「ヘルプ 心がつなぐストーリー」

「ヘルプ 心がつなぐストーリー」は白人の富裕層の家庭に雇われているメイドの姿を通して日常生活での黒人差別の具体の姿がとてもよく描かれていた。六十年代はじめ、公民権法が成立する前夜のミシシッピー州ジャクソン。同州フィラデルフィアでは一九六四年に三人の公民権運動家が殺害される事件があった。のちに「ミシシッピー・バーニング」として映画化された出来事で「ヘルプ」もおなじ時期にあたっている。

スキーター(エマ・ストーン)は、ほとんどの上流階級の家庭がそうであるように黒人のメイドたちに囲まれて育った。作家志望の彼女は大学で学び、出版社で仕事を始める。同級生の多くは早々に結婚し、出産を済ませ、あたりまえのように黒人のメイドに子育てを任せている。
こうしたあり方に疑問を覚えたスキーターは、彼女を育ててくれたメイドが突然辞めてしまったこともあり、メイドたちの思いや生活の実態を彼女たちへのインタビューをとおして社会に訴えかけようとするがみんな口を閉ざすばかり。しゃべったのがわかると不利益を招くからおいそれとは応じられない。
そんななか、ミニー(オクタヴィア・スペンサー)というメイドがインタビューに応じる。彼女はスキーターの同級生ヒリーの家に勤めるメイド。女主人のヒリーはメイドのトイレが屋内にあると病気がうつるので屋外に作るべきだと広言して廻っている人物だ。そのヒリーの家のトイレを使ったことでミニーは解雇され、彼女はこれを機にインタビューに応じたのだった。
ミニーの勇気ある行動がつぎのメイドを生み、その輪がだんだんと広がってゆく。やがて彼女たちの思いが詰まったスキーターの本は注目を浴びる。
深刻な社会問題を採りあげた作品だけれど、人種関係をよりよいものにしてゆこうとの思いがしっかりと表現されている。重苦しくなりがちなテーマにもかかわらず時さえ忘れて観られた。あとで百四十六分の長尺だと知って驚いたほどだ。それと黒人対白人という対抗的な見方ではなく白人のなかにもさまざまな思いや行動があることが示されている点にも見識が窺われた。監督はテイト・テイラー

「ヘルプ」の時代よりすこし前の五十年代後半、コネティカット州ハートフォードを舞台に人種差別や同性愛を採り上げた「エデンより彼方に」では黒人男性とつきあいはじめた白人女性が仲間内でつまはじきにあう。「ヘルプ」でもスキーターはかつての同級生のあいだで孤立する。閉鎖性の強い地域では人種差別に異論をもつ白人を白人社会が指弾する構造があって問題解決を阻んでいる。
日本ではどうなんだろう。昔の話だが『福翁自伝』の語るところによると福沢諭吉の母親は「世間並みには少し変はつて」おり被差別民と心やすくつきあっていたというが世間から疎んじられたといったことは書かれていない。
(四月十日TOHOシネマズシャンテ)
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