イコンと政治(2016晩秋のバルカン 其ノ十二)


ユーゴスラビア社会主義経済の最大の特色は生産手段をソ連のように国有とせず、生産の場の権力を労働者評議会に代表される自主管理機関が掌握する自主管理体制にあった。生産物は官僚統制によらず生産者の自主管理権のもとにあった。この体制のもと市場は存在したが、完全な市場経済ではなかった。その功罪はともかく、ベルリンの壁の崩壊、東欧諸国の民主化のなかで自主管理社会主義は放棄され急速な資本主義化に方向転換した。自主管理という集団所有が私有財産に移行する過程で争奪戦は避けられず、これに民族と宗教の対立が重なった。
岩田昌征『ユーゴスラビア 衝突する歴史と抗争する文明』はこのとき「中世の紋章、王家の象徴、民族英雄の銅像、偉大な将帥の画像、民族聖人のイコンなどが多民族に与える心理的衝撃など一切かまうことなく、それぞれの民族社会に華々しく復活」したという。