「日本でいちばん悪いやつら」

ネタバレにご注意ください。
この映画は違法捜査や裏金づくり、警察組織のどろどろした人間関係など社会派の要素に富むいっぽう、主人公の綾野剛演ずる北海道警諸星洋一刑事に焦点を当てると、およそ四半世紀にわたる成長と挫折の年代記となる。そして「凶悪」の白石和也監督が今回採った描写手法はコメディ・タッチの悪漢小説ふうである。
こうして優れた映画はいろんな観点や合わせ技がたのしめる。「仁義なき戦い」が秀逸な喜劇映画でもあったように。

諸星は大学の柔道部での実績を買われて北海道警の刑事となった。警察官としてではなく競技力で道警の名を高めることが期待されての就職だったから柔道選手のあいだは捜査や実務がおろそかになっていて、やがて機動捜査部門に配属されると周囲からは馬鹿にされ、軽んじられるばかり、なかに一人だけ親切にしてくれる先輩がいて、その辣腕刑事村井(ピエール瀧)が成績を上げるコツを教えてくれた。
「飛び込めばいいんだよ」
「飛び込むって、ヤクザにですか?」
「裏社会に飛び込んで〈S〉(スパイ)を作るんだよ」
その教えどおり諸星は暴力団の世界に飛び込んで密接な関係を築き、親しくなった〈S〉から情報を得て実績を上げる。なかには男心に男が惚れたのか暴力団幹部の黒岩(中村獅童)のように〈S〉に転身する人材も輩出する。
やらせ逮捕やおとり捜査を繰り返し、いまやシャブとチャカの押収で匹敵する者のいなくなった諸星には通常の捜査では認められない裏金が支給されていた。ところが警察庁上層部と国税庁を説得して拳銃押収のために覚せい剤の密輸を黙認する大仕掛けの捜査でその運命は暗転の危機にさらされる。柔道でリクルートされてから二十年以上が経過していた。
横井也有『鶉衣』に「さるも官路にある中は、身を清からんとては、世にさからひて人に憎まれ、身を安からんとては、世にへつらひて心に恥かし」とある。身を清くしようと世間(会社、業界)の悪しき風潮に逆らうと周囲に憎まれ、身を安全にと世間にへつらうと疚しさを覚える。不祥事の渦中にあるサラリーマン諸氏の多くはこの二つのあいだを揺れ動きながら職業生活を送っていたのではないか。
それに対しこの映画の主人公は、警察の悪習にさからい、へつらいするどころか、それを極度に推し進めたために身の潔白も安全もふいにした型破りの刑事だった。悪事悪習に手を染めたのは警察官としての忠誠からだった。しかし諸星の忠誠は事態が上手く推移しているあいだは認められるが、ひとたび失敗すると反逆に転化する質のもので、いくら丸山眞男先生が反逆のなかに忠誠の契機はある(『忠誠と反逆』)と説いても、そんなことに理解を示す上司はいない。ご意見無用で忠言忠告に耳を傾けようとしなかったところに一因はあったにしても、気がつけば挫折と没落を面白おかしく見送っている奴ばかりである。
綾野剛の演技が素晴らしく、これまでのところではぶっちぎりの代表作となるのを疑わない。
原作は稲葉圭昭『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』、著者は二00二年に発覚した日本警察史上最大の不祥事とされる事件の当事者である。
(七月五日TOHOシネマズ日本橋