「ヒューマン・ファクター」と「裏切りのサーカス」ランダムノート(其ノ一)

インビクタス/負けざる者たち」(2009年)ははじめ「ヒューマン・ファクター」と題されていた。クリント・イーストウッド監督はいま南アフリカで「ヒューマン・ファクター」という新作を撮っているとのニュースを知ったときは、えっ、グレアム・グリーンの『ヒューマン・ファクター』がイーストウッドで映画化されるのかと思って心ときめいた。
どうしたいきさつからか「ヒューマン・ファクター」は「インビクタス」と改題された。南アフリカ共和国ネルソン・マンデラ大統領が南アでのラグビー・ワールドカップを機に南ア代表スプリングボクスを新生国家の船出の象徴として位置づけ、人種関係をよりよいものにしてゆこうとした姿を描いた作品はラグビーに関係していた一人としてこれまたうれしいことではあったのだが、グレアム・グリーンの小説とは関係ない点で気落ちしたのは否めない。

ヒューマン・ファクター』のほうも南アで知り合った女性とその子を救出してもらった見返りにソ連に情報を流すようになったイギリスの諜報機関に勤める男の物語だから南アとは関係があって、イーストウッドの映画とこの小説が結びついたのは根拠のない話ではない。イーストウッド監督にはもういちど「ヒューマン・ファクター」を撮っていただきたいと願っている。
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じつは『ヒューマン・ファクター』は一九七九年にオットー・プレミンジャー監督が映画化しており、結果的に同監督の遺作となった。ただし出来具合がよくなかったのか日本での劇場公開はなく、いちどNHKBS放送で放映があったとのことだが、残念ながらわたしは観ていない。
ローラ殺人事件」「月蒼くして」「枢機卿」「悲しみよこんにちは」などの名匠オットー・プレミンジャー(1906-1986)はビリー・ワイルダーと親交があった。ともにユダヤ系でウィーンからアメリカに亡命した仲だった。
プレミンジャーの家庭はワイルダーとは異なり裕福で、父親はフランツ・ヨーゼフ皇帝時代の末期に司法長官格のポストにあったという。プレミンジャーは小さいときから美術に多大の関心を持ち、のちには蒐集にも務めていたが映画「ヒューマン・ファクター」の金策で相当数手放さなければならなかったという。その事情についてはシャーロット・チャンドラー『ビリー・ワイルダー 生涯と作品』のなかでワイルダーが次のように語っている。
オットー・プレミンジャーも気の毒に。映画の資金を工面するために絵画を売るなんて。とくにあのグレアム・グリーンの作品(『ヒューマン・ファクター』)のために。ただでさえつらいのに、駄作のために!たぶん彼はまだ、あの映画がうまくいかないことを知らなかったんだろう。ほんとうにひどいことだ。予算を超過したとき、フランスのホテルから画商に電話して、上等のジャコメッティを売り、みんなのホテル代を払えるようにしたんだ」。(古賀弥生訳)
ワイルダーは『ヒューマン・ファクター』を「駄作」と手厳しい評価を下している。小説としてだめなのかそれとも映画の原作としてまずいのか。いずれにせよビリー・ワイルダーグレアム・グリーンともに大好きな者としては複雑な思いだ。
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オットー・プレミンジャービリー・ワイルダーの「第十七捕虜収容所」に出演して、皮肉にも冷酷なドイツ軍人、捕虜収容所所長に扮してまことにはまり役というべき敵役ぶりを見せている。

いっぽうプレミンジャーが撮った「ヒューマン・ファクター」の原作者グレアム・グリーンフランソワ・トリュフォー監督の「アメリカの夜」に出ている。映画のなかでの映画撮影がうまくゆかず、中止にするかどうかということになり、イギリスから保険会社の人がやって来る。これがグレアム・グリーン
なんでもニースのパーティで、トリュフォーがイギリスから来た人を見て気に入り、オーディションを受けるように勧めて、そのオーディションをやっていてどこかで見たことがあると思っているうちにグリーンだと気づいたという。トリュフォーははじめからグリーンと知っていたふりをして、出演依頼をしたところ名前を出さないという条件で了解したという。オーディションに応募するよう勧められて、だまってそれに応じたのはグリーンの茶目っ気だったのだろう。
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人間性を擁護するために非人間的になり、同情心を擁護するために冷酷になる」「差違を擁護するために純一になる」ということばがジョージ・スマイリーの信念の一端として部下の口から紹介されている。(ジョン・ル・カレ『スクールボーイ閣下』)
じじつジョージ・スマイリー三部作の完結編『スマイリーと仲間たち』でスマイリーがソ連にいる宿敵カーラをおびき寄せるために採ったのはその弱点を用いたアメとムチというやり方であり、道義的な是非を問えば叶わない方法だった。
諜報機関にいる者の厳しさを示したスマイリーの信念とされるこの逆説は、平和を擁護するための謀略にも繋がりかねない。
いっぽう『ヒューマン・ファクター』のカッスルがソ連への情報提供者となったのはコミュニズムへの忠誠からではなく、いまは妻となっている黒人女性セイラへの愛情からであり、彼女とその連れ子サムを救ってくれたコミュニストに酬いるための協力だった。
二重スパイが発覚しそうになったカッスルが最後に提供したのが南ア、アメリカ、イギリス三国による「アンクル・リーマス作戦」の情報で、それは凶悪な人種差別作戦を内容としていた。「人間性を擁護するために非人間的になり」きったとしても「アンクル・リーマス作戦」は人間性を擁護するものではない。
カッスルは「人間性を擁護するために」二重スパイを選択したといって過言ではない。
スマイリーの眼にカッスルは「人間性を擁護するために非人間的になり」損ねた人物として映るだろう。しかし「アンクル・リーマス作戦」が「人間性を擁護するため」のものでないならばどうするか。それでもなお国家への忠誠を貫くのか、それとも「人間性を擁護するために非人間的になり」などしょせんまやかし、絵空事なのか。ここへきてグリーンとル・カレの亀裂は大きくなる。
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ヒューマン・ファクター』のモーリス・カッスルはイギリス諜報部で南アフリカを担当している。おなじセクションで助手の職にあるのがアーサー・ディヴィス。カッスルは平均的なお酒好きで、J&B銘柄のウィスキーを愛飲している。他方ディヴィスは心労からくるアルコール依存気味で、家にある残りわずかとなっているジョニーウォーカー(たぶん赤ラベルだろう)とホワイトホースをブレンドしてホワイト・ウォーカーをつくりカッスルに勧めたりする。一度試飲しようとわたしも先日J&Bを買って飲んでみたが、値段も味覚もライトでなかなかよろしい。ホワイト・ウォーカーは試す気にならないねえ。
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スパイ行為の発覚を恐れたソ連はモーリス・カッスルを亡命させる。モスクワでソ連側はモーリスにJ&Bを提供する。善意ではあったにしてもモーリスからすれば、妻子はイギリス国内にいてまだ出国できていないからJ&Bは家族への思いをいっそう募らせる。カッスルはせめて他の銘柄であれば傷つく度合はいますこし低いのではと思ったりする。

「せめてほかのウィスキーにしてくれていればーヘイグでも、ホワイトホース、VAT69、グラントでもー自分にとってなんの意味も持たない銘柄を頭のなかであげていった」。
映画「裏切りのサーカス」ではジョージ・スマイリーと誰かがジョニーウォーカー黒ラベルを飲んでいた。イギリスの諜報部では幹部連中がジョニ黒クラスを飲み、平場の所帯持ちはJ&Bクラスといったところか。