2014-01-01から1年間の記事一覧

「ミリオンダラー・アーム」

私的な経験ではアメリカ発の野球映画にハズレはない。だからクレイグ・ギレスピー監督「ミリオンダラー・アーム」についても安心はしていたものの、これほどの涙と笑いと知的な刺激と感動が待っていたとは思っていなかった。インドふうの音楽にのせられなが…

ヒエラポリスからの眺め(土耳古の旅 其ノ十九)

パムッカレの石灰段丘の一番上にはヒエラポリスの遺跡があり、小高い丘の下には広大な農村地帯が広がっている。遠望すると石灰段丘の白と田畑の緑があざやかなコントラストをなしていてたいへん気持のよいところだった。 ヒエラポリスはローマ帝国の温泉保養…

『カクテル・ウェイトレス』

一九七七年に八十五歳で亡くなったジェームズ・M・ケインの未刊の遺作『カクテル・ウェイトレス』(新潮文庫、田口俊樹訳)が刊行された。原書はチャールズ・アルダイ(リチャード・エイリアス名義でハードボイルド小説『愛しき女は死せり』がある)による丁…

「ジャージー・ボーイズ」

「恋の片道切符」「君はわが運命」「ルイジアナ・ママ」「電話でキッス」「悲しき街角」「シェリー」などなどいずれも十代のはじめに聴いていまもしっかり記憶にあるアメリカン・ボップスで、ずっと聴き続けてきたとはいえないけれど、これらを歌ったアメリ…

震災の日の本と映画

八月十五日。恒例により閣僚の靖国神社参拝が報道されていた。賛否両論を読んでも年中行事の風景を見ているような気分がする。それらに較べ、きょう読み返した評論家の呉智英氏のコラム「あーあ、保守よ情けない」(『健全なる精神』双葉文庫所収)は小太刀…

パムッカレ(土耳古の旅 其ノ十八)

エフェソスからパムッカレへはバスでおよそ三時間、距離にしておよそ百八十五kmほどある。 ここは「ヒエラポリス-パムッカレ」という複合地域として世界遺産に登録されている。ヒエラポリスは紀元前二世紀後半に古代王国ペルガモンの王エウメネス二世によっ…

下城の太鼓

江戸城本丸と西ノ丸には御太鼓櫓が設けられており、ここで時の太鼓を打っていた。太鼓の直径およそ三尺、打ち棒の長さおよそ二尺、棒先は赤子のあたまほどもあったからずいぶんと大きく重く、これを御太鼓坊主が振り上げて時を告げた。 門は朝六つ(六時)の…

トイレの遺跡(土耳古の旅 其ノ十七)

おなじツアーに参加した若い人から、はじめての海外旅行について問われたので「一九七六年の三月に北京、天津、上海を旅したのが初体験でした」と答えたのはよかったが「その年の一月に周恩来が、九月に毛沢東が亡くなったから、ぼくが行ったときはまだ毛沢…

限りある人生に限りなく好きなことをして果てた二人の名優〜芥川比呂志と中村伸郎

昭和十年度キネマ旬報ベスト・テンの第一位はジュリアン・デュヴィヴィエ監督の若き日の傑作「商船テナシチー」が獲得している。原作のシャルル・ヴィルドラックの同名戯曲は一九二0年にフランスで初演され、のちに近代劇の古典と称されるようになった。 有…

図書館のなかで(土耳古の旅 其ノ十六)

本が好きだから西洋古代の図書館として名高いエフェソスの図書館のなかに立てたのはうれしかった。 『眺めのいい部屋』や『ハワーズエンド』の作家E・M・フォースターに『アレクサンドリア 歴史と案内』(1922年)という著作があり、そこにプトレマイオス朝…

「アメリカン・スウィートハート」

キャサリン・ゼタ=ジョーンズを追っかけてDVDを探しているうちに「アメリカン・スウィートハート」に出会った。彼女のファンからすれば何をいまさらと言われそうだけれど不覚にもこれまで知らなかった。 「マレフィセント」のプロデューサーであるジョー・ロ…

エフェソスの図書館(土耳古の旅 其ノ十五)

エフェソスの遺跡は多く紀元前二世紀以後にローマによって建てられたもので図書館はその代表とされている。建設が始まったのは百十年代で百三十五年に完成した。この地方の総督をつとめたセルシウスの功績を称えてセルシウス図書館の名で呼ばれている。当時…

「イントゥ・ザ・ストーム」

スティーブン・クォーレ監督「イントゥ・ザ・ストーム」。時さえ忘れた八十九分だった。 こういう映画を観ると作品評価の究極は時間を忘れさせる度合にあると実感する。先日ある映画で何度か腕時計を目にしたものだから余計にそう思う。 ついでながら時さえ…

エフェソス(土耳古の旅 其ノ十四)

エフェソスについての系統的な知識はもたないから、とりあえずはこの地についての断片的な知識を寄せ集めてみる。史実かどうかは専門家におまかせするほかない。 まずここはイエスの母マリアが使徒ヨハネとともに余生を送ったと伝えられるところだ。比較的早…

「異端」の言論活動〜末弘厳太郎(関東大震災の文学誌 其ノ十八)

関東大震災をめぐる言論のなかで宮武外骨は在野において異彩を放ったが、その対極にある東京帝国大学法学部という「体制エリートの製造販売所」(高島俊男『寝言も本のはなし』)にも末弘厳太郎という異端の言論人がいた。 末弘の著『嘘の効用』(川島武宜編…

柳田格之進と武家のモラル

古今亭志ん朝『世の中ついでに生きてたい』(河出文庫)を読んだ。なかに志ん朝師匠と池田弥三郎先生との対談が収められていて、池田先生が志ん朝さんに「火事息子」で「いま通ったのだれだい」「酒屋のお父さんだよ」と言っていたと指摘すると師匠が「お恥…

エーゲ海の島(土耳古の旅 其ノ十三)

夕刻、エーゲ海とはすぐ近くのアイヴァリクのホテルに着いてすぐに海に出ると島が見えていて家や街のあかりがちらりほらりと灯りはじめていた。昨年イーストリバーをはさんで見たマンハッタンの夜景の美しさは格別だったが、この島の夜景もたいへんによい。…

『わが恋せし女優たち』余話

逢坂剛・川本三郎『わが恋せし女優たち』(七つ森書館)はたのしい本だった。本文を読み、写真を眺めているうちに華やいだ雰囲気に包まれ、心がときめき、甘酸っぱい思い出がよみがえった。 ミレーヌ・ドモンジョといえば一九五0年代後半に「悲しみよこんにち…

エーゲ海(土耳古の旅 其ノ十二)

エーゲ海の周辺は、古くはトロイ、ミケーネ、ミノスの文明を生み、さらにアテネやスパルタといった都市国家により形成されたギリシャ文明が栄え、時代が下がるとペルシャ、ローマ帝国、ビザンチン帝国、ヴェネツィア、オスマン帝国がこの地域に国家を形成し…

『わが恋せし女優たち』

逢坂剛・川本三郎のお二人はこれまでにも西部劇やミステリー映画についての対談本を出していて、その薀蓄と知見に舌を巻いたものだったが、こんどの『わが恋せし女優たち』(七つ森書館)には該博な知識に裏付けられた「恋せし」女優をめぐる話が満載されてお…

エーゲ海の夕陽(土耳古の旅 其ノ十一)

トロイ遺跡をあとにしてホテルのあるアイヴァリクへ向かった。旅行社からもらった旅程表には170km、およそ三時間とある。 トルコの旅は移動距離が長い。昨年の北イタリアもけっこうタイトな旅程だったがトルコと比較すると都市間の距離は短く、出発時間は午…

「ぼくを探しに」

「ベルヴィル・ランデブー」や「イリュージョニスト」などで知られるフランスのアニメーション作家シルバン・ショメがはじめて実写の長篇ドラマを撮った。 その「ぼくを探しに」で、幼いころ目の前で両親を失くした衝撃と深傷から言葉を口にすることができな…

カッサンドラ(土耳古の旅 其ノ十)

おなじテーマの映画でも「トロイのヘレン」と違って「トロイ」には予知能力を持つトロイの姫カッサンドラは登場しない。彼女は王子パリスがスパルタの妃ヘレンを連れて帰って来たときには戦闘につながると、また木馬を町に運び込もうとしたときは破滅につな…

カエサルと寅彦

小学生のとき理科の実験ノートとか気候と植物の成長との関連を記録したノートを提出したのを覚えている。知らずしらずのうちにいくぶんかは観察の訓練になったと思いたい。 自然と人事を問わず観察の重要は言うまでもなく、今日の空模様を見て明日の農作業の…

遺跡の復元(土耳古の旅 其ノ九)

写真はトロイ遺跡の一角。映画をめぐるエッセイ『人びとのかたち』で塩野七生さんは「私が知りたいのは遺跡ではない。遺跡ならば自分の眼で見ることができる。知りたいのは、遺跡が復元された状態なのだ。映画作品にも考証がゆきとどいているものがあるから…

あさきゆめみじ

明治の小学唱歌「浦島太郎」は「むかしむかし浦島は助けた亀に連れられて」ではじまり、四番の歌詞のところで土産にもらった玉手箱を持ってふるさとへ帰り、そうして「帰って見れば、こは如何に、元居た家も村も無く、路に行きあう人々は、顔も知らない者ば…

「トロイのヘレン」(土耳古の旅 其ノ八)

トロイとスパルタの戦闘を描いた「トロイのヘレン」(1956年)でヘレンを演じたのは二0一三年に七十九歳で亡くなったロッサナ・ポデスタで、その美しさは五十年代の若者の胸を焦がしたという。わたしが彼女を知ったのは「ルパン三世」に影響を与えたといわ…

和田誠映画祭

「アナと雪の女王」を観た。字幕版か吹替版かで迷ったが松たか子と神田沙也加の評判に惹かれて吹替版にした。 冒頭エルサとアナの姉妹が遊んでいて、エルサの魔法が誤ってアナの頭に当たり傷つけてしまう。両親が急いで森のトロールに会いに行くと、トロール…

トロイの木馬(土耳古の旅 其ノ七)

小アジア西岸の豊かな都市トロイは十年にわたりアガメムノンやアキレスが率いるギリシア軍との攻防戦を展開した。ギリシア軍を追い払い守りきったと思ったそのとき、オデュッセウスの考案になる巨大な木馬をギリシア軍の置きみやげと誤解して城門に入れ、敵…

「ジゴロ・イン・ニューヨーク」

ブルックリンにある本屋の店主マレー(ウディ・アレン)は不況で店がうまくゆかず、思案投げ首のところへたまたま診察に行った皮膚科の医院で、レズビアンの美人の医師(シャロン・ストーン)から男を交えた3Pにあこがれていると打ち明けられる。そこで思い…