2018-01-01から1年間の記事一覧

「芸者ワルツ」

「四谷赤坂麹町チョロチョロ流れるお茶の水、粋な姉ちゃん立ち小便」はフーテンの寅さんの啖呵売として知られるが、明治末期から大正期にかけての公衆便所は男女ではなく大小の別でつくられていて、女性もときに朝顔便器に背を向けておしっこをしていて、こ…

「ファントム・スレッド」

優れた映画は多義的な解読を積極的に受け入れる。「仁義なき戦い」がアクション映画としても喜劇映画としても優れていたように。そして「ファントム・スレッド」はサスペンス映画としても、(奇妙な)愛の映画としてもまことに充実したものだった。公開、即…

「勝者は、真実を語っていたかどうかをあとで問われることはない」

四月十一日の国会審議で希望の党の代表玉木雄一郎氏は質疑中に首相秘書官が「違うよ」などの不規則発言を行ったとして「秘書官がやじを飛ばすな」とたしなめた。このあと記者団に「犬は飼い主に似るという言葉がある。首相の傲慢な姿勢が隅々まで行き届いて…

プラハ城のバルコニー

プラハは中学生のときから気がかりな都市だった。 中学三年生のとき東京オリンピックの女子体操金メダリスト、チェコスロバキア代表チャスラフスカ選手に心ときめいた。高校二年生のとき「プラハの春」をソ連が弾圧し、あろうことか改革を支持したチャスラフ…

「サバービコン 仮面を被った街」

一九五0年代、アメリカンドリームを絵に描いたような街サバービコンに暮らすロッジ家に、ある日強盗が押し入り、これをきっかけに一家の生活は大きく変わる。ときをおなじくしてこれまで皆無だった黒人の家族が引っ越してきて、かれらを追放しようとする機…

「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」

一九九一年全米フィギュアスケート選手権でトーニャ・ハーディングはアメリカ人としてはじめてトリプルアクセルを成功させた。翌年のアルベールビル五輪では四位に終わったが、選手生活としては順風満帆だった。 それが暗転したのが九四年のリレハンメル五輪…

「タクシー運転手 約束は海を越えて」

一九八0年五月十七日、クーデターで実権を掌握した全斗煥はただちに金大中ら野党指導者を逮捕、これにたいし韓国全羅南道の光州市で学生の抗議デモが起こり、さらに戒厳軍による弾圧の激しさに怒った市民がくわわり、デモは二十万人に及んだ。弾圧により多…

クリムト

『パンツをはいたサル』という本を読んだことがある。とくにパンツとサルに関心が深かったというのではないがおもしろそうな書名なので手にした。一九八一年の刊行だから、わたしが読んだのもおそらくそのころだった。著者は栗本慎一郎、当時「ニュー・アカ…

三度目のソウル

むかし島原に物忘れをよくする遊女がいて一夜を過ぎると前夜のお客の顔さえすっかり忘れてしまう。ところが、あんなに忘れっぽくてもどこか誠がありそうだから、あなただけは忘れないと言ってもらえる男はいるだろう、我こそその男になってみたいとみんなが…

「清明時節雨紛紛」

「十八歳の頃、僕は十九世紀ヨーロッパの古典を読んでいました。主にトルストイ、ドストエフスキー、チェーホフ、バルザック、フロベール、ディケンズです。彼らは僕のヒーローでした」。村上春樹が「書くことは、ちょうど、目覚めながら夢見るようなもの」…

トポグラフィー・オブ・テラー博物館で

ゲシュタポ本部の遺構のまえに建つのがトポグラフィー・オブ・テラー博物館だ。テロの地勢図の博物館にはナチの恐怖政治の爪痕を示す写真やパネルが掲示され、その横にドイツ語と英語の解説文が添えられている。三枚の写真は同館で撮ったもので、これだけで…

お花見の午後

いささか遅れながらの記事となるが三月の終りの一日、江戸川公園へお花見に行くのにあわせて伝通院や播磨坂の桜もたのしもうと欲張って歩いた。昼食のあと根津の自宅から弥生坂、春日を通って伝通院へ、そのとちゅう善光寺坂というなつかしいたたずまいの坂…

ゲシュタポ本部跡

長年「ニューズウィーク」誌にあって国際報道に従事したアンドリュー・ナゴルスキの著書『ヒトラーランド』(北村京子訳、作品社、訳書は2014年、原著は2012年刊)は副題に「ナチの台頭を目撃した人々」とあるように、ジャーナリストを主とする在独アメリカ…

猫の恋、亀の声

桜の開花が待たれるころ猫は恋の季節を迎える。猫が交尾する時期は年に四回あるそうだが、いちばん盛んなのは早春で、発情した雄は昼夜を問わず鳴き声もかまびすしく雌を追い求め、雄どうしの争いの激しいばあいは武闘が起こる。こうして「猫の恋」は春の季…

ドイツ連邦議会議事堂前で

一九三三年二月二十七日夜、ワイマール共和国の国会議事堂が炎上し、事件はヒトラーが独裁権力を掌中にする重要な契機となった。 炎上した議事堂が完全に修復されたのは一九九九年、東西ドイツの統一によりベルリンに首都機能が戻され、かつての議事堂が連邦…

「ラッキー」

ハリー・ディーン・スタントンが「パリ、テキサス」で主役を務めたのは五十八歳のときだった。個性派俳優の記念碑的作品となったこの映画から三十余年、かれは「ラッキー」を遺作として二0一七年九月十五日、老衰のため九十一歳で亡くなった。 遺作はスタン…

アドロン・ホテル

ベルリンのブランデンブルク門のすぐそばにあるアドロン・ホテルは『第三帝国の興亡』の著者ウィリアム・シャイラーや『ヒトラーに会った!』のドロシー・トンプソン(夫はノーベル賞作家のシンクレア・ルイス)といった1930年代在独米国人ジャーナリストの定…

「排除の論理」余話

昨年の衆議院議員選挙に際して朝日新聞が「安保法今は昔」の見出しとともに民進党から希望の党へ転じた何人かの議員をとりあげていた。 集団的自衛権を認める、自衛隊の活動範囲や使用できる武器を拡大するといった内容を盛り込んだ通称、平和安全法制整備法…

鶯歌(2015初夏台湾 其ノ二十九)

今回の旅で最後に訪れた鶯歌陶瓷老街はしっとりとした、のどかで、素朴なところだった。台北駅から鉄道で三十分ほどしかかからず、三峡老街にも近い。 台湾の陶器はほとんどこの地で作られている。日本の○○焼というのと違って鶯歌焼といったブランドがあるわ…

「ちはやふる−結び−」

「ちはやふる−上の句−」「ちはやふる−下の句−」で瑞沢高校競技かるた部の一年生だった綾瀬千早(広瀬すず)が三年生になってスクリーンに帰ってきた。おなじく進級した真島太一(野村周平)、綿谷新(新田真剣佑)、大江奏(上白石萌音)たちとともに。 千早…

三峡清水厳祖師廟(2015初夏台湾 其ノ二十八)

三峡老街の入口付近にある三峡清水厳祖師廟。彫刻の美しい廟で「東方芸術の殿堂」「台湾彫刻の至宝」といった呼び名がある。欄干の透かし彫りをはじめ細密な彫刻が見事だ。といっても気どったふうはまったくなくて、地元の方と見える人たちが気軽に参詣して…

ジョイス、プルーストとの別れ

NHK BS1で「NHKスペシャル・インパール作戦」をみた。一九四四年三月から七月初旬まで継続された、蒋介石への援助物資を運ぶルートの遮断を目的としてインド北東部の都市インパール攻略をめざした作戦の全体像と経過が、新たな史料や日本、イギリス、ミャン…

「天上人間」(2015初夏台湾 其ノ二十七)

三峡老街を訪れたのは午前中だったから、残念ながら屋台や一杯飲み屋の雰囲気は味わえなかった。街並を見ていると、ぜひ夕暮れどきに来てみたかった。 ついでながら東京で飲んでみたい場所に四谷の荒木町がある。かつての花街の風情を残す情緒のある町で、そ…

「コンフィデンシャル/共助」

昨年韓国で大ヒットした「コンフィデンシャル/共助」をみたのは韓国と北朝鮮がいっしょに入場行進した平昌オリンピック開会式の翌日で、意図したことではなかったがみょうな因縁ではあった。 北朝鮮の刑事組織の幹部チャ・ギソン(昨年事故で歿したキム・ジ…

三峡老街(2015初夏台湾 其ノ二十六)

三峡老街。台湾にいまあるオールドファッションドタウンのなかでいちばん伝統が保存されている歴史的価値の高い街並みといわれていて、じっさい「古き良き」といった言葉を冠したい雰囲気のあるところだった。 お茶、樟脳、木材、織物などを台北へ運んだ商業…

北のカサブランカ(其ノ二)

杉原千畝が日本政府の意向に反してユダヤ系を中心とする難民たちに発給したヴィザはこんにち「命のヴィザ」と呼ばれている。ヴィザリストにあるのは二一三九名だが、杉原幸子夫人の著書『六千人の命のビザ』(大正出版)にあるようにおよそ六千人の命が救わ…

北のカサブランカ(其ノ一)

三月一日から八日にかけてリトアニア、ラトビア、エストニアの順にバルト三国を廻った。いやー、寒かった。昨年一月にポーランドを旅していて、三月のバルト三国はおなじくらいのものだろうと予想していたけれど、エストニアはともかくリトアニア、ラトビア…

スターバックスで(2015初夏台湾 其ノ二十五)

台北では伊樂園大飯店(PARADAISE HOTEL)に連泊した。台北市萬華区西寧南路にあって大きな繁華街の一角を占めている。その繁華街にスターバックスがあり、入ってみたところ、一階は狭くて、注文した品をつくってわたす、あとは販売用のマグカップなどを並べ…

『シンドラーに救われた少年』

第二次世界大戦のおわりを十五歳でオスカー・シンドラーの工場において迎えた、つまりホロコーストを生き延びた少年の体験記である。原書《THE BOY ON THE WOODEN BOX》は二0一三年刊、邦訳は二0一五年古草秀子の訳で河出書房新社から刊行された。 少年の…

豹の岩(2015初夏台湾 其ノ二十四)

犬吠埼にはその名の通り犬のかたちをした奇岩がある。そこから連想して野柳地質公園にも小ぶりながら犬の岩があるなと思ったところ豹をかたどった岩であるとの説明があった。 落語の「ねずみ」では左甚五郎が仙台の鼠屋という貧乏旅籠のためにねずみを彫り、…