「海にかかる霧」

四月に開館した劇場でビルの合間からゴジラが覗いているのが話題のTOHOシネマズ新宿へ行ってきた。建物の上からニョキッと出たゴジラの頭はほぼ原寸大のレプリカだとか。

ゴールデンウィークの一日、館外では多くの人が足を止めてゴジラにカメラを向け、館内は人いきれのする人出で、コマ劇場跡地に建ったホテルとシネコンの入ったビルは歌舞伎町のイメージアップに寄与しているようだ。
館内のスクリーンは十二あり、いちばん座席数の多いところが四百九十九、最少は八十六で、「海にかかる霧」は最少座席数スクリーン1での上映だった。
この韓国映画は何を言ってもネタバレになってしまいそうでまことに言及しづらいのだが、漁船を襲う怒涛とそこで繰り広げられるドラマの重量感と緊張感はただものではなく、観終えたときには相当の疲労感を覚えていたほどで、これを採りあげないわけにはゆかない。

不況にあえぐ韓国の漁村。漁船チョンジン号の船長チョルジュは船の修理代も出せないほど行き詰ってしまい、やむなく中国在住の朝鮮族の密航者を乗船させるという違法仕事を請け負う。ところが沖合で密航船と合流し、密航者たちを乗り換えさせて運んでいたところ海上警察の捜査に対応しているうちにとんでもない事態が起こってしまう。
それまで和気藹々の関係にあった船長と乗組員だったが、これを機に険悪となり、地獄図、修羅場と化す。亀裂が入り極限状態となった船内は、驚き、とまどい、判断力の欠如、なかったことにしようとする狂気の行動、罪の意識に苛まれた放心、自暴自棄とコントロールの効かない欲望などの交錯する場となる。トマス・ホッブズの言う「自然状態」である。惨劇の果てのラストは海にかかる霧のなかでの出来事から数年経った後日談で、ここのところでも観る者の心を不穏にする。
監督はシム・ソンボ。名作「殺人の追憶」を監督のボン・ジュノとともに手がけた脚本家の監督デビュー作で、二00一年に韓国で実際に起こった「テチャン号事件」を題材にした舞台劇「海霧(ヘム)」を基にしたスクリーン上の出来事は日本軍の南京虐殺ナチスドイツの蛮行に通じる普遍性を持っている。
(五月四日TOHOシネマズ新宿)