2012-01-01から1年間の記事一覧

「崖っぷちの男」

西洋精神史の学究として立教大学や明治大学の教壇に立ついっぽうで平凡社の『世界大百科事典』の編集責任者をつとめた林達夫に「十字路に立つ大学」という評論がある。一九四九年に発表されたこの論考は、大衆社会のなかでの大学の行く末を論じてのちの大学…

「クレイジーホース☆パリ 夜の宝石たち」

ドキュメンタリー作家フレデリック・ワイズマンが「BALLETアメリカン・シアターの世界」「パリ・オペラ座のすべて」につづいてとりあげたのは「クレイジーホース」。一九五一年アラン・ベルナルダンによって創立されたキャバレーで、こことムーラン・ルージ…

「生誕百年 快剣士 大友柳太朗」

若い友人で飲み仲間の婚礼の日。新婦とも顔見知りの仲だ。昼間の式は瀟洒な木造造りが魅力の根津教会。夜の披露宴は西日暮里の某スペイン料理店。フラメンコのギターと踊りのパフォーマンスとの兼ね合いだろう、挨拶は短くて心のこもったものというけっこう…

阿部定予審訊問調書

戦時中、司法省が不良少年をテーマにした教育映画を企画して東宝に依頼したことがあった。東宝はマキノ雅広を監督に据えようとしたが、マキノは阿部豊との共同監督を希望し、また脚本には小國英雄をくわえ三人の担当とした。 阿部豊は一九一二年に渡米し、や…

西郷さんの犬

上野公園を散歩しながら西郷さんの銅像の写真を撮ってきました。 このあいだ読んだ丸谷才一『人形のBWH』(文春文庫)にある「犬と人間」というエッセイに、この銅像の犬の名前ごぞんじですかとの問いかけがありました。 たしか「ツン」だったでしょうと…

シド・チャリシー讃

ちょいと月並みと思われるかもしれないのが癪だけれど、映画と女優を組み合わせてのわがベスト・スリーとして「カサブランカ」のイングリッド・バーグマン、「東京物語」の原節子、「バンドワゴン」のシド・チャリシーを挙げる。 過日「午前十時の映画祭」で…

くさい仲

京大医学部で解剖学を学び、考古学、人類学、民族学を専攻した金関丈夫(1897〜1983)に『長屋大学』という著作がある。一九八0年に法政大学出版局が発行している。ときどき書店で見かけた本だが、たぶん長屋大学という江戸時代のどこかの藩の家老の伝記な…

快走の朝

ゴールデンウィークを前にしてことしいちばんの快心、快走のジョギングの朝。晴れてほどよい気温、爽やかな空気のもと一時間ほどの走りに汗はない。本郷通りを駒込へ向かい、田端、西日暮里、谷中、そうして三浦坂を下りて根津へ出るというのがいつものコー…

手縫いの足袋

この四月に出た新潮文庫の新刊『私の銀座』を読み、よい機会だと以前に古書市で買っておいた『銀座が好き』にも眼を通した。いずれも「銀座百点」に載ったエッセイを収めていて、後者は一九八九年に求龍堂から刊行されている。 双方合わせると百四十篇ちかく…

「ミッドナイト・イン・パリ」

「アニー・ホール」や「マンハッタン」でニューヨークの映像に魅せられた人だったら、ウディ・アレンのパリと聞いてじっとしていられるはずはないだろう。その期待に応えるかのように「ミッドナイト・イン・パリ」はつぎつぎと重ねられてゆくパリの街角の魅…

「ヒューマン・ファクター」と「裏切りのサーカス」ランダムノート(其ノ二)

「裏切りのサーカス」の予習としてグレアム・グリーン『ヒューマン・ファクター』を読み、映画を観たあと原作のジョン・ル・カレ『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』(549頁)を読み、さらにその続編『スクールボーイ閣下』上(461頁)下(…

「ヒューマン・ファクター」と「裏切りのサーカス」ランダムノート(其ノ一)

「インビクタス/負けざる者たち」(2009年)ははじめ「ヒューマン・ファクター」と題されていた。クリント・イーストウッド監督はいま南アフリカで「ヒューマン・ファクター」という新作を撮っているとのニュースを知ったときは、えっ、グレアム・グリーン…

「三重スパイ」

二0一0年に八十九歳で亡くなったフランス・ヌーベルバーグの名匠エリック・ロメール監督がスパイ・サスペンスの映画を遺してくれていた! このほどシアター・イメージフォーラム「フランス映画未公開傑作選」のひとつとして公開された「三重スパイ」がそれ…

昼下がりのスパイ小説とジャズ

幸田文が父露伴の酒を回想した「蜜柑の花まで」によると、むかしは酒を搾るのは寒中の季節ちょうど紅梅の咲く時季、少し白く濁った初搾りの新酒をついだ盃に紅梅をうかせて飲むのがならわしだったという。露伴はこうして飲む新酒が大好物だった。あいにく日…

「ヘルプ 心がつなぐストーリー」

「ヘルプ 心がつなぐストーリー」は白人の富裕層の家庭に雇われているメイドの姿を通して日常生活での黒人差別の具体の姿がとてもよく描かれていた。六十年代はじめ、公民権法が成立する前夜のミシシッピー州ジャクソン。同州フィラデルフィアでは一九六四年…

「とんでもハップン」考

ことし二月十六日に亡くなった淡島千景さんを追悼した特集上映で「自由学校」と「本日休診」を観た。いずれも松竹作品で、監督は渋谷実。 「自由学校」のほうは吉村公三郎監督、木暮実千代主演の大映版もある。松竹版での木暮の役は高峰三枝子。こちらは未見…

『ヒューマン・ファクター』

ジョン・ル・カレ『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』が映画化された(邦題「裏切りのサーカス」)のをよい機会と三十余年ぶりにグレアム・グリーン『ヒューマン・ファクター』を新訳で再読した。(加賀山卓朗訳、ハヤカワepi文庫) どちらもイギ…

「裏切りのサーカス」

エリック・アンブラーの『あるスパイへの墓碑銘』や『ディミトリウスの棺』でイギリスのスパイ小説に入門してジョン・ル・カレの『寒い国から帰ってきたスパイ』でとりことなった。だからル・カレの『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』の邦訳が出…

「アーティスト」

一九二七年のハリウッド。サイレント映画のスターであるジョージ・バレンタイン(ジャン・デュジャルダン)が大勢の観客からのアンコールに応えて何度も舞台に登場する。共演した女優(「雨に唄えば」のリナ・ラモントのそっくりさんと見えた)も舞台に出た…

浅草出遊

自宅から徒歩で上野経由、浅草へ。約束の十時よりすこし早く着いたので荷風ゆかりのレストランであるアリゾナの周囲をぶらついた。一九五九年(昭和三十四年)五月二日の永井荷風告別式の会葬者のなかには松本操アリゾナ主人の姿もあったことが秋葉太郎『考…

「スーパー・チューズデー 〜正義を売った日〜」

映画「スーパー・チューズデー 〜正義を売った日〜」は政治の一面が日米を問わず色と欲をめぐる争いであることを如実に示していました。もちろんこれは政治の世界だけの現象にとどまるものではないけれど、慎ましさや謙虚さはさておいてまずは「我こそは」と…

母語と母国語〜『サラの鍵』余話

『サラの鍵』にある著者タチアナ・ド・ロネの紹介には「1961年パリ郊外で生まれる。イギリスとフランス、ロシアの血を引く。パリとボストンで育ち、大学はイギリスのイースト・アングリア大学で英文学を学んだ。その後パリへ戻り、オークションハウス〈クリ…

『サラの鍵』

書店の棚にタチアナ・ド・ロネ『サラの鍵』(高見浩訳、新潮クレスト・ブックス)を見かけた。映画「サラの鍵」(本ブログ2012年1月5日の記事を参照してください)がとてもよかったものだからそのまま通り過ぎるわけにはゆかなかった。 オビには角田光代さん…

「ヒューゴの不思議な発明」

少年ヒューゴは機械人形といっしょに駅の時計塔に暮らしている。大好きだった父が遺した機械人形は壊れていて、それを修理し動かすにはハート型の鍵が必要だ。ある日、ヒューゴはその鍵を持つ少女イザベルと出会う。ところが少女の家へ行くと、思わぬ人物が…

「戦火の馬」

耕作用の馬を求めて馬市にやって来た貧農のおやじテッド・ナラコット(ピーター・ミュラン) が、そのサラブレッドを見た瞬間、あまりの素晴らしさに大金を投じて連れ帰ります。農夫に家計のことなど忘れさせた馬はジョーイと名付けられ、ナラコット家の一人…

『永井荷風と部落問題』

このほどリベルタ出版より拙著『永井荷風と部落問題』(1900円(税別))が刊行されました。御一読、御批評たまわればたいへんありがたく存じます。 どうかよろしくお願い申し上げます。 ◎あとがき抜粋 本書の著者は、30代のほとんど10年を高知県の県立高等…

新宿ー青梅 かち歩き大会

昨日3月11日は親しい若い人たちに誘われて「かち歩き大会」に参加してきました。新宿から青梅までの43キロのコースを歩く大会です。 主催は社団法人青少年交流協会で、文部科学省、東京都等が後援をしています。毎年3月と11月に行われており今回で86回を数え…

昔の歌にはまった!(其ノ三)

二月十五日 夕刻池袋の喫茶店で毛利眞人著『沙漠に日が落ちて 二村定一伝』を読み終えたあと二村定一のCDを聴く。 『沙漠に日が落ちて』は二村の人生の軌跡が丹念にたどられ、またレコーディングの資料が詳細で行き届いている。まちがいなくこれから二村定一…

昔の歌にはまった!(其ノ二)

二月九日 戦前に日本から上海へ渡ったジャズマンの物語「上海バンスキング」に触発されて、日本の男性ポピュラー歌手の鼻祖、二村定一の生涯を描いた毛利眞人著『沙漠に日が落ちて 二村定一伝』を手にする。二村は色川武大の『怪しい来客簿』やエッセイでも…

昔の歌にはまった!(其ノ一)

二月二日 銀座シネパトスの今井正監督特集「どっこい生きてる」と「また逢う日まで」を観たあと並木通りのノエビア銀座ギャラリーで開かれている「モダン東京1930」へ。濱谷浩の写真が二十葉ほど展示されていた。ほとんど、もしくはすべて見ているかカタログ…