ほんのはなし

『深夜の散歩 ミステリの愉しみ』に導かれて

昨二0一九年十月に創元推理文庫から福永武彦、中村真一郎、丸谷才一『深夜の散歩 ミステリの愉しみ』が刊行された。書誌については後回しにして今回の創元推理文庫版は三人の著者のこれまで未収録だったミステリについてのエッセイや丸谷才一さんが収録しな…

警察小説の源流~『彼女たちはみな、若くして死んだ』

ヒラリー・ウォー(1920-2008)はわたしの大好きなミステリー作家で、さきごろも『生まれながらの犠牲者』の新訳本(法村里絵訳、創元推理文庫)を読み、あらためてこの人の作品にはハズレがないなあと感心した。 『生まれながらの犠牲者』は行方不明となっ…

はじめてのお茶の本~『日日是好日』

映画「日日是好日」に誘われて原作の森下典子『日日是好日ー「お茶」が教えてくれた十五のしあわせ』(新潮文庫)を手にしました。わたしにははじめてのお茶の本で、素敵な映画がよい機会をもたらしてくれました。 一読、期待していた通り、映画とおなじくゆ…

政治と宗教と寛容と~辻邦生『背教者ユリアヌス』

フラウィウス・クラウディウス・ユリアヌス(331年もしくは332年-363年6月26日)はキリスト教を批判し、ローマ多神教を支えとした「異教徒皇帝」であり、ローマ帝国最後の「背教者」皇帝だった。(在位361年11月3日-363年6月26日) 辻邦生『背教者ユリアヌス…

『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』

時を忘れて没頭し、頁を繰る指に力がはいる。至福の読書であり、もしもこれがミステリーであればわたしはもうひとつスピード感をくわえよう。 例外を認めたうえであえて言う、しばしば滞って軽快に運ばないミステリーは困ったものだ。その点でA・J・フィン『…

『脇役本』

濱田研吾『脇役本』(ちくま文庫)は映画、テレビで知る懐かしいバイプレーヤーたちの本やエピソードを満載したエッセイ集だ。とりあげられているのは山形勲から吉田義夫までおよそ八十人のシブい役者たち。わたしには多くが写真を見なくても目次だけで顔が…

『15時17分、パリ行き』

クリント・イーストウッド監督の新作「15時17分、パリ行き」をめずらしく同名の原作本を読んだあとで鑑賞した。 原作は、二0一五年八月二十一日、十五時十七分にアムステルダム駅を出発し、パリに向かっていた列車内で、武装したイスラム過激派の男が企てた…

『シンドラーに救われた少年』

第二次世界大戦のおわりを十五歳でオスカー・シンドラーの工場において迎えた、つまりホロコーストを生き延びた少年の体験記である。原書《THE BOY ON THE WOODEN BOX》は二0一三年刊、邦訳は二0一五年古草秀子の訳で河出書房新社から刊行された。 少年の…

粕谷一希『戦後思潮』を読む

ことしの憲法記念日に安倍首相は自民党総裁として改憲派の集会にビデオメッセージを寄せ、憲法を改正し二0二0年に施行をめざす意向を表明し、改正項目のひとつとして憲法九条を挙げ「一項、二項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込むという考え方は国民的な…

人生のトレーニングあるいは『初秋』の研究

「セプテンバー・ソング」と「セプテンバー・イン・ザ・レイン」について書いているうちにロバート・B・パーカーの代表作『初秋』を読みたくなり、久しぶりに頁を開いた。この前読んだのは作者が亡くなったときで、そのときわたしはこの名作を「人生のトレ…

『武士道の精神史』

「分別らしきもの腰ぬけべし」「武辺は無分別とそこつ(粗忽)の間より出る」 天野長重という旗本が書いた教訓的備忘録『思忠志集』の寛文八年(一六六八年)の記事にある、かつて武勲を立てた老人が語った言葉だそうで、氏家幹人『江戸藩邸物語』で知った。…

『あのころ、早稲田で』

著者の中野翠さんは一九四六年生まれ、埼玉県立浦和第一女子高を経て一九六五年四月早稲田大学第一政経学部経済学科(当時は夜間部の第二政経学部があった)に入学、六九年三月同校を卒業した。「あのころ」とはそのころを指している。 中野さんの同級および…

『救出への道 シンドラーのリスト・真実の歴史』

ドイツ人実業家オスカー・シンドラーは強制収容所にいた千二百人を数えるユダヤ人を自身の工場に雇用することでナチスの虐殺から救った人物として知られる。 一九四五年五月その努力がドイツの無条件降伏決定によりようやく実を結んだときシンドラーは囚人た…

季語あれこれ〜『俳句世がたり』余話

小沢信男『俳句世がたり』を読んでいて幾度となく季語についての知見に興味をおぼえた。 たとえば夜学。夜間の定時制高校に勤務したことのある身なのにわたしは本書を読むまでこれが秋の季語と知らなかった。「夜学校は一年中のことながら、とりわけ勉学の灯…

『俳句世がたり』

ジョギングコースのひとつで谷中にある小沢信男氏のご自宅前を通る。 何度かアンソロジーでお目にかかっており、表札を眺めてそのうち単著も読んでみたいと願っていたのだがこれまで機会がなく、ようやく昨年末に岩波新書で刊行された『俳句世がたり』を通読…

『山猫』を読む〜マフィアについて

『山猫』のドン・カロージェロはドン・ファブリーツィオ公爵家が所有する大農地の管理人を務めているが、その経済力は主家を凌ぐほどに強く、また「お館さま」の土地を含むドンナフガータ村の村長でもある。その娘アンジェリカが公爵の甥タンクレーディと結…

『山猫』を読む〜シチリアの挽歌

ことしのはじめシチリア島を含む南イタリアを旅したのを機に長年書架で眠っていたジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサの名作『山猫』(小林惺訳、岩波文庫)を手にした。 イタリア統一戦争を背景に、シチリアの名門貴族サリーナ公爵家の有為転変の軌…

『フランス組曲』

イレーヌ・ネミロフスキー『フランス組曲』(野崎歓、平岡敦訳、白水社)、第一部では一九四0年六月ナチスによるパリ占領にともない同市を脱出する人々の姿がアラカルトふうに描かれ、続く第二部では占領の具体のありさまが起伏に富んだ物語として綴られて…

『伯爵夫人』

蓮見重彦氏の小説をはじめて読んだ。『伯爵夫人』である。 かねてより谷崎潤一郎『瘋癲老人日記』を現代日本文学の大傑作と評価するわたしは蓮見氏が二十二年ぶりに書いたというこの小説を読むうち、ときに卯木督助老人が日米開戦前夜にタイムスリップして小…

『レディ・ジョーカー』再読

Amazonビデオにあった二0一三年WOWOW製作「レディ・ジョーカー」を視聴してすぐに高村薫の原作を再読した。元版は一九九七年に毎日新聞社から刊行されているが、その後作者は新潮文庫版で全面的に改稿改訂の措置をとっており文庫版『レディ・ジョーカー』と…

『裏切りの晩餐』

二0一二年に岩波書店がジョン・ル・カレ『われらが背きし者』を刊行したときは、学術書を中心としてきた出版社のスパイ・ストーリー分野への進出に、この書肆らしからぬという気持がしたのは致し方のないことだった。 この四月に出たオレン・スタインハウア…

『高い窓』訳文雑感〜タフについて

ハードボイルド小説の根幹をなす用語にタフがある。以下は、この言葉が『高い窓』の三つの訳書でどのように扱われているのかの一例で、同書15章にある、マーロウとロサンジェルス市警の刑事とのやりとり。はじめに村上春樹訳。 〈「おれたちはタフになるため…

『高い窓』訳文雑感〜フィリップ・マーロウのイメージをめぐって

二十世紀を代表する指揮者で、カラヤンの前のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者だったフルトヴェングラーは演奏家を再現芸術家と位置づけ、そのいちばん大切な行為を、楽譜の裏にある創作者の意図を見抜くことにあるとした。これにならえば文…

『同調圧力にだまされない変わり者が社会を変える。』

本書は池田清彦の最新コラム集(大和書房二0一五年六月刊)。自然科学については皆目ダメなわたしの、やさしく、わかりやすく、できれば政治や社会と関連させながら論じてほしいという贅沢な願いに応えてくれるのが、むかし寺田寅彦、いま池田清彦だ。 「日…

『「ふらんす」かぶれの誕生』

永井荷風の乗る信濃丸がカナダのヴィクトリア港を経てシアトル港に到着したのは一九0三年(明治三十六年)十月七日のことだった。父久一郎のすすめによる渡米だったが、荷風自身はフランスへの思いを断ち難く、渡仏志望が変わらぬことを父に訴えた結果、配…

丸谷才一『腹を抱へる』『膝を打つ』を読む

『丸谷才一全集』全十二巻(文藝春秋)は小説と文芸評論を主に編纂されていて、残念なことにユーモアエッセイや対談、翻訳は収められていない。ただし文春は生前、著者と全集刊行について相談していて、巻立ての都合でユーモアエッセイと対談を収録できない…

『ミケランジェロ・プロジェクト ナチスから美術品を守った男たち』

ジョージ・クルーニー製作、監督、主演の「ミケランジェロ・プロジェクト」を観て、原作を読んでみたくなり、ロバート・M・エドゼルのノンフィクション『ミケランジェロ・プロジェクト』(高儀進訳)を手にした。 第二次世界大戦でドイツ軍はヒトラーの指令…

『ナチを欺いた死体』

一九四三年七月十日連合軍はシチリア南方約百五十キロメートルの範囲から二十六の地点を選んで上陸を開始した。シチリア攻防の結果は第二次大戦全体の行方を左右するものだった。連合軍としては地中海における戦いの趨勢を決定的なものとすることにより、ヨ…

『本で床は抜けるのか』

二0一二年二月ノンフィクション作家の西牟田靖は仕事場を鉄筋造り三階建てのシェアハウスから築五十年ほどの木造二階建てアパートの四畳半へと移した。引っ越し荷物の多くは本と本棚で、蔵書数は「少なくとも1000冊以上、2000冊以下というところ」だった。 …

『落語を歩く 鑑賞三十一話』

成瀬巳喜男監督「女が階段を上る時」で銀座のバーで雇われマダムとして働く高峰秀子が体調を崩し、実家の佃島に帰り静養していて、そこへバーのオーナーである細川ちか子が見舞いにやって来るシーンがある。家を訪れる手前では小さな蒸気船が客船を曳いてい…