映画をめぐる閑談

「流浪の月」

小児性愛者にして誘拐犯とされた十九歳の大学生、そして事件の被害者とされた小学五年生の女児。「〜とされた」というのはあくまで世間の視線、また法律の世界における扱いであって、この事件の当事者には人知れない事情がありました。 帰宅したくない家内更…

「親愛なる同志たちへ」

一九六二年六月にソ連の地方都市、ウクライナにほど近いノボチェルカッスクで実際に起こった虐殺事件と、その渦中にいた母娘をめぐるドラマです。事件はソ連崩壊後の一九九二年まで三十年間にわたり隠蔽されていました。 いくら社会主義の優位が喧伝されても…

「オールド・ナイブス」

お気に入りのスパイ・ミステリーでどちらかというと地味系でシブい作品が映画化されるのはとてもうれしい。たとえば先ごろ公開された「オペレーション・ミンスミート ナチを欺いた死体」。原作は小説より奇なるノンフィクション、ベン・マッキンタイアー『ナ…

「英雄の証明」〜ソーシャルメディアの光と闇と不条理

素晴らしくて繰り返し観たい映画のいっぽうに、優れてはいるけれど、もう一度観るのは躊躇する、っていうかなかなか立ち向かう勇気の湧かない名作があります。 前者はさておき、問題は後者で、わたしのばあい、たとえば「西鶴一代女」を再度観るまでにはずい…

「暴力行為」〜収容所からの脱走をめぐって

Amazon Prime Videoの魅惑のモノクロ旧作群に「暴力行為」が収められていて十数年ぶりに再会しました。ナチスの戦争犯罪を問い、また信念を貫く人物を多く描いたフレッド・ジンネマン監督(1907-1997)の初期の作品です。 あまり知られていないとおぼしい秀…

「ウエスト・サイド・ストーリー」

「ウエスト・サイド物語」が日本で公開されたのは一九六一年十二月二十三日でした。そのころわたしは小学五年生で、映画をみたのは六年生のときだったと記憶していますが、あるいは五年生だったかもしれません。 どうしてこの映画に接したのかは思い出せませ…

「声もなく」

ホン・ウィジョンという一九八二年生まれの新人監督が撮った韓流作品です。素晴らしいというか、凄いというか、いずれにしてもこれから要注目の女性監督に大きな拍手を贈ります。 鶏卵の小売をするいっぽう犯罪組織から死体処理を請け負う中年チャンボク(ユ…

「ハウス・オブ・グッチ」

グッチオ・グッチによって一九二一年に創業されたイタリアのファッションブランドGUCCIの創業家の興亡に目を凝らしつづけた159分でした。一九七八年からおよそ二十年にわたるグッチ家の繁栄、抗争、確執、悪行、愛憎などを盛り込んだ長尺のドラマをだれるこ…

「天才バイオリニストと消えた旋律」

一九五一年、将来を嘱望されている若手ヴァイオリニスト、ドヴィドル・ラパポートのデビューコンサートが開かれるその日、かれは忽然と姿を消した。リハーサルを終え、あとは本番を迎えるばかりだったのに。 冒頭に提出されたこの謎にたちまち引きつけられま…

「パーフェクト・ケア」〜ブラックな介護で大儲け

スパイ小説の作家に、ジョン・ル・カレとイアン・フレミングが、主人公でいえばジョージ・スマイリーとジェームズ・ボンドがいて世の中はまじめとおあそびの均衡がとれている。 古代ローマ時代の南イタリアの詩人ホラティウスが「徳そのものを飽くことなく追…

『モーリタニアン 黒塗りの記録』

二00一年十一月すなわち911の二ヶ月後モーリタニア人でドイツ留学経験のあるモハメドゥ・オールド・サラヒ(タハール・ラヒム)は現地警察に連行され、そのままアメリカ政府に捕らえられました。収容先はキューバのグアンタナモ湾にあるグアンタナモ米軍基…

「ジャズ・ロフト」

第二次世界大戦で戦場カメラマンとして活動したあと、雑誌「LIFE」を中心に意欲的な作品を発表してきた ユージン・スミス(1918-1978)は一九五四年に「LIFE」誌編集部と喧嘩別れをして関係を絶ちました。 三年後の五七年、妻のカーメンと四人の子供たちと別…

「殺人鬼から逃げる夜」

第二次世界大戦前夜のヨーロッパの某国、ある青年が公園でひと休みしてカメラを持ち帰りDPEへ出したところ、フィルムには撮ったおぼえのない軍事関係の写真があり、写真屋は警察に申し出て、他人のカメラとまちがえてしまった青年はスパイの嫌疑がかけられま…

「ブライズ・スピリット〜「夫をシェアしたくはありません!」

名前しか知らないノエル・カワードの、名前も知らない戯曲「陽気な幽霊」(つまりBLITHE SPIRIT)を原作とした映画と説明されてもピンと来なかったのですが、副題に「夫をシェアしたくはありません!」とあり、これでロマンティックコメディというよりも昔ふ…

「アイダよ、何処へ?」

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のなか一九九五年七月に起こったスレブレニツァの虐殺を再現した本作の再現力はたいへんなもので、わたしはひたすら息をのんでスクリーンを見つめていました。事態を再現するという映画のもつ力が最大限に発揮された作品だと思…

「クーリエ:最高機密の運び屋」

モスクワの高官でMI6に内通協力するオレグ・ペンコフスキー(メラーブ・ニニッゼ)がもたらす最高機密をロンドンへ持ち帰らなければならない。担当するのは諜報活動の経験のない、グレヴィル・ウィン(ベネディクト・カンバーバッチ)というフツーの市民、セ…

「孤狼の血 LEVEL2」

前作「孤狼の血」は広島県の架空都市である呉原市でやくざの抗争を収束し、秩序を回復しようとして裏社会に深く食い込んだ刑事の物語でした。 刑事は対立する二つの暴力集団の調停を図ろうとしますが、警察内部の陰謀もあって上手くゆかず、組同士の攻防に巻…

「モロッコ、彼女たちの朝」

日本ではじめて公開されるモロッコ発の長編劇映画と聞いてさっそく駆けつけました。 あのリックとイルザの物語はすべてセットで撮影されていますが、舞台となったカサブランカがわたしにとって映画の聖地であることに変わりはありません。それに二0一四年に…

「返校 言葉の消えた日」

二0一七年に発売され台湾で大ヒットしたホラーゲーム「返校」を実写映画化した作品だそうですが、わたしはその種のゲームとはまったく無縁ですので、とりあえずリアリズムで物語を整理してみます。 国民党独裁のもと、戒厳令が敷かれ、白色テロが横行してい…

「一秒先の彼女」

爽やかで心暖まる台湾発のロマンティック・コメディです。 映画館では彼女が笑った一秒あとにほかのお客さんが笑いだす。写真を撮るときのチーズ!も一瞬彼女が早くてみんなとテンポが合わない。小さい頃からちょっぴりズレていたシャオチー(リー・ペイユー…

「逃げた女」

女は結婚して五年、そのかん一度も離れたことのなかった夫がはじめて出張となり、彼女はソウル郊外にいる女ともだちを訪ねます。面倒見のよかった先輩は離婚していまは親しい女性といっしょに生活してい、もう一人の先輩は高収入で気楽な独身生活を楽しんで…

「HOKUSAI」

緊急事態宣言で営業を休止していた東京の映画館が制限つきながら六月一日から再開し、久しぶりに劇場で映画をみました。 「HOKUSAI」は葛飾北斎(1760-1849)の人生の四つのシーンを章立てとした、小説でいえば短篇連作の映画です。青壮年期を柳楽優弥、老年…

「デンジャラス・ライ」

緊急事態宣言のなか、つれづれなるままに「デンジャラス・ライ」(Netflix)という聞いたことのない(もちろん見たこともね)映画をみました。デンゼル・ワシントンの「デンジャラス・ラン」じゃないですよ、念のため。 チョイスしたのは、貧困にあえぐ介護…

アンクレット

新型コロナ感染症禍のなか、東京在住の高齢者はおのずと自宅で映画、TVドラマをみることが多くなり、先日もNHKBSPで放送のあった「深夜の告白」を鑑賞したことでした。 ビリー・ワイルダー監督とシナリオ担当のレイモンド・チャンドラーが組んだノワール好き…

「すばらしき世界」

現代の日本映画にたいするわたしの不満の最たるものは、感情の昂りとともに大声をあげ、どなり、わめく、そうしたシーンの多いことにあります。ある役者さんなど予告編でお会いするたびにどなりまくっている。その方を批判しているのではなく、感情の昂りを…

「この世界に残されて」

映画が終わったとき、腰を上げたくない、上げられない、いま少しこの世界に残されていたい気持になりました。そのあと喫茶店で珈琲を前に、未熟でも何かひとこと寄せたい、けれどハンガリーの現代史を背景とする複雑な愛のありようを言葉でかたちとして表す…

「燃ゆる女の肖像」

鏑木清方、小村雪岱、木村荘八、和田誠、安西水丸など画家、イラストレーターには文筆家を兼ねる方が多い。描く対象への観察を重ねるうちに観察力が磨かれ、それが文章にも活かされるからでしょう。「燃ゆる女の肖像」の画家マリアンヌ(ノエミ・メルラン)…

「薬の神じゃない」

難病映画は苦手です。死を意識した悲しい物語は避けておくのが無難です。それなのに白血病を扱った「薬の神じゃない」に足を運んだのは傑作「ダラス・バイヤーズクラブ」の中国版と評価する向きがあると小耳に挟んだからにほかなりません。 なお「ダラス・バ…

「ある画家の数奇な運命」

題名にある「数奇」は、画家志望の青年が恋し、愛し、結婚した女性の父親が、青年の幼いころ可愛がってくれた叔母を心を病む者として隔離し、死に追いやったナチスの高官だったことを指しています。 東ドイツで育ち青年となったクルト(トム・シリング)は社…

「鵞鳥湖の夜」

若いころから身近の大事やむつかしい話には関わりたくない、できるだけ避けたい、というよりも逃げてしまいたい気持の強い人間でした。そのうえこれじゃいけない、現実逃避から抜け出さなければなんて思ってもみませんでした。できれば仕事からも早く逃れた…