『わが恋せし女優たち』

逢坂剛川本三郎のお二人はこれまでにも西部劇やミステリー映画についての対談本を出していて、その薀蓄と知見に舌を巻いたものだったが、こんどの『わが恋せし女優たち』(七つ森書館)には該博な知識に裏付けられた「恋せし」女優をめぐる話が満載されており、たいへんに面白くためになるのはもとより、女優が主題となると多くの読者にとってよろこびと刺激は増幅されるにちがいない。

冒頭、逢坂氏が熱愛するオードリー・ロングが登場する。ついでエヴァバルトークが話題になる。わたしは双方ともに名前さえ知らず、これでは第一ラウンドのゴングが鳴ってまもなくノックアウトされたようなもので、これからは「趣味は映画」なんて広言できないのではとため息をついた。
オードリー・ロングは戦後、日本ではじめて公開された西部劇として知られるジョン・ウェイン主演「拳銃の町」で助演女優だった人。主演女優はエラ・レインズだが、逢坂、川本両氏ともに助演のオードリー・ロングを高く評価している。いっぽうのエヴァバルトークは「真紅の盗賊」と「ダイヤモンド作戦」のヒロインとしてお二人が推す女優さんだ。知らないながらもさいわい「拳銃の町」と「ダイヤモンド作戦」のDVDを買ったまま未見の棚に置いてあった。これを書き終えたらさっそく観てみよう。
本書は「私だけの女優ベストスリー」「メジャーな女優を語ろう」「名場面・名女優の想い出」の三章からなる。そしてうしろには索引が付いていて、数えると二百七十六人の女優の名前がある。多数の女優がそれぞれの章を彩っているが、そこにあるのは教科書ふうの女優名鑑ではなく、逢坂、川本両氏の体験に則した女優讃歌であり、当然それぞれの趣味と尺度がぐっと表に出るから、そこが読みどころとなる。
たとえば「バーグマンは確かに綺麗だけども、あまり関心がないなあ」と逢坂氏が言えば「実は私もですよ。立派過ぎるというのか、近寄り難いというのか、なんだか実際の身長(175センチ)よりもさらに大きい感じがする」と川本氏が応え「どんなに都会的な女性を演じても、色っぽいって感じじゃない」と逢坂氏が返すというふうに。
ついでながら大女は大嫌いだと言いながらイングリッド・バーグマンだけは例外としていたのが故色川武大で、その著『映画放浪記』で「カサブランカ」の「輝くような美しさ、ヴィヴィッドで知的な表情、まっとうな人間が備えている高い品格」を讃えていた。
バーグマンについては「オリエント急行殺人事件」でアカデミー助演女優賞を受賞した際、スピーチでヴァレンティナ・コルテーゼに「ごめんなさいね」とあいさつしたという「ちょっといい話」が紹介されている。おなじ年、フランソワ・トリュフォーアメリカの夜」で、酒びたりの女優役でトチリを繰り返し、とうとう監督役のトリュフォーに「フェリーニみたいに口パクでやらせてよ!」と場面をさらったのがヴァレンティナ・コルテーゼだった。こんなふうに女優のエピソードやゴシップにも事欠かない。
気がつけば逢坂、川本両氏のバーグマン評に抗しているようでもある。そうした読み方を含めてたのしい読書のひとときだった。写真も多く収められていて、わけても逢坂氏のサイン入りブロマイドのコレクションが眼福である。