エーゲ海の島(土耳古の旅 其ノ十三)

夕刻、エーゲ海とはすぐ近くのアイヴァリクのホテルに着いてすぐに海に出ると島が見えていて家や街のあかりがちらりほらりと灯りはじめていた。昨年イーストリバーをはさんで見たマンハッタンの夜景の美しさは格別だったが、この島の夜景もたいへんによい。前者が現代都市の夜景美とすれば、エーゲ海の島は西洋古典古代の美しさをいまに引き継いでいる。
五百年の長いあいだエーゲ海を支配していたヴェネツィアがトルコに屈服して「多島海」を手放したのは十八世紀初頭、日本では徳川吉宗が将軍になったころのことだった。それまでエーゲ海の島々はイスラム勢力に対するキリスト教世界の最前線基地だったからいま眼にしている島もかつてはヴェネツィア支配下にあり、住民はトルコとの戦いに駆り出されていただろう。いつしかわたしの意識は眼前の美しい光景とかつての血なまぐさい話とに引き裂かれていた。