「マイ・ブックショップ」

 一九五九年イギリスのある海岸沿いの小さな町に、戦争で夫を亡くした一人の女性が書店を開く。本屋が一軒もないこの町で開業するのは彼女、フローレンス・グリーン(エミリー・モーティマー)と亡き夫との夢だった。

 フローレンスは長いあいだ放置されていた「オールドハウス」を買い取り、書店を開いたのだったが、女性の開業を冷ややかに眺める保守的な住民は多く、くわえて、ここを芸術センターにしたいとする地元の有力者ガマート夫人(パトリシア・クラークソン)がさまざまな画策、妨害をめぐらし、書店は苦難を強いられる。

 いっぽう、長年自宅に引きこもり、読書に情熱を傾けてきた老紳士エドモンド・ブランディッシュビル・ナイ)が、また貧しい家の少女で、本はまったく読まないけれど家計を扶けたいからと言いながら店を手伝うクリスティーン(オナー・ニーフシー)が心を寄せる。少数ながら暖かく見守る住民もいる。

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 フローレンスが紹介するレイ・ブラッドベリ華氏451』やナボコフ『ロリータ』にものめずらしさと文学の新たな息吹を感じた人々が書店にやって来る。そうした彼女の選択はエドモンドの胸を打つ。映画と書店と本との交歓が静かに奏でられ、「オールドハウス書店」の古い木製の書架からは書物愛が伝わってくる。

 気を衒ったようなシーンは皆無、丁寧に、的確に、美しく撮られた海辺の小村がストーリーとマッチして、心に沁みた。驚きと静かな余韻を残すラストシーンも素晴らしく、見終わったとき、詩情、哀切、静かな怒り、諦念、かすかな希望といった相反するものを含むさざ波が寄せて来た。

 音楽もいい。とりわけエンドロールの最後に流れたジャズは寄せるさざ波とあいまってわが心を洗ってくれた。ちなみに、わたしはイギリスで生まれたスタンダードナンバー「バークリースクエアのナイチンゲール」が大好きだ。

 なお、ナレーションはフランソワ・トリュフォー監督『華氏451』の主演女優ジュリー・クリスティが担当していて、イザベル・コイシェ監督は、このキャスティングはトリュフォー作品へのオマージュと語っている。

 いずれ『華氏451』を読んでみよう。『ロリータ』は再読だ。でも、そのまえにペネロピ・フィッツジェラルドの原作を読まなくては。

 

〈本と過ごす時間、/そしてちょっとの/勇気があれば/人生は豊かになる〉(本作のパンレットより)

(三月十九日シネスイッチ銀座