シド・チャリシー讃

ちょいと月並みと思われるかもしれないのが癪だけれど、映画と女優を組み合わせてのわがベスト・スリーとして「カサブランカ」のイングリッド・バーグマン、「東京物語」の原節子、「バンドワゴン」のシド・チャリシーを挙げる。
過日「午前十時の映画祭」で久しぶりにスクリーンで「バンドワゴン」を観た。フレッド・アステアの至芸、オスカー・レヴァント、ナネット・ファブレイ、ジャック・ブッキャナン等達者な脇役陣、「ザッツ・エンタテインメント」「バイ・マイセルフ」「あなたと夜と音楽と」「サムシング・ツー・リメンバー・ユー・バイ」等の素敵なナンバー、そしてアステアとコンビを組んだシド・チャリシーの魅力・・・・・・ミュージカルの愉しさを満載した作品だ。

大都会の高層ビルの谷間にある公園でアステアとダンシング・イン・ザ・ダークを踊る清楚な白のワンピースとトウ・シューズのシド・チャリシーはとてもエレガントだ。ラストに近い暗黒街でのガール・ハント・バレーでは真っ赤なドレスとハイヒール姿でダイナミックな踊りを見せて観客を圧倒する。
エレガントとダイナミックを併せ持つ女優、ダンサーそれがシド・チャリシーだ。映画評論家の畑中佳樹は「バンド・ワゴン」を論じた「ハイ・ヒールとトウ・シューズの惑乱」において「高貴な、爆発するような魅力」と讃えている。

はじめての共演にあたりアステアは彼女の身長が高いことを気にして二の足を踏み、いっぽうチャリシーはアステアへの憧れと畏敬の念から緊張がつづいたと伝えられるが、やがてリハーサルが進むにつれて素晴らしいコンビネーションがつくられていった。
このあと二人はもう一作「絹の靴下」で共演している。ボブ・トーマス『アステア ザ・ダンサー』によると、このときアステアはもう一度ペアが組め、おまけに親友のコール・ポーターの曲で踊れるのをとてもよろこんでいた。アステア自身その自伝で彼女を「美しいダイナマイト」と評している。
「絹の靴下」はエルンスト・ルビッチが監督し、ビリー・ワイルダーが脚本陣にくわわり、グレダガルボが主演した「ニノチカ」をミュージカルとしてリメイクした作品。「ニノチカ」ではアメリカに宝石を売りさばきに来たエージェントを監視するため、ロシアからやってきたコチコチの共産党官僚ニノチカ(グレダガルボ)が、はじめ資本主義の堕落を批判するもののやがてパリに惹かれ、プレイボーイの伯爵のとりことなって恋に陥る。公開当時のキャッチ・コピーは「ガルボ笑う」。クールな美貌とミステリアスな雰囲気を持つグレタ・ガルボが笑うというそれだけで評判になった。
「絹の靴下」でシド・チャリシーガルボのクールとミステリアスに代えてエレガントとダイナミックな魅力を発揮した。野暮ったい服と下着を次々と脱ぎ捨て美しい下着と絹の靴下をはき、華やかな服に着替えるシルク・ストッキングのシーン、そうしてアップテンポで踊るレッド・ブルースの場面は何度観てもため息ものだ。シド・チャリシーは「踊るエヴァ・ガードナー」と讃えられたことがある。エヴァ・ガードナーに引けをとらない美貌で素敵な踊りを見せてくれるのだからファンとしては堪らない。
「バンドワゴン」「絹の靴下」「雨に唄えば」「ブリガドーン」などフレッド・アステアジーン・ケリーの相手役として出演した代表作はなじみを重ねたが、「暗黒街の女」「ブラック・タイツ」「君知るや南の国」「闘牛の女王」「夢みる少女」などになかなか行き当たらないのが残念でならない。

最後の出演作となったのはMGMミュージカル映画のアンソロジー「ザッツ・エンタテイメント PART3」(1993年)だった。案内役の彼女は七十歳を少し越えたころで、年齢に応じたおだやかなミニスカート姿はおしゃれで美しく気品があった。
ジンジャー・ロジャースエレノア・パウエルリタ・ヘイワースジュディ・ガーランドレスリー・キャロンオードリー・ヘップバーン・・・・・・いずれもアステアと共演した女優たちだ。なかでジンジャー・ロジャースとのコンビがアステアの最盛期をつくったのに対比していえばシド・チャリシーとの共演はそのフィナーレの輝きをもたらした。「バンド・ワゴン」と「絹の靴下」以後もアステアの映画出演はつづいたがフィナーレの輝きはシド・チャリシーとともにある。
亡くなったのは二00八年七月十七日。一九二一年三月八日生まれの八十七歳だった。そのころウエブ・サイトで彼女の追悼報道を見ているうち、あるブログに彼女の死去を機に新橋にあった「CYD」(シド)というバーが惜しまれつつ閉店したとの記事があった。うなぎの寝床のような狭く細長い店内に古き良きハリウッドのスターたちの写真がさり気なく飾られ、店主夫妻の上品なもてなしが心地よく、店名の由来を訊くとマスターはシド・チャリシーから採ったとうれしそうに答え、そのダンスと脚線美を讃え、熱く語ったという。
一度行きたかったなあ。
(四月十六日TOHOシネマズみゆき座)