「燃ゆる女の肖像」

鏑木清方小村雪岱木村荘八和田誠安西水丸など画家、イラストレーターには文筆家を兼ねる方が多い。描く対象への観察を重ねるうちに観察力が磨かれ、それが文章にも活かされるからでしょう。「燃ゆる女の肖像」の画家マリアンヌ(ノエミ・メルラン)もモデルとなるエロイーズの人物像を女中のソフィーから聞き出し、画室では癖や感情と表情との関係を探るなど観察力を発揮していました。

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十八世紀末、マリアンヌはブルターニュの伯爵夫人(バレリア・ゴリノ)から娘エロイーズの見合いのための肖像画を依頼され、ブルターニュの外れにある島に建つ屋敷を訪れます。

エロイーズ(アデル・エネル)は結婚を嫌がっていてマリアンヌははじめ画家であることを隠して近づかなければならないほどでした。やがて肖像画が描かれるようになると、マリアンヌはモデルであるエロイーズがしっかりした観察力の持ち主で、マリアンヌを精しく見ていると知ります。描く、描かれるの違いはあるけれど互いに観察することで二人の絆は強まってゆきます。

結婚を厭うエロイーズは結婚のための肖像画も厭っている、その彼女が積極的にモデルになる意思を示します。 それをもたらしたのは結婚を受け容れたのではなく、画家の眼に寄せる気持の変化でした。

妊娠した未婚の女中のソフィー(ルアナ・バイラミ)が闇商売の女に頼んで中絶をしてもらうシーンで、目を逸らそうとするマリアンヌにエロイーズはしっかり見ておくべきだとスケッチを描かせます。これを契機として二人の関係は「観察」から「見つめ合う関係」へと昇華し、キスを交わし一夜を共にします。

宗教と道徳の規範の強い時代の数日間の密かな物語は新作なのに古典的名作のたたずまいを見せています。

その後、絵を教えるマリアンヌは生徒たちに二回だけエロイーズの姿を見たことを明らかにします。子供といっしょのエロイーズの肖像画に接したときともう一回はコンサートの劇場でエロイーズはマリアンヌから少し離れた席に座って、涙ぐんでいました。演奏されているのはヴィヴァルディ「四季」の第二楽章「夏」、あの島でマリアンヌがチェンバロでその一節を弾いた楽曲でした。

劇場でエロイーズはマリアンヌが自分を見ている、その観察眼に気付いていた、その涙は「見つめ合う関係」の思い出と女どうしの愛の断念だったと想像しました。

(十二月八日TOHOシネマズシャンテ)