東京五輪と歴史の教訓

東京オリンピックは予定通りの開催に向けてしっかり準備をする。IOCバッハ会長や東京五輪大会組織委員会森会長、安倍首相、小池東京都知事からはそうした発言しか聞こえてこない。感染症が収まり七月二十四日に開会式を迎えられればそれに越したことはない。しかし、どういった根拠で予定通りなんていえるのか不思議でならない。

いっぽうイングランド北西部で公衆衛生の責任者を務めたジョン・アシュトン博士は東京五輪組織委の最高責任者が「五輪延期について考慮さえしていない」と発言したのは賢明な判断ではなかった、「スポーツの実行委員会なら、想定外のことを想定し続ける必要があります。これが私のアドバイスです」と語った。

予定通りの開催しか口にしないのは中止や延期についての責任論やどの組織が経費を負担するのかといった問題があるのかもしれない。そのことを別にすると想定外のことを想定しているようにはみえず、それどころか世界中が病気になっても、たとえ負け戦であってもオリンピックに突入するような印象だ。

「人間とは、栄光のためとあらば、謙虚になることだってしかねないのだ」(モンテーニュ)。

思いがけぬ些細なことがらや指導者の発言で揺らぐ世の中である。ましてや多くの人命を奪っている新型コロナウイルスは些細などころではない。オリンピックの栄光を思うなら謙虚でなければいけない。

仮に新型コロナウイルス感染が完全に終息していない場合であっても、こういう条件でなら実施できるといった話でないと上級国民はどうか知らないが一般国民としては不安で、マスクなしで頑張るとおっしゃる森喜朗先生の過激思想で大混乱に巻き込まれては一大事だ。

そうしたなかトランプ大統領が、東京五輪は一年間延期したほうがよいとの考えを表明した。まなじりを決して強硬論を口にする面々とは異なり冷静、現実的な選択で、いまの現状で米国の大選手団を送り込むのは危険すぎると考えたのだろう。

運命のサイコロは思いもかけないのに、この状況で東京五輪を開催して、あとでレガシーを云々しても、それを継承する人たちの健康、生命を危険にさらしたために担う人は減ってしまったでは取り返しがつかない。

「ただいたずらに聖戦の美名に隠れて国民的犠牲を閑却し、いわく国際正義、いわく道義外交、いわく共存共栄、いわく世界平和、かくのごとき雲をつかむような文字を並べ……」というのは昭和十五年二月二日第七十五議会における斉藤隆夫代議士の演説の一節で、ここにある「聖戦」を「東京五輪」と読み替えると、歴史は繰り返すを実感する。

そこで半藤一利『昭和史』にある昭和戦前の歴史の教訓に学んでみよう。

政界、軍部の要路にあった人たちは、どこにも根拠がないのに「大丈夫、勝てる」と開戦に踏み切り、敗戦を前にして、ソ連満洲に攻め込んでくることが目に見えているのに、攻め込まれたくない、いま来られると困るとの思いからだんだん、いや、攻めてこない、大丈夫、ソ連は中立を守ってくれるという思い込み、自分の望ましいほうの考えに取り憑かれていた。まずい結果となったときにあったのは底知れぬ無責任だったと半藤氏はいう。

東京五輪組織委員会森喜朗会長は新型コロナを巡る延期について「ありえないと思う」と強調した。根拠はないから、思い込みや自分の望ましいほうに考えているだけとしか思われない。

「山あれば山を観る/雨の日は雨を聴く/春夏秋冬/あしたもよろし/ゆふべもよろし」(山頭火

こんな気分で東京五輪を迎えたい。