2015-01-01から1年間の記事一覧

『世界国盡』(モロッコの旅 其ノ二十六)

福沢諭吉『世界国盡』は一八六九年(明治二年)に刊行された世界地理の入門書で、その趣旨について「専ら児童婦女子の輩をして世界の形勢を解せしめ、其知識の端緒を開き、以て天下幸福の基を立んとするの微意」にあったと述べている。 福沢は本文を七五調で…

燃え尽き症候群

破天荒なアクション、悶絶のミッション。快調のシリーズ最新作「ミッション:インポッシブル/ ロング・ネイション」でマンガスパイ物語を堪能した。007シリーズがちょいとシリアス度を高めている傾向にあるので、こちらはマンガ度を高めるほうに舵を切るの…

ショルダーバッグ(モロッコの旅 其ノ二十五)

ヴェネツィアで晩酌用にグラスを買ったように、フェズでも日用に使う皮革製品で、記念になるものを、少し値が張っても一点買っておいてもよいかなあとショルダーバッグのコーナーを眺めていたところ、さっそく男の店員がやってきてあれこれ勧めてくれた。 パ…

七十年目の敗戦の日に 7 朝鮮人従軍慰安婦問題

いま日韓のあいだの歴史と外交をめぐる問題のひとつに朝鮮人従軍慰安婦問題がある。政治的な文脈としては一九九三年八月四日に宮沢内閣の河野洋平内閣官房長官が発表した談話が基点となる。 一般に河野談話として知られるその内容は、慰安婦の存在を認め、慰…

バブーシュ(モロッコの旅 其ノ二十四)

皮革製品の工場兼販売所でバブーシュという履物が有名と聞いた。モロッコに昔からある、かかとを潰したタイプの履物で、一見してラフな感覚がよい。当方、ちょいとご近所に出るときはビーチサンダルをもっぱら使っているけれど、帰国したらさっそくこれを加…

日本が南アに勝った!

目が覚めていつもとおなじようにスマホでニュースを見ると、18日にイングランドで開幕したラグビーワールドカップで昨19日日本が南アに勝ったとあった!号外を出すに価する出来事だ。深夜のライブ中継は苦手なので朝イチで見るようにしていて、贅沢言っては…

モロッコ皮(モロッコの旅 其ノ二十三)

「製革の一種。山羊皮を原料とし、植物性のタンニン剤で鞣(なめ)し、染色後表面に細かい『しぼ』を出した薄い革である。製本用または家具上張用とする装飾革である。もとモロッコから欧州に輸入したのでこの名がある」(三省堂百科辞書編集部編『婦人家庭…

七十年目の敗戦の日に 6 二二六事件

笠井潔、白井聡『日本劣化論』は、NHKが二二六事件を扱った歴史番組に出演した御厨貴、加藤陽子、筒井清忠の三人が、蹶起将校に対する正面切った批判をしなかったことを紹介したうえで、近年の議論の傾向として将校たちの心情はともかく、結果として軍部独裁…

ブー・ジュルード門(モロッコの旅 其ノ二十二)

フェズの旧市街(メディナ)に入る前のレストランで中国の女性と話をした。十月一日の国慶節をはさむ時期だったからこの連休期間に海外旅行をたのしむ人は多い。往路の機内でニコール・キッドマン主演「グレース・オブ・モナコ」を日本語字幕がなく中国語字…

七十年目の敗戦の日に 5 愚行の象徴

西園寺公望はおなじ公家の出自という親近感もあり近衛文麿に期待していたが、その近衛は軍の政治介入や国家総動員体制が進むなか、元老西園寺は議会主義の牙城であり「国是の発展の上からいうとやっぱり邪魔になるように思う」と語っている。くわえて英米と…

迷路の街(モロッコの旅 其ノ二十一)

フェズは七八九年ベルベル人ムーレイ・イドリス一世により建設された都市で、八0八年イドリス一世の息子イドリス二世はここをイドリス朝の首都とした。モロッコでいちばん古い都市で、旧市街(メディナ)は世界一複雑な迷路の街といわれている。狭い路地には…

七十年目の敗戦の日に 4 テロリズム

大久保利通、大隈重信、原敬、浜口雄幸、犬養毅……テロにより死去もしくは被害に遭った政治家である。政治目的を達するための殺人や暴力があってならないのは当然で、上の人たちはテロの犠牲者として位置づけられなければならない。現代の無差別テロといっし…

ムーレイ・イスマイル廟の日時計(モロッコの旅 其ノ二十)

日時計は紀元前三千年に古代エジプトで使われていたそうだが、起源は古代バビロニアにさかのぼるという。古代ギリシアと古代ローマで改良がくわえられて完成の域に達し、そのあとアラビアに伝わった。 写真はムーレイ・イスマイル廟の中庭にあった日時計で、…

上田昭夫氏の訃報

シネマヴェーラ渋谷で「アイアン・ホース」と「オーケストラの少女」を観た。前者はジョン・フォードが最も好きな作品だったそうで、一八六0年代におけるアメリカ横断鉄道敷設の困難を描いたサイレント映画。名のみ知る作品の初見で、迫力ある映像と詩情を…

ゼッリージュ(モロッコの旅 其ノ十九)

モザイクは「ガラス、タイル、大理石、木などの小片を組み合わせ、はめこんで模様や絵画を表したもの」(新明解国語辞典)とあるようにさまざまな素材が用いられる。ほかに貝殻を使ったモザイクもある。建築物の床や壁面、あるいは工芸品の装飾のために施さ…

七十年目の敗戦の日に 3 二つの国

一九三九年(昭和十四年)八月三十日陸軍大将阿部信行を首班とする内閣が成立したが、政権運営のむつかしさからはやくも翌年一月十六日に総辞職し、短命の内閣となった。 首相を辞した阿部は原田熊雄に「今日のやうに、まるで二つの国ー陸軍といふ国ーと、そ…

モザイク(モロッコの旅 其ノ十八)

古代ローマ時代にもモザイクで飾られた床はあった。またキリスト教美術におけるモザイク装飾は東ローマ帝国で花開き、コンスタンチノープルをはじめ各地の聖堂をモザイクが飾った。トルコを旅したときは素敵なモザイクの壁や床に惹かれたものだった。イタリ…

七十年目の敗戦の日に 2 愚行

とりあえず「先の大戦」と書いたあの戦争を、わたしは無知、無能な軍部政権による愚行だったと考えている。時代の空気として国際協調精神の蒸発と、牧野伸顕が支えとした「常識」の喪失があり、満洲事変はそれらを顕現させた。 「鬼畜米英」「必勝の信念」「…

メクネスにて(モロッコの旅 其ノ十七)

カサブランカからラバトへ、そこからフェズへ行くとちゅうメクネスへ寄った。ラバトから東に130キロ、フェズから西に60キロのところに位置する古都で、世界遺産に登録されている。ただし滞在は一時間足らずで、まさしく中国語で言う「走馬看花」状態だった。…

七十年目の敗戦の日に  1 戦争の呼称と満洲事変

きょう二0一五年八月十五日は敗戦の日から七十年の節目の日にあたる。よい機会だから先の大戦についての自分の考えを整理しておきたいとおもった。もとより近現代史の研究者でもなければ、専門的な著作や史資料に持続的に接してきた者でもない。だから以下…

ムハンマド五世霊廟の衛兵(モロッコの旅 其ノ十六)

ムハンマド五世の霊廟の門と建物入り口には衛兵が立つ。観光地の衛兵だからであろう、気さくにポーズもとってくれるし、ともに写真にも入ってくれる。聞くところによるとモロッコで衛兵といっしょに写真撮影ができるのはここだけらしい。 この衛兵が守る霊廟…

「ボヴァリー夫人とパン屋」

フランス西部のノルマンディー地方でマルタン(ファブリス・ルキーニ)はパン屋を営んでいる。中年になり脱サラして帰郷し父の経営する家業を継いだ。 ある日、自宅の向かいにジェマ(ジェマ・アータートン)とチャーリー(ジェイソン・フレミング)のボヴァ…

ムハンマド五世の霊廟のなかで(モロッコの旅 其ノ十五)

ムハンマド五世の霊廟は美しい内部に入れてくれて、そのうえ同国王と後継のハッサン二世の棺を写真に収めてもよいというのだから、ずいぶんと開かれた霊廟と言ってよいだろう。 ここで少し勉強をします。 ムハンマド五世が即位したのはモロッコが独立を果た…

ときには説を曲げて・・・

ちかごろいちばん愉快だったニュースは六月四日の衆議院憲法審査会で参考人として出席した長谷部恭男早稲田大学教授と、小林節慶應義塾大学名誉教授が安倍政権の成立をめざす安全保障関連法案を違憲としたことで、とくに長谷部教授は自民党が推薦した方だっ…

ムハンマド五世の霊廟(モロッコの旅 其ノ十四)

モロッコの伝統的建築技術、彫刻、ステンドグラス等々が美しく調和したムハンマド五世の霊廟。外観、内装ともに見応えがある。独立を勝ち取ったムハンマド五世は実質的には建国の父といってよいのだろう。没したのは一九六一年、そしてこの廟が完成したのは…

都心での森林浴 

クリストファー・ランドン『日時計』(丸谷才一訳)を再読した。去年末、創元推理文庫復刊フェアのなかにあるのを知り、買っておいたもので、むかし訳者の名前に惹かれて読み、はや三十年以上が経つ。内容はすっかり忘れていたが、読み進むうちに思い出され…

一九三九年のハッサンの塔(モロッコの旅 其ノ十三)

ムハンマド五世の霊廟とハッサンの塔はおなじ敷地にあり、市街が一望できる。 ハッサンの塔はモロッコの盛時を偲ばせるモニュメントであり、観光名所となっているが、フランスの植民地時代にはずいぶん荒れたところだったらしく、一九三九年にここを訪れた山…

『ナチを欺いた死体』

一九四三年七月十日連合軍はシチリア南方約百五十キロメートルの範囲から二十六の地点を選んで上陸を開始した。シチリア攻防の結果は第二次大戦全体の行方を左右するものだった。連合軍としては地中海における戦いの趨勢を決定的なものとすることにより、ヨ…

ラバト(モロッコの旅 其ノ十二)

カサブランカをあとにして首都ラバトに向かった。活気のある商業都市カサブランカに対してここは落ち着いたたたずまいのある都市だ。現国王ムハンマド六世とその家族が住む王宮、ムハンマド五世の霊廟、ハッサンの塔と並べてみると京都や奈良を思わせる古都…

「雪の轍」

チラシに「チェーホフ×シェイクスピア×シューベルト/人間の心を描く深遠なる物語」とあった。ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督はトルコ映画界の巨匠と紹介されていて、これが日本での劇場初公開作品だそうだ。 チェーホフ、シェイクスピア、シューベルトいずれ…