『第三帝国の興亡』を読む

ウィリアム・シャイラー『第三帝国の興亡』(松浦怜訳、東京創元社)全五巻のうち一九三九年八月三十一日のところまでを読んだ。ここが本書の中間点にあたる。そして翌日ドイツはポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が始まった。
この本はそれから二十年のちの一九五九年に刊行された。その後の研究成果により改めなければならない点はあっても、いまなお優れた概説書、歴史ドキュメンタリーの評価に揺るぎはない。
ウィリアム・シャイラー(1904〜1993)には在独時代の日記があり『ベルリン日記 1934-1940』『第三帝国の終り 続ベルリン日記』(いずれも筑摩書房)として邦訳されている。ドイツを中心に長年ヨーロッパで報道に従事したジャーナリストの文業はナチスの時代を知るための重要な遺産であり、どうやらこの流れからすれば二冊の日記も読むことになりそうだ。(下の写真はゲシュタポ本部跡)

シャイラーにはほかにフランスを舞台とする『フランス第三共和制の興亡』が邦訳されており、いまのわたしには残念ながらフランスまで手を広げる余裕はないけれど、書架のつんどく本コーナーにはジョン・コルヴィル『ダウニング街日記 首相チャーチルのかたわらで』(平凡社)が鎮座していて『第三帝国の興亡』とおなじ時代のイギリス政権の中枢の動きを知る格好の史料として、こちらはようやく出番が来たもようだ。
ジョン・コルヴィルは第二次大戦中に二十五歳でチャーチル首相の秘書官となった人だから、いまの日本の政治との関連で首相と首相秘書官との関係についても興味をもって読めそうだ。
「首相は政府機構の推進力であり、エンジンである。彼の秘書は動力伝達装置ーギア・ボックス、変速装置、操縦桿ーである」。(サー・ジョン・ペックによる『ダウニング街日記』日本語版序文より)
チャーチル首相の秘書官には、大学の設置について、これは首相案件などと地方の担当者にほざいてまわる余裕はなかったが、仮にこれを方程式に見立てて、日本の政治を代入すると、加計学園の首相案件という答が導かれる。
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謎ときとアクションをうまく組み合わせたスピーディな展開がたのしい「トレイン・ミッション」はまた懐かしいプログラム・ピクチュアのテイストが味わえる作品だった。
保険会社をリストラされた日に乗った列車で、マイケル・マコーリー(リーアム・ニーソン)はジョアンナ(ベラ・ファーミガ)と名乗る女性から、終着駅に着く乗客の中に紛れ込んでいる盗品を持った人物を発見できたなら、多額の報酬を提供しようと持ちかけられる。
はじめは冗談と思われたが、まもなく妻が人質に取られていることを知り、マイケルはジョアンナの依頼を受けざるをえなくなる。
主人公は元警官なのでオチも予想通り、痛快なアクションのあとには安泰な世界が戻る。暴走する列車を舞台とするのは過去の作品の二番煎じの感はあるが巻き込まれ型エンターティメントとしての魅力がそれを上回る。
第三帝国の興亡』で、ヒトラーが「わけのわからない芸術作品、その存在価値を長々と説明しなければならない作品、愚かで下品なナンセンスでも理解できる神経症患者に見せるしかない作品」をドイツ国民に提供してはならないと言っているのを読み、ゲージュツ関係おまへんのわたしではあるけれど、「トレイン・ミッション」のような娯楽作品とともに芸術は大事にしなければならないとあらためて思った。
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新宿署の女性警官が、親しくなった暴力団の男に捜査情報を流したとの報道があった。暴力団員がいちばんつきあいのあるカタギの人は暴力団対策を担当する警察官だったとして不思議はなく、マル暴という隠語は両者に共通して用いられる。それに男女共同参画の世の中だから、女性警察官だって暴力団対策の任務を担わなければならない。そんななかから生まれた奇妙なカップルと想像した。
佐々木譲『警官の掟』に「定年退職したあと、川崎の奥野組の顧問をやっている(中略)県警を退職した後、かつて取り締まり対象だった組織の顧問となっている……。あまりほめられたことではないが、退職警察官の天下りコースとして、それが特別に異例というわけではなかった」とか「これが十年前であれば、年に四、五件発覚する程度だった職場内の不倫、ダブル不倫や、上司と部下との男女関係のトラブルが、いまや当たり前のように噴出している。こともあろうに警察官同士で交番をラブホテル代わりにした、という事案も出てきた」といった箇所がある。
退職してから組の顧問となった元刑事、交番をラブホ代わりに使った警官など、いずれも作家が読者へのサービスに挿入した冗談と思って笑ったが、ひょっとすると取材に基づいたエピソードなのかもしれない。ジョークかマジかどっちだ?
なにしろ官給の拳銃でおなじ交番に勤務する先輩の警察官を撃ち殺した事件が出来するくらいだから、何があってもおかしくはない。
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ベアーズ、ロッキー、インビクタスなどなど数多くのスポーツ映画を見てきたけれど「きっと、うまくいく」のアーミル・カーンが製作・主演した「ダンガル きっと、つよくなる」は身体の芯のところでいちばん力が入ったような気がした。レスリングという原初的な力が強く反映する競技だからなのかもしれないが、そう言い切ってしまうとスタッフ、役者陣に失礼にあたりそうだ。
レスリング選手として生きたいと思いながら生活のため断念したマハヴィルは、いつか自分の息子を金メダリストにすることを夢見ながら仕事と若手の指導に励んでいたが、妻とのあいだにできた四人の子供はみんな女の子だった。
ところがある日、男の子と喧嘩する長女と次女を目にして、その格闘センスに非凡なものを感じたマハヴィルは、二人をレスリング選手として鍛えはじめる。
女子レスリングが市民権を持たなかったインドで町じゅうの笑いものになりながらも、ものともせずいちずに強化を図るマハヴィルと、コーチとしての父親の指導を受けつつもときに反撥も覚えている姉妹があゆむチャンピオンへの道は山あり、谷あり、涙あり、笑いあり。
実話をもとに二人の娘をレスリングの世界で成功させよう奮闘する父親像は「巨人の星」の星一徹に通じていて、昭和三十年台の映画館だったらエンドマークとともに拍手が起こったような気がする。そしてインド版星一徹を描きながら、スポーツを通してこの国における女性の地位を取り上げた視点も強い印象を残した。
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本ブログ六月十日の記事「芸者ワルツ」をめぐるエッセイを書いた際にYouTube神楽坂はん子が歌う「芸者ワルツ」を聴いた。すると自動で次に久保幸江の歌う「ヤットン節」が流れた。
東京物語」に尾道から上京した笠智衆が、戦前は尾道にいて戦後は東京で暮らす二人の友人東野英治郎、十朱久雄と再会して酒を酌み交わすシーンがあり、お酒がなくなったところで十朱久雄が立ち上がり「トコねえさん酒もってこい」とこの曲を口ずさんで注文に行く。作詞は野村俊夫 作曲は服部レイモンド。
おなじく「東京物語」に笠智衆東山千栄子の老夫婦が熱海に出かけ、早く就寝したいのに麻雀の音や流しの歌でなかなか寝つけないシーンがあり、ここで流しが歌っていたのが「湯の町エレジー」で、こちらは作詞野村俊夫、作曲古賀政男、つまり小津の世界的名画に野村の作詞した歌が二つ用いられていたといまになって知った。

久保幸江は楠木繁夫とのデュエット「トンコ節」で知っていたが、「ヤットン節」が彼女の持ち歌なのは今回YouTubeを見るまで知らなかった。わたしは戦前から昭和二十年代にかけての歌謡曲にはけっこう強いと自負しているが、お座敷歌謡は盲点となっていた。
なお「トンコ節」を久保幸江と歌った楠木繁夫は本名黒田進、一九0四年(明治三十七年)高知県に生まれた。昭和十年のヒット曲「緑の地平線」はわが愛唱、愛聴の一曲だ。高知市のわたしの実家の近くに、ある私立学校の音楽の先生をしていた弟さんが住んでいて、近所の人は「黒田先生」と呼んでいたと聞いたことがある。
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自民党穴見陽一という議員が、受動喫煙対策を強化する健康増進法改正案を審議した衆院厚生労働委員会で、参考人として出席していた肺がんの患者が発言しているさなかに「いいかげんにしろ」などとやじを飛ばしたとの報道があった。国民を守るべき軍が市民に銃を向けたような感じがして、いやな世の中になったものである。
国民を代表する立場にある者が国会に参考人として出席したがん患者にヤジを飛ばす・・・・・・政治家と感情ではトランプ大統領はずいぶんと感情をむき出しにするタイプで、こうした政治家が人気を得る傾向にあるような気がする。日本では自己抑制の効かない、感情失禁のヤジ議員の続出である。
「手縛っていい?」「おっぱい触らせて」の財務省事務次官財務大臣が「はめられて訴えられているんじゃないかとか、ご意見はいっぱいある」と擁護していた。品位も矜持もかなぐり捨てた、感情の赴くままの発言という点で穴見議員のヤジと軌を一にしている。問題点を洗い出し、それにどう対処するかといった契機は皆無で、気分丸出しの発言をして、批判を受けると形ばかりの取り消しや謝罪を繰り返す、そうしているうちに政治と言葉がはらむ緊張は蒸発するばかりだ。
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東京スカイツリーの近くにある、たばこと塩の博物館で「モボ・モガが見たトーキョー」を見てきた。副題に「モノでたどる日本の生活・文化」とあるように、当時の花王石鹸、服部時計店の腕時計、東武鉄道の沿線案内、たばこのポスターやライター、郵便自動車模型、森永チョコレート製品など、生活を彩るモノが多数展示されていた。たばこと塩の博物館とおなじ墨田区にあるSEIKOミュージアム東武博物館、郵政博物館、花王ミュージアムの協力によるもので、前半は「モボ・モガが見たトーキョー」、後半は「昭和モダンのおわりと戦争の時代」と題されていた。その前半の掉尾を飾ったのが「東京ラプソディ」の楽譜だった。
ちょうど奥泉光『雪の階』を読んで、二二六事件の前夜、昭和十年代はじめの雰囲気を味わっていたところで、作中の鈴木奈緒美という女学生の描写に東京モダンのなかのモガの姿を偲んだー「夕暮れの街路を見透かす硝子張りの店舗のなか、もの慣れた様子で制服の脚を椅子の上で組み、檸檬スカッシュをストローで飲む」「ルイーズ・ブルックスふうのおかっぱ髪(ショートボブ)」「僅かに裾を長くしたスカート」云々。
昭和の時代でいちばん関心があるのは震災復興から戦時色が濃くなる前のモダニズムの時代。おしゃれで、華やかで、下世話な話題に、浅草の水族館のレビュー劇場では金曜日になると踊り子がズロースを落とすといったニヤッとさせるエピソードがあった。花咲き、花散った、見ぬ世の展示に拍手。六十五歳以上五十円!