大西洋を望む(モロッコの旅 其ノ十)

岩波新書に『モロッコ』という本がある。著者は山田吉彦。こちらは本名だが、ペンネームのきだみのるのほうがより知られているかもしれない。代表作に『気違い部落周遊紀行』があり、またファーブル『昆虫記』の訳者として知られる。
山田吉彦がモロッコを旅したのは一九三九年(昭和十四年)の春から夏にかけてだった。フランスの植民地で三色旗が翻っていたといった記述があるから話は古いのだが、その時代の姿や日本とモロッコの関係がうかがえる。
当時カサブランカへ入港する日本の貿易船の主たる積荷は繊維製品で、これらの製品はモロッコの衣服市場をほとんど独占していた。積んで帰るのは燐鉱石で、これが肥料となってわが国の米や野菜を育てた。また甘みの強いナツメヤシの果実が日本の美食家をよろこばせたそうだ。