2016-01-01から1年間の記事一覧

「ラ・マンチャの男」(西班牙と葡萄牙 其ノ二十三)

いまの日本で「ドン・キホーテ」と聞くと大型ディスカウントショップのことかと思う人が多いかもしれない。小説の名前にちなんで社名をつけた理由を同社は「ドン・キホーテは行動理想主義者であるが故に様々な悲喜劇を展開しますが、既成の常識や権威に屈し…

「日本でいちばん悪いやつら」

ネタバレにご注意ください。 この映画は違法捜査や裏金づくり、警察組織のどろどろした人間関係など社会派の要素に富むいっぽう、主人公の綾野剛演ずる北海道警諸星洋一刑事に焦点を当てると、およそ四半世紀にわたる成長と挫折の年代記となる。そして「凶悪…

風車の土産物店で(西班牙と葡萄牙 其ノ二十二)

ラ・マンチャ地方はスペインの中部、イベリア半島の台地に位置する、東西およそ300km、南北およそ180kmに延びる広範な地域で、ブドウ、オリーブ、サフランの栽培地として知られる。十六世紀になり穀物を引くための風車が設けられたのは平原に吹く風を利用す…

「ブルックリン」

若い男女がデートで映画館へ行く。「雨に唄えば」を観たあと公園を散歩しているうち男は街燈に手をかけ、さきほど雨中で歌い踊っていたジーン・ケリーをまねる。男が女をはじめて家族に紹介したとき、食卓の話題は野球になった。男はドジャースの大ファン、…

ラ・マンチャ(西班牙と葡萄牙 其ノ二十一)

ラ・マンチャ地方のコンスエグラの丘には十一基の風車が並んでいる。コンスエグラは人口一万ほどの小さな町だが、ここの風車はミゲル・デ・セルバンテスの著したドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャの物語といっしょになって世界中から観光客を呼び寄せる。 訪…

『北槎聞略』のことなど

五月末にサンクトペテルブルクとモスクワを旅した。写真はそのとき訪れたエカチェリーナ宮殿で、ロマノフ家が五月から八月末にかけて滞在した夏の宮殿として知られる。サンクトペテルブルク圏内のプーシキン地区にあり、大黒屋光太夫はここでエカチェリーナ…

トレドの広場で(西班牙と葡萄牙 其ノ二十)

トレドはタホ川に囲まれた岩の多い丘に築かれていて、要塞都市としてはこの上ない条件に恵まれていた。いまここは古い町並みと遺跡の残る観光都市で、ヴェネツィアとおなじく車では入れず、入り組んだ路地があり、狭い道をあちらこちらさまよっているうちに…

「64-ロクヨン-後編」

前編は時効が目前に迫る平成十四年の被害者家族および関係者の現在とこれまでの軌跡や警察内部の軋轢、警察と報道機関との捻じれた関係が眼目になっていたが後篇はいよいよ犯罪の解明に重心を移す。 前編以上にぐいぐいと引っ張られた。やはりミステリーの醍…

トレド大聖堂のなかで(西班牙と葡萄牙 其ノ十九)

トレド大聖堂は一二二六年フェルナンド三世の命により建築がはじめられ一四九三年に完成した。十三世紀フランス・ゴシック様式の影響が大きいとされる。サグラダ・ファミリアと同様にこちらも二百年以上かけて竣工しただけあって、見事なものだ。 美しい町並…

『裏切りの晩餐』

二0一二年に岩波書店がジョン・ル・カレ『われらが背きし者』を刊行したときは、学術書を中心としてきた出版社のスパイ・ストーリー分野への進出に、この書肆らしからぬという気持がしたのは致し方のないことだった。 この四月に出たオレン・スタインハウア…

トレド大聖堂(西班牙と葡萄牙 其ノ十八)

トルコとモロッコを旅行しているものだから、ときどきイスラム圏がお好きなんですかと訊ねられることがある。ほとんどなじみのないイスラムという異文化への興味がないわけではないが、それよりもわたしのばあいローマ帝国所領のあちらこちらを廻ってみたく…

「鈴懸の径」

「鈴懸の径」は昭和十七年(一九四二年)灰田勝彦の歌でヒットした。作曲は兄の灰田有紀彦、作詞は佐伯孝夫。レコードはこの年の九月に出ている。 灰田は昭和十一年立教大学の卒業で、いまキャンパスには〈友と語らん 鈴懸の径 通いなれたる 学舎の街/やさ…

トレド一望(西班牙と葡萄牙 其ノ十七)

「一日しかスペインにいられないのならトレドに行け」という名言があるそうだ。そこまで言われれば行かずにはすまない。当地はマドリードの南およそ71kmのところに位置するカスティーリヤ=ラ・マンチャ州の首都で、タホ川に面し、この川に囲まれた旧市街は…

「海よりもまだ深く」

良多(阿部寛)は十五年前にある文学賞を受賞したものの、その後はぱっとせず、いまは周囲にも自分にも小説の取材と言い訳しながら興信所に勤めている。出版社からマンガの原作を書くよう話があっても小説家としてのキャリアに傷がつくと袖にしてしまう。純…

ゴヤ(西班牙と葡萄牙 其ノ十六)

心にとめている作家でありながらまったくといってよいほど作品を読んだことのない人に堀田善衛がいる。東京大空襲のあと二十七歳の堀田は上海に渡り、ここで一年九か月ほどを暮した。そのかん祖国の敗戦を経験するとともに戦勝国中国の「惨勝」をつぶさに見…

「64-ロクヨン-前編」

誘拐された幼女は殺害されたうえに犯人は不明のまま。わずか七日間で平成となった昭和六十四年に起きたロクヨンと呼ばれる少女誘拐事件だ。事件発生から十四年、時効が迫る平成十四年にロクヨンを模倣したとおぼしい事件が起こる。 興味津々たる謎の提出だが…

ロシアへ(サンクトペテルブルクとモスクワ 其ノ一)

五月二十七日から五日間の日程でサンクトペテルブルクとモスクワを旅した。はじめてのロシアである。 成田空港からモスクワ空港へ、そして航空機を乗り継いでサンクトペテルブルクへ。ここでは宮殿広場、聖イサク寺院、聖堂の騎士象、血の上の教会などを観光…

美しき五月

「あひさしの傘(からかさ)ゆかし花の雨」。 元禄時代のマイナーな俳人の句を採り上げた柴田宵曲『古句を観る』にある印象深い句で、作者は淀水、「花の雨」という季語はこれで知った。 相合傘、男と女、花の季節の雨は絵画にしてみたい素材だが、俳句とし…

プラド美術館(西班牙と葡萄牙 其ノ十五)

プラド美術館。歴代のスペイン王家のコレクションを展示している。フラ・アンジェリコ「受胎告知」、エル・グレコ「胸に手を置く騎士」、ディエゴ・ベラスケス「ラス・メニーナス」、フランシスコ・デ・ゴヤ「着衣のマハ」「裸のマハ」などわたしでも知って…

『高い窓』訳文雑感〜タフについて

ハードボイルド小説の根幹をなす用語にタフがある。以下は、この言葉が『高い窓』の三つの訳書でどのように扱われているのかの一例で、同書15章にある、マーロウとロサンジェルス市警の刑事とのやりとり。はじめに村上春樹訳。 〈「おれたちはタフになるため…

スペイン広場(西班牙と葡萄牙 其ノ十四)

一九三八年(昭和十三年)秋から翌年の冬にかけて、作家野上弥生子はヨーロッパを旅した。大著『欧米の旅』はその記録で、なかに「スペイン日記」が収められている。 野上弥生子がスペインを訪れたのは一九三九年八月中旬のことで、マドリードには同月二十八…

『高い窓』訳文雑感〜フィリップ・マーロウのイメージをめぐって

二十世紀を代表する指揮者で、カラヤンの前のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者だったフルトヴェングラーは演奏家を再現芸術家と位置づけ、そのいちばん大切な行為を、楽譜の裏にある創作者の意図を見抜くことにあるとした。これにならえば文…

ドン・キホーテとサンチョ・パンサの像(西班牙と葡萄牙 其ノ十三)

スペインの首都マドリード。かつてのスペイン黄金時代、ここは新大陸から流入する富により繁栄し、十八世紀後半カルロス三世の時代に近代的な都市として整備された。 2014年アメリカの経営コンサルティング会社A.T.カーニーが公表したビジネス、人材、文化等…

タコノキ

名前は失念したが何とかという東大の英語の先生は、たいへんな実力の持主だったが植物名だけは苦手で、授業で樹木や草花が出てくるとすべて「ニワトコ」にしていたそうだ。たしか丸谷才一さんのエッセイで読んだ。 写真はさきごろ南イタリアを旅したとき、シ…

聖母ピラール教会(西班牙と葡萄牙 其ノ十二)

サラゴサの聖母ピラール教会(ヌエストラ・セニョーラ・デル・ピラール聖堂)。ピラールはスペイン語で柱を意味しており、この名はローマ時代(A.D.40年)、当地で布教していた聖ヤコブの目の前の柱に聖母マリアが現れたという言い伝えに由来し、大聖堂はこ…

「スポットライト 世紀のスクープ」

直球でぐいぐい押して来る本格派の投手のような映画だ。 事実に基づく話なので、ボストン・グローブ紙と担当記者には敬意を表すると同時にエンドロールで示された神父による児童への性的虐待の事例の多さに驚いた。 9・11同時多発テロに先立つ二00一年の夏…

ピラール広場(西班牙と葡萄牙 其ノ十一)

サラゴサのピラール広場。近くにはエブロ川が流れている。美しい大聖堂と町並み、整然とした長方形の広場はヴェネツィアのサン・マルコ広場を想起させるが、ヴェネツィアのように観光客は多くなく、そのぶんのんびりした憩いの場となっているのがうれしい。 …

京極政治学と東芝の粉飾決算問題

京極純一先生の訃報に接してからこのかん、折にふれ『日本の政治』『文明の作法』『現代民主制と政治学』『和風と洋式』『世のため、ひとのため』等のあちらこちらを開いている。あらためて言うことでもないが、先生の個別の問題についての論述は鋭い観察力…

アルフェリア宮殿(西班牙と葡萄牙 其ノ十)

〈千四百七十九年ニ至リ、「カストル」国ノ女王「イサベラ」ト「アラゴン」国王飛地南(フェルヂナン)ト婚姻シ、両国合併シ、又回徒ヲ追ヒ、「ナパール」国ヲ滅シ、三国一統ノ国治ヲナシ、此時始めて西班牙ノ名ヲ称シ、葡萄牙ノミ引キ分レタリ〉。久米邦武…

「ボーダーライン」

FBIの女性捜査官ケイト(エミリー・ブラント)がアメリカ国防総省の組織した麻薬カルテル撲滅のための特別部隊の一員に発令される。麻薬捜査ははじめてだったが、これまでの実績が評価されたリクルートだった。 彼女はさっそく捜査現場の責任者マット・グレ…