2015-01-01から1年間の記事一覧

ムハンマド五世広場周辺(モロッコの旅 其ノ十一)

一九一二年モロッコはフェズ条約によりフランス保護国となり、また北部の一部はスペインの支配を受けた。民族運動が盛んになったのは一九三0年代で、はじめはモロッコ人の政治的地位の向上をめざすものだったが、やがて独立を志向するようになった。 独立を…

『本で床は抜けるのか』

二0一二年二月ノンフィクション作家の西牟田靖は仕事場を鉄筋造り三階建てのシェアハウスから築五十年ほどの木造二階建てアパートの四畳半へと移した。引っ越し荷物の多くは本と本棚で、蔵書数は「少なくとも1000冊以上、2000冊以下というところ」だった。 …

大西洋を望む(モロッコの旅 其ノ十)

岩波新書に『モロッコ』という本がある。著者は山田吉彦。こちらは本名だが、ペンネームのきだみのるのほうがより知られているかもしれない。代表作に『気違い部落周遊紀行』があり、またファーブル『昆虫記』の訳者として知られる。 山田吉彦がモロッコを旅…

「チャイルド44 森に消えた子供たち」

冒頭、ウクライナの孤児院を脱走した少年が軍人に拾われ、このときレオと名付けられた少年はのちに第二次大戦でベルリンが陥落した際、さいしょにソ連の国旗を掲げた兵士として大きく報道される。 そして一九五三年。 スターリン体制下のソ連で、子どもを狙…

ハッサン二世モスク(モロッコの旅 其ノ九)

カサブランカは人口四百万人を超えるモロッコ最大の経済都市。首都ラバトをワシントンに比定すればここはニューヨークにあたる。旧市街は低い家並が櫛比し道路が入り組んだ雑踏の街、いっぽう新市街は高層ビルが建ち、広い道路にはたくさんの車が行き交う。 …

『落語を歩く 鑑賞三十一話』

成瀬巳喜男監督「女が階段を上る時」で銀座のバーで雇われマダムとして働く高峰秀子が体調を崩し、実家の佃島に帰り静養していて、そこへバーのオーナーである細川ちか子が見舞いにやって来るシーンがある。家を訪れる手前では小さな蒸気船が客船を曳いてい…

剣玉(モロッコの旅 其ノ八)

写真で後ろに立つ男が剣玉であそんでいる。「望郷」のぺぺ・ル・モコ(ジャン・ギャバン)の手下のボディガードで、剣玉は日本古来のあそびと勝手に決め込んでいたわたしはこの映画を観て「あれっ」と思ったものだった。調べてみるとあのあそびはフランスが…

冷のコップ酒  

寝床にiPadを持ち込みYouTubeで「愛より愛へ」を観た。一九三八年(昭和十三年)に公開された松竹大船作品、監督は島津保次郎。 佐野周二と高杉早苗のカップルは男のほうの親の許しが得られないので家を出て同棲中だ。男は作家志望で女は女給勤めをしている…

「ヨーロッパの場末」(モロッコの旅 其ノ七)

ある日、モロッコの現地のガイドさんがエト邦枝の歌った「カスバの女」を流してくれた。アルジェリア、チュニジア、モロッコを歌詞に配した日本の流行歌は若い人たちに意外な感をもたらしていた。この曲は多くの歌手が歌っているが、エト邦枝のオリジナル・…

「海街diary」

早いもので一九八四年に「お葬式」が公開されて三十年以上が経つ。そのころ読んだ批評のなかに、現代に小津調を巧みに活かした作品と論じたものがあったのを「海街diary」を観ているうちに思い出した。 ありきたりな表現なのかもしれない、それに小津調とい…

フェズの迷路(モロッコの旅 其ノ六)

写真は皮なめし職人の工場から撮ったフェズの旧市街。 モロッコ最初のイスラム王朝の都フェズは世界一複雑な迷路の街と言われていて、入り組んだ路地をあるくうちになるほどおそるべきところだと実感した。ヴェネツィアの路地もずいぶんと複雑だったが、それ…

「誘拐の掟」

ローレンス・ブロックのマット・スカダーシリーズは五、六冊を読むばかりで、それもずいぶんご無沙汰している。これでハードボイルドファンを称するのはおこがましいかもしれないけれど、ひとえにレイモンド・チャンドラーに偏した結果であって、大本のとこ…

「カスバの女」(モロッコの旅 其ノ五)

エト邦枝が歌う「カスバの女」(作詞:大高ひさを、作曲:久我山明)のレコードが発売されたのは1955年(昭和30 年)のことだったが、当時この名曲はさほど話題にならず、十二年後1967年に緑川アコがリバイバルヒットさせ、これでオリジナルを歌ったエト邦枝…

モロッコへのまなざし(モロッコの旅 其ノ四)

1931年(昭和六年)わが国ではじめて日本語字幕の付いた映画が公開され、大ヒットした。ジョゼフ・フォン・スタンバーグ監督、マレーネ・ディートリッヒ、ゲーリー・クーパー主演「モロッコ」である。広大な砂漠、灼熱の太陽、フランス外人部隊に参加した好…

モロッコのハエ(モロッコの旅 其ノ三)

ネットにあるモロッコ旅行の記事を読んでいると「morocco desu」というブログに、ハエとか気にする人は、ここへは本気で来ないほうがいいとあった。モロッコではよくハエを見た。といってもせいぜい数匹なので大群などと誤解なさいませんように。マラケシュ…

「ブラックハット」

香港で原子力発電所がメルトダウン寸前になり、シカゴで大豆の先物取引価格が高騰して市場が混乱に陥る。いずれもハッカーの遠隔操作によるもので、これを承けてFBIと中国当局の共同捜査が行われることとなる。 中国側の責任者チェン・ダーワイ(ワン・リー…

カサブランカの空港で(モロッコの旅 其ノ二)

カサブランカでの入国手続きにはむやみに時間がかかった。係官不在のためか閉じられた窓口が二三あり、そのうえわたしたちが並ぶ列では係官と客との言い争いが生じ、くわえて車いすの方や乳幼児を連れた方の優先措置(当然のことであり、これをとやかく言っ…

『ルビッチ・タッチ』

エルンスト・ルビッチ監督「陽気な中尉さん」(一九三一年)で、ミリアム・ホプキンスの令嬢が婚約者(モーリス・シュバリエ)を「あの人には軍服がほんとによく似合ってほれぼれする」と自慢すると、当の婚約者の愛人クローデット・コルベールが「でも、パ…

日本橋へ

二0一四年三月日本橋の「COREDO室町」にオープンしたシネマコンプレックスは自宅から歩いて行かれるところなのでけっこう重宝している。まずは不忍池へ出て、湯島、秋葉原、御茶ノ水そうして神田駅西口商店街を通りJR神田駅へ、その西口から南口へ抜けて今…

ヴェネツィアに魅せられて

五月六日は傘雨忌、久保田万太郎の命日で、先日読んだ倉島厚、原田稔編『雨のことば辞典』にもこの忌日が立項されていた。傘雨は万太郎の俳号。 万太郎は一八八九年(明治二十二年)十一月十一日に生まれ一九六三年(昭和三十八年)五月六日に没した。梅原龍…

カサブランカへ!(モロッコの旅 其ノ一)

一昨年ヴェネツィアでゴンドラに乗ったあとアドリア海を眺めているうちに、この海の彼方にあるイスタンブール、その昔のコンスタンチノープルへのあこがれが芽生え、ついで、かつてのローマ帝国領の周縁の地を訪れてみたいと思い、モロッコが心に浮かんだ。 …

曲学阿世の徒

曲学阿世の徒は真理に背いて時代の好みにおもねり、世間の人に気に入られるような説を唱える者を指す。 出典は司馬遷『史記 』「儒林伝」。 わたしがこの言葉をいつ知ったのかは定かではないけれど、吉田茂の発言を通じてだったのはたしかである。 ジョン・…

子供合埋碑

新宿の成覚寺にある子供合埋碑。傍の新宿区教育委員会による説明板には、江戸時代の内藤新宿にいた飯盛女(子供と呼ばれていた)たちを弔うため、万延元年(一八六0年)十一月に旅籠屋中で造立したもので、惣慕と呼ばれた共葬墓地の一角に建てられた墓じる…

『イージー・トゥ・リメンバー』

William Zinsser『EASY TO REMEMBER The Great American Songwriters and Their songs』が昨年十月『イージー・トゥ・リメンバー アメリカン・ポピュラー・ソングの黄金時代』(関根光宏訳)として国書刊行会より刊行された。 著者ウィリアム・ジンサーは一…

映画弁士塚

浅草寺境内にある映画弁士塚。往年の名弁士の名を連ね記念とするもので、活字を通してわたしが知る名前では徳川夢声、西村楽天、山野一郎、大辻司郎、松田春翠といった人たちがいる。 建立されたのは一九五八年(昭和三十三年)十一月十八日。新東宝社長で自…

「私の少女」

韓国映画「海にかかる霧」と「私の少女」に圧倒されたことしのゴールデンウィークだった。ともに監督デビュー作というおどろきもあった。いずれも見事な作品でわざわざジャンルの枠をはめるのは贅言のそしりをまぬがれないと知ってはいても、特に後者につい…

麟祥院

麟祥院は徳川三代将軍家光の乳母春日局の菩提寺として知られる。幕府の恩恵に報いるために寺院を建立しようと思い立った局の志を知った将軍家光が本郷湯島のこの土地を寺地として贈り、その願いを叶えさせた。宗派は臨済宗妙心寺派。 局により「報恩山天沢寺…

「海にかかる霧」

四月に開館した劇場でビルの合間からゴジラが覗いているのが話題のTOHOシネマズ新宿へ行ってきた。建物の上からニョキッと出たゴジラの頭はほぼ原寸大のレプリカだとか。 ゴールデンウィークの一日、館外では多くの人が足を止めてゴジラにカメラを向け、館内…

歌のひととき(春の銚子で 其ノ十四)

酒宴はYさんの家で持ちこみでやりましょうと決めてあったので東京からの組は買ってきたお酒やウィスキーをテーブルにならべたけれど、Y家自家製のワインとどぶろくがおいしくてなかなかそこまで行き着けない。野菜につけて食べる味噌がこれまた自家製でなん…

はんぺん(春の銚子で 其ノ十三)

スケトウダラなど魚肉のすりみにすりおろしたヤマノイモを混ぜてさらにすり、調味して薄く四角形または半月型にしてゆでた魚肉練り製品をはんぺんという。ヤマノイモが使われていたなんてこの稿を書くために調べてみてはじめて知った。 はんぺんをはじめて食…