2018-01-01から1年間の記事一覧

「灼熱」(2016晩秋のバルカン 其ノ十七)

バルカンの旅から帰ると折よく渋谷のシアター・イメージフォーラムでダリボル・マタニッチ監督「灼熱」が上映されていた。旧ユーゴスラビアの内戦を背景とした映画で、二0一五年第六十八回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞している。 オム…

「民族浄化」(2016晩秋のバルカン 其ノ十六)

高木徹『ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争』(講談社文庫)は「世界中に衝撃を与え、セルビア非難に向かわせた『民族浄化』報道は、実はアメリカの凄腕PRマンの情報操作によるものだった」と訴えている。 本書で凄腕PRマンとして知られ…

セルビア空爆(2016晩秋のバルカン 其ノ十五)

NATOによるセルビア空爆は、セルビア人による民族浄化作戦により難民化したコソボのアルバニア人を帰還させることを目的に一九九九年三月二十四日から六月十一日にかけて行われた。民族浄化とは複数の民族集団が共存する地域において、ある民族集団を強制的…

セルビアのイメージ(2016晩秋のバルカン 其ノ十四)

「週刊文春」年末恒例のミステリーベストテンは日本推理作家協会員ならびに翻訳家、評論家等へのアンケートにより決定される。二0一六年の海外部門第一位にはピエール・ルメートル『傷だらけのカミーユ』が輝いた。 さっそく読み始めたところパリの宝石店を…

ベオグラード散策(2016晩秋のバルカン 其ノ十三)

一九八0年チトー大統領が歿した直後からユーゴスラビア各地では不満が噴出し、連邦を構成するいくつかの国や民族から独立の声が高まり、九十年代には内戦状態に陥った。そして連邦国家を構成していたスロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セ…

イコンと政治(2016晩秋のバルカン 其ノ十二)

ユーゴスラビアの社会主義経済の最大の特色は生産手段をソ連のように国有とせず、生産の場の権力を労働者評議会に代表される自主管理機関が掌握する自主管理体制にあった。生産物は官僚統制によらず生産者の自主管理権のもとにあった。この体制のもと市場は…

イコン(2016晩秋のバルカン 其ノ十一)

建設工事のつづく聖サヴァ教会には多くのイコンが描かれていた。イコンは画像や記号を意味するが、狭義では東方正教会で描かれる聖画をいう。東方正教会の主たる布教地は小アジア、ギリシア、ブルガリア、セルビア、ルーマニア、ロシアなどである。 偶像崇拝…

聖サヴァ教会のなか(2016晩秋のバルカン 其ノ十)

聖サヴァ教会のファサードは完成しているが内部はなお工事が続いている。建造がはじまったのは一九三五年だが、第二次大戦中はドイツ軍を中心とする枢軸軍に占領されて工事は中断した。戦後再開されたものの原資は信者の浄財で資金不足が常態となっており、…

聖サヴァ教会(2016晩秋のバルカン 其ノ九)

正教会はギリシア正教会、ロシア正教会というふうに一か国にひとつの教会組織をもつのを原則としている。国と教会組織は異なっても教義はおなじである。写真はセルビア正教会の中心聖サヴァ教会で、世界でも最大級の正教会の大聖堂だ。ちなみに日本正教会の…

「白い都」(2016晩秋のバルカン 其ノ八)

少女ヤスミンカはベオグラードの紹介を続けた。 「温暖な気候と肥沃な大地をめぐって、ここは古くからいくつもの民族が果てしない抗争、破壊、略奪を繰り返す舞台となりました。ケルト人、ローマ人に続き中世以降、舞台の主役となるのは、スラブ人、マジャー…

ベオグラード要塞(2016晩秋のバルカン 其ノ七)

米原万里が在籍したプラハのロシア語学校には五十か国以上の国の子供たちが通っていた。ここで歴史と地理を担当したアンナ・パヴロヴ先生は授業で取り上げる国の出身者がクラスにいると、その生徒が自国についてしっかり語ることができるよう指導していた。 …

『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(2016晩秋のバルカン 其ノ六)

東ヨーロッパにかんして思い浮かぶ一冊に米原万里『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』があり、もう一度読みたいと思いながらそのままだったのが今回の旅行を機にようやく再読した。 著者は大田区立馬込小学校三年生のとき、父親が日本共産党代表として参画して…

待合の探求

六月十四日。一九四0年のこの日、ドイツの侵攻によりパリは陥落した。ドイツを中心に長年ヨーロッパで報道に従事した米国人ジャーナリスト、ウィリアム・シャイラーの『ベルリン日記』には「パリは陥落した。ヒトラーの鉤十字の旗は、私があれほどまで深く…

ネレトバの戦い(2016晩秋のバルカン 其ノ五)

東欧諸国のなかでユーゴスラビアは唯一ソ連の助力なく独力でナチスからの解放を勝ち取った国だ。戦後この国がソ連の言いなりにならず、ときにスターリンとわたりあい、「社会主義非同盟中立路線」という独自の道をあゆむことができた大きな要因にナチスに独…

セルビア正教会(2016晩秋のバルカン 其ノ四)

ことし(二0一六年)の五月にモスクワとサンクトペテルブルグを旅してロシア正教の寺院をはじめいくつかの宗教施設を見学した。ソ連崩壊の賜物で、いまなお社会主義国家が健在ならばこうはまいらなかっただろう。 ソ連は革命遂行の名のもと聖職者、信者に対…

「花の家」からの帰り道で(2016晩秋のバルカン 其ノ三)

「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家」。 多民族、多言語、多宗教のモザイク国家の旧ユーゴスラビアを示す言葉である。 スロベニア、セルビア、モンテネグロ、マケドニア、クロアチア、ボスニア・ヘル…

「カメラを止めるな!」

金がないなら知恵を出せ、などと野暮をいう高慢横柄は困ったものだが、金がないのでよい映画が撮れないなどと口にする人はもっといやだ。 「カメラを止めるな!」はそんな議論を軽やかに吹き飛ばす超低予算のオモシロ映画、創意工夫と爽やかで熱い心意気がい…

花の家(2016晩秋のバルカン 其ノ二)

旧ユーゴスラビアの「建国の父」チトー大統領(1892-1980)は同国の首都だったベオグラードに眠る。写真は墓所のある記念館で「花の家」と呼ばれている。敷地はもとチトーの居宅で、館の名は彼が花や植物が好きでガラス天井の温室を作り、観葉植物を栽培して…

ベオグラード(2016晩秋のバルカン 其ノ一)

(二0一六年)十一月十七日から二十六日にかけてクロアチア、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロを周遊した。いずれもユーゴスラビア社会主義連邦共和国に属していたところで、いまはそれぞれ独立国家となっている。十日間で五…

「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス」

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブはアメリカのギタリスト、ライ・クーダーがキューバの、国外ではほとんど知られることのなかったベテラン・ミュージシャンとセッションしたのを機に結成されたビッグバンドだ。 これが一九九六年、翌年リリースされたアルバ…

シルクロードを走る〜ウズベキスタン旅日記(其ノ三)

サマルカンドからタシケントへ戻る日の朝、十分あまりジョギングをしたところに美しい公園があり、奥には母親像とおぼしき銅像と灯明があった。スマートフォーンを提げて走る習慣はなく、この日も持っていなかったが、ここは写真を撮っておきたいとホテルへ…

シルクロードを走る〜ウズベキスタン旅日記(其ノ二)

サマルカンドにあるシャーヒ・ズィンダ廟群は儀式用の建築物と霊廟から成っていて、十一世紀から十九世紀にかけて建てられた二十余りの建造物の集合体はイスラム建築群の精華として威容を誇っている。 ウズベキスタンの国民の多くはイスラム教スンニ派で、旧…

シルクロードを走る〜ウズベキスタン旅日記(其ノ一)

六月十二日。ウズベキスタンへの旅に出かけた。家族からは「スタン」のつく国へ行っていいの、などとからかわれながらの旅は成田からインチョン空港を経てタシケント空港へと向かった。 ウズベキスタンは中央アジアに位置する旧ソビエト連邦の共和国で、北と…

待っている、クロアチア初優勝!

2018FIFAワールドカップ(W杯)ロシア大会は三位ベルギー、四位イングランドが決まり、今夜のクロアチアVSフランスの決勝をのこすのみとなった。クロアチアがイングランドとの激闘を制し、決勝に進出したのを機に祝意と初優勝を祈願してクロアチアサッカーの…

「ワンダー 君は太陽」

トリーチャーコリンズ症候群は極端に垂れ下がった目、下顎短小症、伝音難聴、頬骨の不形成、下眼瞼側面下垂、耳の奇形化または不形成等として現れる、平均して新生児の一万人に一人の割合で見られ、そのほとんどは遺伝子の突然変異による、といったことをわ…

ブランデンブルグ門

一七三四年プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム一世はベルリンの街の要塞廃止を命じ、代わって市街地全体を取り囲むように十四か所の関税門を設けた。ベルリンのシンボル的存在であるブランデンブルグ門もそのひとつだった。 門の上には四頭の馬が戦闘馬…

『第三帝国の興亡』を読む

ウィリアム・シャイラー『第三帝国の興亡』(松浦怜訳、東京創元社)全五巻のうち一九三九年八月三十一日のところまでを読んだ。ここが本書の中間点にあたる。そして翌日ドイツはポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が始まった。 この本はそれから二十年のち…

「空飛ぶタイヤ」

走行中の運送会社のトラックから突然タイヤが外れて、歩道を幼子といっしょにあるいていた主婦に当たり、死亡させてしまう。車輛を製造したホープ自動車の調査で事故を起こしたトラックは整備不良とされ、運送会社は激しい非難にさらされるとともに倒産の危…

『脇役本』

濱田研吾『脇役本』(ちくま文庫)は映画、テレビで知る懐かしいバイプレーヤーたちの本やエピソードを満載したエッセイ集だ。とりあげられているのは山形勲から吉田義夫までおよそ八十人のシブい役者たち。わたしには多くが写真を見なくても目次だけで顔が…

『15時17分、パリ行き』

クリント・イーストウッド監督の新作「15時17分、パリ行き」をめずらしく同名の原作本を読んだあとで鑑賞した。 原作は、二0一五年八月二十一日、十五時十七分にアムステルダム駅を出発し、パリに向かっていた列車内で、武装したイスラム過激派の男が企てた…