「グリーンブック」

 「七人の侍」では百姓たちが村を守るために侍を雇った。

 「グリーンブック」では黒人がイタリア系の白人を運転手兼ガードマンとして雇う。

 どちらも逆転の発想のドラマづくりだが、「七人の侍」の百姓と侍の人物造型が日本人のかねてより抱いていたイメージだったのにたいし、「グリーンブック」の黒人と白人はそこのところも一転する。

 ドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)はカーネギーホールの上階のマンションに住む黒人、知的で、繊細な性格のピアニスト、いっぽうの白人トニー・リップ(ビゴ・モーテンセン)はキャバレー、コパカバーナの用心棒、無学でがさつだが家族思いで周囲から信頼されており、もちろん職業からして腕っぷしは強い。

 キャバレーの改装で休業を余儀なくされたトニーに、シャーリーの南部へのコンサートツアーの運転手兼ガードマンの仕事が舞い込んで二人の旅がはじまる。

f:id:nmh470530:20190308120046p:plain

 ときは六十年代のはじめ。運転席に白人がいて、後ろの座席に黒人がいるのを見て多くの人はおどろきを隠さない。そんな時代にシャーリーはあえて、まだ黒人差別が強く残る南部でのコンサートを企画する。黒人差別への思いを秘めた覚悟のツアーだが、トニーはそんなこと知る由もない。

 日本国憲法第十四条「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」のなかで、二人の人種、信条、社会的身分、門地はずいぶんと異なる。いわばちがう世界で生きてきた二人だ。

 「グリーンブック」はそんな二人が衝突と和解を繰り返しながら旅するロードムービーであり、標題は五十年代から六十年代にかけて南部を旅する黒人が宿泊できるモーテル、ホテルの一覧を載せたガイドブックを指している。

シャーリーとトニーのあいだにあるのは一冊の「グリーンブック」、でも旅するうちに冊子よりも相互理解と友情が勝るようになる。

 「ケンタッキーっていやぁケンタッキー・フライド・チキンだろ!」とむさぼり食うトニーにイヤーな視線を送っていたシャーリーだったが、やがて二人はチキンに舌鼓を打つ。

 こうして二人のあいだにグリーンブック」は不要となり、旅路の果てではアメリカ社会に「グリーンブック」があること自体おかしいといった風景が見えてくる。

 社会問題を扱いながら、映画のたのしさを伝えてくれるこの作品の製作と共同脚本を務めたのはニック・バレロンガ、すなわちトニーの子息で、父の「ちょっといい話」(ほんとうは「ちょっと」ではないけれど、ここは言葉の綾で)を逸品の映像として蘇らせた。

(三月五日TOHOシネマズ上野)