一九八0年五月十七日、クーデターで実権を掌握した全斗煥はただちに金大中ら野党指導者を逮捕、これにたいし韓国全羅南道の光州市で学生の抗議デモが起こり、さらに戒厳軍による弾圧の激しさに怒った市民がくわわり、デモは二十万人に及んだ。弾圧により多数の死傷者を出すにいたった韓国現代史上最大の悲劇といわれる光州事件である。
「タクシー運転手 約束は海を越えて」は事件にいたる経過や政治的背景はスクリーンの外に置き、弾圧現場の惨状と事件はどのようにして報道されたのかに焦点を絞った作品で、これを「高地戦」で知られるチャン・フン監督はリアルに、ときにコミカルに、また人情話をまじえながら描いて、苦い過去にまつわるつスリルに富んだ作品とした。
東京で、韓国の不穏な噂を聞いたドイツ人ジャーナリスト、ピーター(トーマス・クレッチマー)がソウルにやって来て、光州で取材をするためにタクシーを求めたところ、割のよい仕事だと飛びついたのが個人タクシーの運転手キム・マンソプ(ソン・ガンホ)だった。政治には無関心、ハンドルを握っては流行歌を高唱、家賃を滞納しながら当の大家に借金を申し込む愉快で軽薄な運転手はジャーナリストを乗せて光州へと走った。ところが着いた先で二人が見たのは、軍による学生市民への暴行さらには発砲というとんでもない事態であり、戒厳状態のもとでの徹底した報道管制だった。
ピーターは軍と特務機関の追求をかわしながら取材を進めた。その姿に共感を覚えたキム・マンソプが協力する。ノー天気からだんだんとシリアスの度合が濃くなってゆく運転手はソン・ガンホに似合いの役どころだ。ピーターは一刻も早く世界に知らせたいと撮影記録を持ち帰ろうとするが、察知した相手が阻止に動く。光州を脱出しないことには報道はできない。追手を振り切ろうとするキム・マンソプ、それを光州のタクシー運転手たちが支援する。こうして光州事件の秘話は派手なハリウッド映画のノリで繰り広げられるカーチェイスへとむかう。
(四月二十三日シネマート新宿)