「記者たち 衝撃と畏怖の真実」~「バイス」

 二00二年一月二十九日ジョージ・W・ブッシュ米大統領は一般教書演説で「イラク大量破壊兵器保有し、テロを支援している」と糾弾し、翌年三月アメリカはイラクとの開戦に踏み切った。

 このときウォーターゲート事件の調査・報道でニクソン大統領を追いつめたワシントン・ポストも(「大統領の陰謀」として映画化)、ベトナム戦争を分析・記録した国防省の最高機密文書、通称名ペンタゴン・ペーパーズ」の存在をスクープしたニューヨークタイムズも(おなじく「ペンタゴン・ペーパーズ」/最高機密文書」)、大統領が語った、イラク大量破壊兵器の保持という開戦の前提を事実として報道したのだったが、アメリカのジャーナリズムの層の厚さというべきだろう、大統領の発言に疑念を抱いて調査を開始した二人の記者がいた。

 地方の新聞社を傘下にもつナイト・リッダー社ワシントン支局の記者ジョナサン・ランデーとウォーレン・ストロベルの二人で、「記者たち 衝撃と畏怖の真実」は「イラクは本当に大量破壊兵器を隠し持っているのか」を追及したジャーナリズムの物語だ。

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 ジョナサン・ランデー(ウッディ・ハレルソン)とウォーレン・ストロベル(ジェームズ・マースデン)はジョン・ウォルコット支局長(ロブ・ライナー監督自ら演じている)や重鎮ジャーナリスト、ジョー・ギャロウェイ(トミー・リー・ジョーンズ)の支持、支援を受けてホワイトハウスの職員や外交官に接触しながら、政権が都合のいい情報を流して開戦を正当化しようとしていることを明らかにするが、その声は悪の枢軸をたたく風潮にかき消されてしまった。

 イラク戦争の真相の究明と検証を試みたこの作品、91分という時間のなかにあの戦争の基本的な構図とことがらをしっかりと収めている。社会派作品として、イラク開戦の裏にあった虚構をなおざりにしてはならない、というメッセージは重要だ。大量破壊兵器は見つからず、ブッシュ政権の世論誘導による戦争で死傷者数はイラク人百万人、米兵三万六千人以上にのぼった。

 一九八六年の「スタンド・バイミー」でロブ・ライナー監督を知ってからさまざまな作品に接してきた。なかでいちばんのお好みは「恋人たちの予感」。ホームランバッターの存在感はないが、確実にシングルヒットを飛ばす巧打者というのがそのイメージで、この作品にもあてはまる。

 冒頭イラク戦争で車椅子の生活を余儀なくされた黒人兵が、戦争の正統性に疑問を投げかける場面がある。政治家が嘘をつき、事実をでっち上げて戦争を起こした結果、落命また障碍者となった人たちがいる。そんなことは気にせず、恬として恥じない神経の持ち主でないと政治家になれないのかとブッシュ政権について思う。

 

 そのブッシュ政権で9・11後のアメリカをイラク戦争へと導いたとされるディック・チェイニー副大統領に迫ったのが「バイス」(アダム・マッケイ監督)だ。

アメリカ史上最強かつ最凶の副大統領」を描いた実録風ポリティカル喜劇、そうして謀略、腐敗、事実の隠ぺい、改竄などを通じて強行されたイラク戦争をめぐる悪徳政治家のドラマだ。

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 「記者たち」の直球、リアリズムに対してこちらはクセ球、変化球、ただしリアリズムの度合は、アメリカ政治に疎いわたしにはよく測定できないと断ったうえだが、それでもふたつの映画を併せるとイラク戦争の内幕や政治過程が相当に浮かんでくる。

 ここで示されたブッシュ政権の内実が事実に即しているとすれば、その権力構造はひどく「バイス」の比重の高い政権であり、ホワイトハウスの裏側はおそろしいほど副大統領に傾斜していた。そして私生活では「バイス」(クリスチャン・ベール)の尻を叩く猛妻リン・チェイニー(エイミー・アダムス)がいて、どうやら世界はこの夫婦にかき混ぜられたと見える。

 存命の元副大統領をモデルに、うさんくささとユーモアと深刻のただよう奇妙な味の悪漢奇譚である。

(三月三十一日、四月八日TOHOシネマズシャンテ)