小学生のときに見たプロ野球

この九月に刊行された芝山幹郎『スポーツ映画トップ100』(文春新書)の書き出しに、著者が子供のころ目にした野球選手の思い出が語られていた。
芝山氏は一九四八年(昭和二十三年)石川県金沢市の生まれで、兼六園球場で青田昇、引地信之、箱田淳を、神戸に越して甲子園球場早実時代の王貞治国鉄時代の金田正一、大阪(難波)球場で飯田徳治、西宮球場梶本隆夫を見たと述べていて、おなじ世代に属するわたしは昭和三十年代の懐かしい野球選手の名前に心がときめいた。
わたしは一九五0年の生まれで、生まれも育ちも高知市だからプロ野球の選手を見たのはもっぱら高知市営球場でキャンプをしていた阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズの前身)のメンバーで、梶本隆夫、靖郎の兄弟、米田哲也、本屋敷錦吾、バルボンなどの顔が浮かぶ。
自宅と球場が近く、また自身も野球人だった叔父(父の弟)が高知市役所でキャンプの担当をしていたから、ときどきその後ろにくっついて廻った。
ある日、球場へ行くと叔父が歌手の灰田勝彦と話をしていて、案内にはわたしもご一緒させてもらった。野球が大好きな灰田は旅行を兼ねて各地のキャンプ地巡りをしているとあとで叔父から聞いた。
のちに灰田の歌った「鈴懸の径」は、鈴木章治とリズムエースにピーナッツ・ハッコーがくわわったクラリネット二重奏によるスイングジャズ・ヴァージョンとあいまって、わたしのいちばん愛聴する曲となったから、小学校の低学年のときに灰田勝彦と叔父にくっついて球場をあるいた一日はとても貴重で大切な一日となった。
そのころのゴールデンカードはもちろん巨人、西鉄戦で、一度、高知市営球場でオープン戦があり、そのときは長嶋、稲尾が見られるとずいぶん興奮した。チケットの心配はなく、その日、わたしは叔父の計らいで、スコアボードに点数を掛ける手伝いをしていて、超満員の球場でプレーするジャイアンツとライオンズの選手たちをボードの隙間から眺めていた。いまなら公務員倫理の問われる案件であっても、それが問題視されるなど思いもよらない「三丁目の夕日」の時代だった。

こうしたことを思い出しながら『スポーツ映画トップ100』を読んでいた矢先、先年亡くなった叔父の長女、つまりわたしの従妹が家族の写真を整理していて、叔父(写真の向かって右)が野球のユニフォームを着た佐田啓二(若い人向けに説明をしますと、当時の松竹の大スターで、中井貴一のお父さんです)たちと撮った写真を含む数枚をFacebookに上げてくれた。

高知を舞台にした佐田啓二が出演する野球の映画はとっさには思い浮かばなかったけれど、よくしたもので『スポーツ映画トップ100』のおかげで、なかの一本である「あなた買います」(一九五六年、小林正樹監督)と知れた。また、従妹もネットでいろいろと検索をかけてこの映画にたどりついていた。
昭和のプロ野球界で繰り広げられた、大金の飛びかう不穏なスカウト合戦を描いた「あなた買います」でスカウトたちが獲得に狂奔する、大木実の扮する栗田五郎について芝山氏は「五郎の故郷(画面に後免駅が出てくるから高知県なのだろう)」と書いている。
この映画で佐田啓二が演じたのは東洋フラワーズのスカウト岸本で、叔父もいる写真にスカウト役がどうしてユニフォーム姿で写っているのかは作品を観てみないとわからないが、それはともかく、従妹がネットに上げた写真から、阪急ブレーブスのキャンプの世話をしていた叔父が野球の映画のロケに、それも「トップ100」の一本に関わっていたと知ったのはうれしく、なんだか予期せぬ収穫を手にした気分だった。