2019-01-01から1年間の記事一覧

「アマンダと僕」

銀座の映画館からの帰り、雨上がりのあとに感じるような心が洗われた気分になった。テロがもたらした物語でこんな気持になるのは異例のことだ。 パリに暮らす二十四歳の青年ダヴィッド(バンサン・ラコスト)は同市内で起きた無差別テロで姉のサンドリーヌ(…

「長いお別れ」

エンドタイトルを目にしながら、「お父さん」(山崎努)のご冥福と「お母さん」(松原智恵子)、娘たち(竹内結子、蒼井優)とその家族のしあわせ、人生の充実を願っていた。 フィクションとわかっていても、そうした気持ちにさせるのはなんといっても中野量…

はじめてのお茶の本~『日日是好日』

映画「日日是好日」に誘われて原作の森下典子『日日是好日ー「お茶」が教えてくれた十五のしあわせ』(新潮文庫)を手にしました。わたしにははじめてのお茶の本で、素敵な映画がよい機会をもたらしてくれました。 一読、期待していた通り、映画とおなじくゆ…

働き方改革いまむかし

この四月から働き方改革関連法が施行されている。長時間労働の常態化やそれに起因する過労死、非正規労働者に対する不合理な待遇格差など働き方をめぐる諸問題への有効な施策となってほしいものだ。 働き方改革は労働をめぐる日本人のメンタリティと深くかか…

「マッチ 魔法の着火具・モダンなラベル」

たばこは吸わない、塩分は控えめにと教えられてきたわたしだけれど、東京スカイツリーに近い、たばこと塩の博物館は好きだ。企画がよく、自宅から歩いて行けるうえに、六十五歳以上は入場料金五十円!年金生活者にはありがたさに涙がこぼれるほどだ。 さて今…

ユリアヌスからモンテーニュへ

桜の上野公園とつつじの根津神社、ともにわが家に近い花の名所で、上野公園の花見のあとには根津神社のつつじまつりが控えていて、そのあいだには神社に沿って植えられてあるこぶしの木の花が咲き、目を楽しませてくれる。 「こふしの花なしの花はさくらと比…

芸能人の不祥事

新井浩文が強制性交容疑で逮捕されたのは二月一日のことで、映画についていえば六月に公開が予定されていた「台風家族」は延期に、おなじく年内公開予定だった「善悪の屑」は公開中止と決まった。前者では脇を固める一人として出演していて、どう処理するの…

政治と宗教と寛容と~辻邦生『背教者ユリアヌス』余話

辻邦生『背教者ユリアヌス』の冒頭には作者が東大仏文科で師事した「渡辺一夫先生に」との献辞がある。旧制松本高校でドイツ語を学んだ辻がフランス語へ転じたのは「ただひたすら先生について文学を学びたかった」からだった。一九四九年の新学期、東大では…

政治と宗教と寛容と~辻邦生『背教者ユリアヌス』

フラウィウス・クラウディウス・ユリアヌス(331年もしくは332年-363年6月26日)はキリスト教を批判し、ローマ多神教を支えとした「異教徒皇帝」であり、ローマ帝国最後の「背教者」皇帝だった。(在位361年11月3日-363年6月26日) 辻邦生『背教者ユリアヌス…

「ビル・エヴァンス タイム・リメンバード」

数々の名演、貴重なフォトとフィルム、肉親また親交のあった人々の証言でたどるビル・エヴァンス(1929-1980)の生涯を描いたドキュメンタリーであり、生誕九十年を機に公開された「ジャズピアノの詩人」の墓標ともいうべき映画です。 ビル・エヴァンスの演…

「僕たちのラストステージ」

一九二0年代後半から三十年代にかけて映画と舞台で人気を博した「ローレル&ハーディ」。チビで気弱なスタン・ローレルと、デブで怒りんぼのオリヴァー・ハーディによるチームは日本でも「極楽コンビ」の名前で親しまれた。 劇場を、映画館を満員満席にした…

クリスティー攻略作戦

アンソニー・ホロヴィッツ『カササギ殺人事件』(創元推理文庫)を読み終えた。 この日曜日(三月三十一日)、喫茶店で朝食をとりながら読み、午後、NHK囲碁トーナメントの決勝戦、井山裕太選手権者対一力遼八段のテレビ対局をたのしみ(一力遼八段が三度目…

政治家の失言

塚田一郎国土交通省副大臣が四月一日、福岡県北九州市で行われた集会で、下関北九州道路構想が本年度から国による直轄調査となったことについて「総理とか副総理が言えないので、私が忖度した」と発言し、現職副大臣による公正さを欠いた利益誘導発言として…

「行ってまいります」「申し訳ございません」

新学期がはじまった。わが家は小学校に近く、学校のある日は大通りの信号に交通指導員の方が立ち、横断歩道を渡る小学生に「行ってらっしゃい」と声をかけると子供たちは「行ってきます」と元気な声を返している。 わたしがジョギングを終えて自宅に帰ってく…

「記者たち 衝撃と畏怖の真実」~「バイス」

二00二年一月二十九日ジョージ・W・ブッシュ米大統領は一般教書演説で「イラクが大量破壊兵器を保有し、テロを支援している」と糾弾し、翌年三月アメリカはイラクとの開戦に踏み切った。 このときウォーターゲート事件の調査・報道でニクソン大統領を追い…

森泉笙子 個展 「もうヒトツのソラ-いつのまにか私は駆けだしていた」のお知らせ

Gallery Zaroff企画 「森泉笙子 個展 もうヒトツのソラ-いつのまにか私は駆けだしていた」が4月25日(木)から30日(火)まで画廊・珈琲Zaroff(東京都渋谷区初台1-11-9五差路 tel.03-6322-9032)で開催されます。たくさんの方のご鑑賞をお願い申し上げます。…

勧められた本

アラビア語原典から訳出した東洋文庫版『アラビアンナイト』は畏れ多くて手を出せなかったものの、ちくま文庫のバートン版はいっとき書架を飾っていて、結果は、二巻目で断念し、手放した。 苦い思い出の『アラビアンナイト』だが、古書店の均一本の棚に阿刀…

「ビリーブ 未来への大逆転」

古代ローマにおけるグラディエイターどうしの命を賭けた戦いや猛獣との死闘は映画のなかではともかく、現実となるとたまったものじゃない。格闘を格闘技というスポーツとしたのは人類の大きな進歩だった。 ついでに?権力闘争を票数の競い合いに、正邪の判定…

義理とふんどしを欠く覚悟、できてます。

「私の理性は曲げられたり折られたりするようには仕込まれてはおらぬ。そうされるのは私の膝である」。モンテーニュ『エセー』より。 三月三日の東京マラソンで、35、6キロあたりから膝に痛みが生じて難渋してしまった。曲げると痛く、階段の上り下りにも痛…

「マイ・ブックショップ」

一九五九年イギリスのある海岸沿いの小さな町に、戦争で夫を亡くした一人の女性が書店を開く。本屋が一軒もないこの町で開業するのは彼女、フローレンス・グリーン(エミリー・モーティマー)と亡き夫との夢だった。 フローレンスは長いあいだ放置されていた…

「サッドヒルを掘り返せ」

和歌の世界では、有名な古歌(本歌)の一句もしくは二句を自作に取り入れて作歌を行う本歌取りという方法がある。 意図的なものかどうか知らないが「大きな古時計」と「LET IT BE」はおなじコード進行なのだそうだ。ジャズの世界ではある曲のコード進行を借…

「グリーンブック」

「七人の侍」では百姓たちが村を守るために侍を雇った。 「グリーンブック」では黒人がイタリア系の白人を運転手兼ガードマンとして雇う。 どちらも逆転の発想のドラマづくりだが、「七人の侍」の百姓と侍の人物造型が日本人のかねてより抱いていたイメージ…

第100回新宿~青梅43㎞かち歩き大会

三月十七日、新宿〜青梅43㎞かち歩き大会に参加した。100回目の記念大会にして、ラストの大会。毎年三月と十一月に催され、今回で半世紀の幕を下ろした。 参加者はいつもより多く、たぶん二千人に届いていただろう。歩いていると「三十年前はもうすこし歩道…

「運び屋」

デイリリーという高級ユリの栽培に打ち込み、その世界では名の知られる存在になったのはよかったが、娘の婚礼にも出席しないほどに家庭を顧みず、けっきょく妻子と別れて暮らすはめになった男アール・ストーン(クリント・イーストウッド)がインターネット…

大森洋平『考証要集2』を読む

ラグビー日本選手権決勝(2018/12/15)は神戸製鋼がサントリーに圧勝して十八シーズンぶり十度目の日本一に輝いた。いっぽう地味な話になるけれど同月二十三日にテレビ観戦したラグビー・トップリーグの入れ替え戦、豊田自動織機対三菱重工相模原も見ごたえ…

東京マラソン2019を走った

三月三日、東京マラソン2019を走った。 退職してから、毎年応募しつづけ、今回八回目にしてようやく当選の通知をいただいた。30キロまでは目論見通りだったのに魔物が棲むといわれる35キロあたりで膝痛に襲われて難渋したが、なんとか老骨に鞭打ってフィニッ…

「THE GUILTY ギルティ」

小津安二郎が天才と評した清水宏は、男と女と乗物があれば映画はできると語ったという。「有りがたうさん」のニックネームで親しまれているバス運転手と、なにか複雑な事情のありそうな女、売られてゆく娘とその母親、東京帰りの村人などの乗客やすれ違う人…

複雑面妖

日本の、いや世界の映画史上最高のアクション場面はと問われたなら、わたしは「七人の侍」の豪雨のなかでの乱闘をあげる。のちに「裸の大将」や「黒い画集・あるサラリーマンの証言」など数多くの映画、テレビ番組で監督、演出を務めた堀川弘通はこのとき助…

『八月の砲声』~映画のなかの一冊の本

映画のなかで触れられた本としてわたしに強い印象を残している一冊にバーバラ・タックマン『八月の砲声』がある。第一次世界大戦開戦前後の政治と軍事についての検証と分析をつうじて戦争はどのようにしてはじまったのかを詳述した歴史書である。 映画はロジ…

「天才作家の妻 40年目の真実」

ノーベル文学賞の候補に何度かあがっていたジョゼフ・キャッスルマン(ジョナサン・プライス)がようやく念願の受賞者に決まり、妻のジョーン(グレン・クローズ)と息子で作家のデビッド(マックス・アイアンズ)を伴い授賞式が行われるストックホルムを訪…