「チャイルド44 森に消えた子供たち」

冒頭、ウクライナの孤児院を脱走した少年が軍人に拾われ、このときレオと名付けられた少年はのちに第二次大戦でベルリンが陥落した際、さいしょにソ連の国旗を掲げた兵士として大きく報道される。
そして一九五三年。
スターリン体制下のソ連で、子どもを狙った連続猟奇殺人事件が起こる。死体の発見場所は山間の線路沿いに限定されており、犠牲となったのは九歳から十四歳までの子供たちでいずれも裸で胃が摘出されていた。
レオ(トム・ハーディ)は秘密警察(MGBのちのKGB)の捜査官となっていて、親友の息子が犠牲となったことから事件の真相解明に乗り出す。ところが上層部は、理想的な国家に猟奇殺人はあり得ないとして事故扱いとし、闇に葬ろうとする。さらにこれを機に妻ライーサ(ノオミ・ラパス)にスパイ容疑がかけられ、夫婦ともに降格処分を受け左遷されてしまう。
新しい赴任地でもレオは捜査を続けた。ここで冒頭にあったレオの出自のエピソードが活きて、現在のかれの心情と結びつく。田舎の警察署長(ゲイリー・オールドマン)は冷徹な社会主義国家の官僚制とは無縁の偏屈な人物で、レオを支えた。秘密警察の捜査員との結婚話に否応なく承知したライーサだったがしだいにレオに理解を示すようになる。

スターリニズムという全体主義のもとでの犯罪捜査を興味深く描いて世界的なベストセラーとなり日本でも評判となったトム・ロブ・スミスチャイルド44』の映画化。スリリングな捜査、追い詰められたレオとライーサの真相究明とサバイバルを賭けたアクションなど見どころは多い。ただ事件の謎解き、共産主義国家の内実、秘密警察内部の確執、レオとライーサの夫婦関係の行方などが並列されたままで、焦点化を避けた嫌いがあり、製作のリドリー・スコット、監督のダニエル・エスピノーサのあれもこれも取り込もうとした意欲がやや空回りした感がある。
それとスターリニズムに覆われた冷戦下のソ連社会を表現する映像の基調が淀んだ空気の漂う陰鬱なものとなるのはわかるし、その狙いはスクリーンから窺われるが、せっかくプラハ近郊でロケされた映像が暗さの強調にはまりすぎて、魅力的な暗さにまで至っていないのが惜しまれる。
ラストでは秘密警察への怯えから結婚したライーサとそうした事情はまったく感知していなかった朴念仁のレオの夫婦にほのかな灯りがともる。
「人間と社会の暗い部分を見とどけながら深刻ぶらず、酸いも甘いも知り尽くした上で、話を敢て陽気に締めくくる工夫が、語りものの芸の極意」(谷沢永一『紙つぶて』)なのだ。
(七月五日TOHOシネマズみゆき座)

附記
「マッドマックス 怒りのデス・ロード」(あんまり面白いので二度観ちゃった)は近未来の、「チャイルド44」はスターリン体制下のソ連という、ともにディストピアでの物語で、双方に出演のトム・ハーディはこうした反ユートピアの世界にお似合いだ。