遅船庵筆記

東京五輪と歴史の教訓

東京オリンピックは予定通りの開催に向けてしっかり準備をする。IOCバッハ会長や東京五輪大会組織委員会森会長、安倍首相、小池東京都知事からはそうした発言しか聞こえてこない。感染症が収まり七月二十四日に開会式を迎えられればそれに越したことはない。…

黒船来航から新型コロナウイルスまで

ペリーの黒船が来航したのは嘉永三年(一八五0年)のことだった。その三年前、米国はオランダに日本との通商について仲介を依頼していて、オランダはこれを断ったうえで徳川幕府に知らせ、その後もアメリカ側から得た情報を伝えていた。 これに先立つ天保十…

武漢の医師の死

中国が新型肺炎を公表するまえからメッセージアプリ「微信(ウィーチャット)」を通じて危険性を訴えていたのに「デマ」として公安当局に処分された武漢市中心医院の眼科医師李文亮さんがみずからも新型コロナウイルスに罹り二月七日未明に亡くなったという…

カルロス・ゴーンの逃亡

年始のNHKラジオのニュースで、カルロス・ゴーンのレバノンへの入国について、同国の著名なジャーナリストが、カネと力とコネをもつ特別な人に政府が特別な措置を与えているのは政治への信頼を揺るがせ、人心にも悪影響をもたらす、と訴えていると報じていた…

熱情のゆくえ

人の熱情がどんなふうに推移するかについて、はじめは足元、つぎに身体の中ほどへ行き、そしてのど元へとたどり着いて、ここを最後の休憩場所とするという説がある。 二本足ですっくと立ち、身体の中ほどを核とする精力は快楽を求め続け、やがて精力減退の時…

「十二月八日」のあとさき

一九四一年十二月八日からことしで七十八年が経つ。いつだったか、どなたかが、いまの日本の雰囲気を七十八年前の十二月八日のまえに似ていると語っていた。そのときはいくらなんでも心配のし過ぎだろうと思って気に留めなかったが、先日、堀田善衛の自伝小…

山車と神輿

自宅が近い根津神社はこの時期、例大祭で賑わう。山王祭、神田祭とともに「江戸三大祭り」のひとつで、ことしは九月二十一、二十二の両日、町会では神輿を繰り出し、境内にはたくさんの露店が並んだ。 神社のホームページには、六代将軍家宣は幕制をもって当…

アクセルとブレーキ

ことし四月、東京、池袋で旧通産省工業技術院の元院長、八十七歳が運転する乗用車が暴走し、母子が死亡、十人が負傷した痛ましい事故があった。車を分析した結果ではアクセルを踏み込んだ形跡はあったがブレーキを踏んだ跡は残っていなかった。アクセルをブ…

日産動物園

日産自動車の西川広人社長(九月十六日付で辞任)は副社長だった二0一三年五月に株価があらかじめ決められた水準を超えたときに権利行使できる「ストック・アプリシエーション権(SAR)」という権利の行使日をズルして一週間遅らせ、およそ四七00万円多く…

芸能人の不祥事

新井浩文が強制性交容疑で逮捕されたのは二月一日のことで、映画についていえば六月に公開が予定されていた「台風家族」は延期に、おなじく年内公開予定だった「善悪の屑」は公開中止と決まった。前者では脇を固める一人として出演していて、どう処理するの…

政治家の失言

塚田一郎国土交通省副大臣が四月一日、福岡県北九州市で行われた集会で、下関北九州道路構想が本年度から国による直轄調査となったことについて「総理とか副総理が言えないので、私が忖度した」と発言し、現職副大臣による公正さを欠いた利益誘導発言として…

「行ってまいります」「申し訳ございません」

新学期がはじまった。わが家は小学校に近く、学校のある日は大通りの信号に交通指導員の方が立ち、横断歩道を渡る小学生に「行ってらっしゃい」と声をかけると子供たちは「行ってきます」と元気な声を返している。 わたしがジョギングを終えて自宅に帰ってく…

勧められた本

アラビア語原典から訳出した東洋文庫版『アラビアンナイト』は畏れ多くて手を出せなかったものの、ちくま文庫のバートン版はいっとき書架を飾っていて、結果は、二巻目で断念し、手放した。 苦い思い出の『アラビアンナイト』だが、古書店の均一本の棚に阿刀…

複雑面妖

日本の、いや世界の映画史上最高のアクション場面はと問われたなら、わたしは「七人の侍」の豪雨のなかでの乱闘をあげる。のちに「裸の大将」や「黒い画集・あるサラリーマンの証言」など数多くの映画、テレビ番組で監督、演出を務めた堀川弘通はこのとき助…

情とカネ

火災保険のなかった江戸時代には、問屋と小売店との関係は密接で、どちらかが火災にあうと、災禍を免れたほうが親身になって面倒をみたという。相互扶助と火災保険の合わせ技であるが、のちに保険業者が現れると問屋と小売店の紐帯はだいぶんゆるんでしまっ…

裏急後重

むかし東大英文科のなんとかという教授はたいへんな記憶力の持ち主だったが弱点がひとつあって植物の名に疎かった。 教室で英語のテキストに植物名が出て、日本語で何というのかわからない場面、しかしこの先生、慌てず騒がず、かといって辞書を引くのでもな…

旅と長命

「月を笠に着て遊ばゞや旅の空」。 作者の菊舎は江戸後期の俳人で、二十四歳のとき夫と死別、二十九歳で剃髪し『奥の細道』を逆コースでたどる最初の大旅行に出て、その後生涯を旅に明け暮れ、七十四歳で歿した。 上の句は二十八歳で旅立ちを決意したときの…

近況記事

Twitterをみていると、SNSの更新が止まっている知人三名のことが気になって、知人の知人に「いまどうされているのか」を訊いてみたら、そのうちふたりが今年の夏に亡くなっていて、SNS(ソーシャルネットワークサービス)の突然の更新停止は「なにかある」と…

口腹の楽しみ

ちかごろは筍が出盛りで供養が安上がりにできるから、いまのうちに死にたいと念じている病気の婆さんがいて、いっぽうに、筍が安いうちに娘を嫁にやり、格安で結婚式をすませたいと願う倹約家がいる。 いずれも薄田泣菫『茶話』にあるエピソードで、むかしは…

「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」。 この秋、はじめて柿を食べた。鰻の蒲焼と聞くと斎藤茂吉を思い出すように、柿となれば正岡子規だ。そこで夏井いつき『子規365日』を開いてみたところ十月八日と九日と続けて柿の句があった。 「句を閲すラムプの下や柿…

小学生のときに見たプロ野球

この九月に刊行された芝山幹郎『スポーツ映画トップ100』(文春新書)の書き出しに、著者が子供のころ目にした野球選手の思い出が語られていた。 芝山氏は一九四八年(昭和二十三年)石川県金沢市の生まれで、兼六園球場で青田昇、引地信之、箱田淳を、神戸…

菊人形

十月になり、自宅近くの団子坂を上り下りしていると、菊人形のことが思い浮かぶ。 文化文政年間に巣鴨、染井、白山の植木職人が手慰みに菊を衣に人形に着せた菊細工が起こりで、これが安政年間に駒込団子坂に移り、明治七八年ころから木戸銭を取って客に見せ…

猫の恋、亀の声

桜の開花が待たれるころ猫は恋の季節を迎える。猫が交尾する時期は年に四回あるそうだが、いちばん盛んなのは早春で、発情した雄は昼夜を問わず鳴き声もかまびすしく雌を追い求め、雄どうしの争いの激しいばあいは武闘が起こる。こうして「猫の恋」は春の季…

「排除の論理」余話

昨年の衆議院議員選挙に際して朝日新聞が「安保法今は昔」の見出しとともに民進党から希望の党へ転じた何人かの議員をとりあげていた。 集団的自衛権を認める、自衛隊の活動範囲や使用できる武器を拡大するといった内容を盛り込んだ通称、平和安全法制整備法…

「排除の論理」

昨年の衆議院議員選挙で、希望の党が安倍政権の存続を脅かすかもしれないと注目を集めながら当時党代表だった小池百合子東京都知事の「排除」発言を機に急速に勢いが衰えたのは記憶に新しい。民進党の前原誠司代表は、希望の党にまるごと合流する意向だった…

小津とチェーホフ

海外に出たときは気分を変えてこれまでご縁のなかった人の著作に接してみようと、十月にトルコを旅しているあいだチェーホフを読んだ。名前だけ知る人だが、開高健がえらく推奨していて気にはなっていた。 まずは中原俊監督「櫻の園」からの連想で『桜の園・…

「こんな人たち」

七月二日に行われた都議会議員選挙の前日、秋葉原駅前で行われた自民党の街頭演説会で、演説している安倍首相に聴衆のなかから「辞めろ」「帰れ」のヤジと罵声がわき上がったとの報道があった。 それにたいし首相は「人の演説を邪魔するような行為を自民党は…

時代を透視する力

ことしの一月ポーランドを旅したのを機に、この国とスターリニズムとの関連を知りたくてひさしぶりに林達夫「『旅順陥落』」(平凡社ライブラリー、初出は「新潮」一九五0年十月号)を読んだ。さいしょに読んだのは二十代のはじめで、それからいままで何度…

あんぱんの春

三好達治に「あんぱんの葡萄の臍や春惜しむ」という句があるのを小沢信男『俳句世がたり』で知った。 あんぱんという季語について、本ブログ二0一三年四月十八日「あんパン」でわたしは「新しい年度を迎えたのを機に歳時記を見てみようと坪内稔典『季語集』…

三人の生物学者

池田清彦『アホの極み』に二0一一年三月二十五日九十歳で没した柴谷篤弘氏を追悼した一文があり、一九八0年代なかば柴谷が構造主義生物学を提唱し、そのころ池田の書いた論文が柴谷の目にとまり、二人がこの学問の構築に情熱を燃やすこととなった事情が述…