「サッドヒルを掘り返せ」

 和歌の世界では、有名な古歌(本歌)の一句もしくは二句を自作に取り入れて作歌を行う本歌取りという方法がある。

 意図的なものかどうか知らないが「大きな古時計」と「LET IT BE」はおなじコード進行なのだそうだ。ジャズの世界ではある曲のコード進行を借りた即興演奏が行われたり、ときに作曲されたりする。もちろん、文学、映画でもおなじで、ある作品にインスパイアされて新たな作品が生まれる。

 マカロニ・ウエスタンの名作「続・夕陽のガンマン」がはじめて公開されたのはイタリアで、一九六六年十二月のことだった。それから半世紀近く経った二0一五年十月、「続・夕陽のガンマン」に魅せられたファンたちが、スペインで撮影されたラストシーンのロケ地サッドヒルを訪れ、草や土に埋もれたまま眠り続けていたこの地で撮影現場の復元をはじめる。すると、そのニュースを知ったファンたちが新たに駆けつけ、ロケ地の復元は一大プロジェクトの様相を呈したのだった。

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 「サッドヒルを掘り返せ」はその模様を、撮影時のエピソードやクリント・イーストウッドエンニオ・モリコーネら製作関係者が当時を振り返るインタビュー映像を交えながら追ったドキュメンタリーだ。

 本歌取り、おなじコード進行による演奏、新曲の提示、名作にインスパイアされた新たな作品……「サッドヒルを掘り返せ」はその見事な達成だが、見ているうちに、じつはそれどころではなく、この映画は「続 夕陽のガンマン」を人生の最後に見て、墓場に持ってゆくと思い定めた人たちの物語なのだと思うにいたった。

 そして「続 夕日のガンマン」は、この映画を「マイ・ラスト・ムービー」とした人々に守護神として微笑みかけている。ここまで来ると映画は守護神と化すらしい。

 翻って自分のこととなると、人生の最後に見て、墓場に持ってゆく作品はまだきめられないままだ。一昨年、ウィーンを旅して「第三の男」の観覧車の公園とラストシーンの墓地を訪ね、大いに感激したけれど「マイ・ラスト・ムービー」には届かない。

「マイ・ラスト・ソング」はある。もしも立教大学にある「鈴懸の径」の歌碑が毀損されたりしたらきっと修復に駆けつけるだろう。サッドヒルのロケ地を復原した人々に倣って。

 それにしても「マイ・ラスト・ムービー」は定め難い。博捜はよいが、多情はいけない。わたしは多情すぎるのだろうか。守護神の微笑みは見られるだろうか。

(三月十五日新宿シネマカリテ、写真も同劇場で)