「こんな人たち」

七月二日に行われた都議会議員選挙の前日、秋葉原駅前で行われた自民党の街頭演説会で、演説している安倍首相に聴衆のなかから「辞めろ」「帰れ」のヤジと罵声がわき上がったとの報道があった。
それにたいし首相は「人の演説を邪魔するような行為を自民党は絶対にしない」「こんな人たちに、皆さん、私たちは負けるわけにはいかない」と反論し、ジャーナリズムの一部からは首相が「こんな人たち」という言葉を国民に向けるのはいかがなものかと指摘があった。
気の利いたヤジを飛ばすのを否定するほどわたしは厳格主義者ではないが、選挙演説をヤジや罵声で妨害したり封じ込めたりするのは論外だ。「こんな人たち」という表現が首相の言葉として適切だったかどうかはともかくとして言論活動への妨害は議会制民主主義の根幹にかかわる行為であり、「こんなこと」はしてはいけない。

そのうえで思う。安倍内閣に対決姿勢をとる政党が選挙演説で組織的なヤジや罵声を浴び、その訴え、主張が封じられようとしている事態を仮定してみよう。はたして首相は右であれ左であれ内容のいかんにかかわらず言論活動の自由は断固擁護する、「こんな人たちに、私たちは負けるわけにはいかない」という信念と気概で以て対応してくださるのだろうか。
政治は人間のいとなみであり、人間が有限であるかぎり過ちの可能性は排除できない。とりわけ最高権力者には強い信念とともに、過ちの可能性を最小に抑える努力が求められる。そのために自身の意見と行動にたいする批判に心を開いておかなければならず、少数意見にたいする誹謗中傷は権力者が自制抑制すべきことがらである。ところが国会審議の場で首相みずから野党の質問者にヤジを飛ばす姿を何回か見た。議論を通して多数意見の形成をめざす姿勢よりも異論にたいする不寛容の感情の露出が目につくところはかねてより気になるところであり、こうしたことからわたしは前段の問いに確たる答が出せないでいる。
都議選での自民党の歴史的惨敗をうけ安倍首相は近く局面打開のために内閣改造を行うらしく、「週刊文春」(七月十三日号)の関連記事に、首相周辺から出た言葉として、目玉となる閣僚候補に三原じゅん子議員がいて、ふさわしい根拠として「野党へのヤジも有名で、首相も『根性がすわっている』と評している」とあった。「人の演説を邪魔するような行為を自民党は絶対にしない」と言いながら閣僚の適格性をヤジで判断するとはおどろきで、ここにも「こんな人たち」がいるのだった。