日産動物園

日産自動車の西川広人社長(九月十六日付で辞任)は副社長だった二0一三年五月に株価があらかじめ決められた水準を超えたときに権利行使できる「ストック・アプリシエーション権(SAR)」という権利の行使日をズルして一週間遅らせ、およそ四七00万円多く利益を得ていたという。SARについては無縁の世界なのでよく分からないが要はジャンケンの後出しの類いであろう。

経済ジャーナリスト片山修氏は「もし事実であるとすれば、信じられない話だ。このような役員による初歩的な不正は、ほかの大手自動車メーカーではありえない」と語っていて、まあこれがふつう、というか健全な反応だと思われるが、日産側は不正利得行為が発覚した当初は「ゴーン体制時代の仕組みの一つ」と理窟にもならないカルロス・ゴーン前社長への責任転嫁を述べ、また経営を監視する社外取締役の一人は法律違反ではないと悪質性を否定し、上乗せ分の返納と処分で済ませる考えを示唆してすぐに進退の問題に発展する可能性は低いなどと語り、火消しに努めていた。

特別背任の罪などに問われたゴーン被告の事件で、同被告による会社の私物化を厳しく批判してきた西川社長だが、同社長もゴーン被告とおなじ報酬に絡む不正を行っていたわけで、しかしこちらは法律違反ではなく、悪質性はなかったというけれどほんとうにそうなのか。

わたしとて「事実の世界」と「法律の世界」が異なるのは承知しており、SARの悪用行為が「事実の世界」では世間の怒りを呼ぶものであっても、「法律の世界」で起訴されるかどうかは予想がつかない。しかし起訴不起訴にかかわらず不当な手法による利得のかさ上げは「事実の世界」における健全な市民常識とは著しくかけ離れているし、それに法律違反ではなく、悪質性はなかったといった発言は「法律の世界」の網の目を潜ろうとする粉飾された言い逃れでしかない。

西川氏は辞任表明の記者会見で「負の部分を全部取り去ることができなかった」「現在の日産の厳しい状況を招いたのはゴーン前会長。それなのに、全く謝罪をしていない」と語っていたが、ここへ来てなおご自身も「負の部分」の主役の一人であるという認識はないみたいだ。

オリンピックではないが、(報酬の)より高く!をめざすゴーン、西川両氏の欲の追求と技の競い合いはキツネと狸の化かし合いのようで、できることなら日産動物園で「狐七化け狸は八化け」の生態をじっくり見学したいものだ。

そうそう、西川社長の辞任は取締役会の全員一致の辞任要求を受けたもので、このなかには法律違反ではなく、悪質性はなかったと語った社外取締役も含まれているから、脇役の変化ぶりもなかなかのものである。