「薬の神じゃない」

難病映画は苦手です。死を意識した悲しい物語は避けておくのが無難です。それなのに白血病を扱った「薬の神じゃない」に足を運んだのは傑作「ダラス・バイヤーズクラブ」の中国版と評価する向きがあると小耳に挟んだからにほかなりません。

なお「ダラス・バイヤーズクラブ」については本ブログhttps://nmh470530.hatenablog.com/entry/20140303/1393830137を参照いただければさいわいです。

白血病罹患者の治癒率、生存率の向上については内外のアスリートたちの競技生活に復帰したエピソードなどとともに多少の知識は持っているつもりなのですが、自分の無知や幼いころからの刷り込みなどにより病名を聞くと「不治の病」というイメージと恐ろしさが先に立ってしまいます。

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上海でインド製強壮薬を扱う小さな薬屋を営むチョン・ヨン(シュー・ジェン)のところにインドつながりで同国産白血病治療のジェネリック薬を密輸し、販売してほしいとの話が持ち込まれます。持ってきたのは慢性骨髄性白血病患者のリュ・ショウイー(ワン・チュエンジュン)という男で、国内で認可されている治療薬は非常に高価で、多くの患者が苦しんでいる、安くて成分がおなじジェネリック薬がインドで生産販売されているというのです。

薬を飲み続けるために家、財産をすべて手放すなど苦しむ人たちを救ってやってほしい、それがおまえさんには金もうけになるんだからと説得され、はじめは断ったチョンでしたが金の誘惑に勝てずジェネリック薬の密輸と販売に手を染めるようになります。そこにリュのように自身の、あるいは家族の病状をなんとかしたい思いを強く持つ人たちによる協力サークルが形成されます。

実話ベースの話は二00四年当時の物語です。

認可された「正統」の既得権益をもつドイツ系製薬会社はジェネリックという「異端」の存在を許しません。かれらにとって「異端」はにせ薬そのもので、「正統」の薬を買えない、つまりもうけにならない患者はどうなってもよいのです。みているうちになんだかナチスの翳を感じました。

こうして高価な薬と、医療をめぐる政治と、保険の不備という三角地帯で患者の苦しみは増すばかりです。高価な薬は手に入らず、ジェネリックも許されず、あとは死を待つか、自殺するかしかないのです。

作品のたたずまいは、はじめチョンが悪漢となって金もうけに奔るコメディタッチでした。それがだんだんとシリアスへと転調します。破綻ではなくあくまで転調です。わたしは、スタッフ、役者陣いずれも物語の進行とともにコメディタッチのままではいられないとシリアスに向かっていったと想像しました。そう思わせる力がこの作品にはみなぎっています。

チョンにシンパシーを抱くようになるツァオ(ジョウ・イーウェイ)という刑事がいるのですが、こちらは取締りからシンパシーへと転調してゆきます。机上で取締りの計画を立て巡査に逮捕させるのではなく、みずからがチョンに向き合います。立ち位置は反対側でありながら、チョンとツァオは接点の多い関係となり、それとともに刑事の心情は変化してゆきます。

「薬の神じゃない」は恐ろしい血液の病気をめぐる話でありながら、なによりも血の通いあう人々の物語なのでした。

(十月二十七日新宿武蔵野館