「長いお別れ」

エンドタイトルを目にしながら、「お父さん」(山崎努)のご冥福と「お母さん」(松原智恵子)、娘たち(竹内結子蒼井優)とその家族のしあわせ、人生の充実を願っていた。

フィクションとわかっていても、そうした気持ちにさせるのはなんといっても中野量太監督の演出力、山崎努をはじめとする役者陣の演技力の賜物だ。

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高校の先生を勤め上げた父の七十歳の誕生日に母は娘たちに、父が認知症になったと告げた。病気の進行、介護のありかた、家族の精神的、肉体的、経済的負担……「長いお別れ」がはじまったのだ。

過剰な思い入れや力みを排した哀歓のこもった描写、泣けて笑える味わい深い作品だが、徘徊や万引、ウンチを漏らすシーンなどをとおして認知症と介護のリアリズムもしっかり取り入れられている。

なかで、認知症の父が傘を提げて遊園地を行き来する印象的なシーンがある。所在不明の父がこの公園にいるとの知らせを受けて母と娘たちが駆けつける。そのとき彼女たちに、いつか来た公園、そしてここでの記憶がよみがえる。三人で遊びに来ていて、雨が降りだし困っていたところへ父が傘を持って迎えに来てくれたのだった。いつしか忘れていた、雨の公園での父の姿であり、ふだんは家族への心遣いを素振に見せない父親が垣間見せた家族愛だった。

きまじめで不愛想な夫とそれをやんわり受け止め、やさしく包む母、二人が嬉しいとき、悲しいときによく歌ったのが「上を向いて歩こう」だった。家族四人で歌ったこともあっただろう。とりわけこの一家の愛のうたを歌う母親役の松原智恵子に、日活の青春作品にリアルタイムで接したわたしの胸は熱くなった。

そしてわが身を振り返ると、来年はこの映画の「お父さん」が認知症となった七十歳である。うーん。

(五月三十一日 TOHOシネマズ日比谷)