が祝われ、翌朝、ハーランが書斎で喉を切り裂かれて死んでいるのが見つかった。警察は自殺と考えていたが、そこへ私立探偵のブノワ・ブランが匿…

「マイ・フーリッシュ・ハート」~チェット・ベイカーの最期

「チェット・ベイカー・シングス」、わたしの男性ジャズボーカルのワン・オブ・ザ・ベストのディスクだ。端正で、ちょっと中性的というか妖しい雰囲気を漂わせたジャケットを含めて。 一九五0年代にトランペット奏者、そしてボーカリストとしてジャズシーン…

「パラサイト 半地下の家族」

評判に違わない無類のおもしろ映画に目を凝らした百三十分でした。 キム一家は両親と、大学進学が叶わない息子と娘の四人全員が失業中で、アルバイトや内職でその日暮らしの生活を送っている。そんなある日、息子ギウが友人の紹介で富裕層のパク家の娘の家庭…

「存在のない子供たち」

映画を評価するにあたって、現実をどれほどにとらえているかを重要な物差しとするならば「存在のない子供たち」は最高点を与えられてしかるべきだろう。その昔、「靴みがき」や「自転車泥棒」などイタリアのネオリアリズモ作品をみた人々のおどろきや感動が…

「あなたの名前を呼べたなら」

ネタバレご注意ください。 階級を超えた愛と聞くとひどく古めかしく聞こえるけれど、インドでは農村部を中心にカーストの意識は根強く残っており、社会的身分を超えた恋愛はいまなおご法度なのだと認識を新たにした。 高層ビルが林立するムンバイに、貧しい…

「よこがお」

訪問看護師の市子(筒井真理子)は一年ほどまえから末期がん患者の大石塔子の看護のために大石家に通っている。堅実で献身的な仕事ぶりは訪問先でも職場でも厚く信頼されている。大石の家では看護にくわえ、介護福祉士をめざす長女の基子(市川実日子)の学…

「さらば愛しきアウトロー」

冒頭のキャプションには、ほとんど実話を素材にしているとあったけれど、それよりも、よくできた大人のメルヘンとして楽しく鑑賞しました。 フォレスト・タッカーは一九八0年代初頭からアメリカ各地で銀行強盗を繰り返したうえ逮捕と脱獄を十数回重ねた筋金…

「COLD WAR あの歌、2つの心」

二三か月前に映画館でもらった「COLD WAR あの歌、2つの心」のチラシに、ポーランドのモノクロ作品とあるのをみて、すぐに買い!を決めた。予断と偏見といわれれば甘受しよう。しかしわたしのなかにあるポーランドのモノクロ作品はハズレのない優れもの揃い…

「新聞記者」余話

映画「新聞記者」は大学新設計画を所管する文部科学省を跳び越して内閣府、首相官邸が情報を伏せながら積極的に推進している某医療系大学の新設計画に端を発している。本来は情報を開示して進めるものだが、ここでは官邸主導で極秘に行われている。 公開性を…

「新聞記者」

むかし、ウォーターゲート事件を扱った「大統領の陰謀」をみて、権力に遠慮、迎合しないアメリカ映画界の強さに感心した。近くは、米国における聖職者による性的虐待を扱った「スポットライト」や、9・11後のアメリカをイラク戦争へと導いたとされるディック…