世田谷文学館に進路を取れ(其ノ二)

八月二十日。前週に引き続き世田谷文学館へ。きょうの「和田誠展 書物と映画」関連イベントは「文学とジャズ」コンサート。
佐山雅弘(ピアノ)井上陽介(ベース)道下和彦(ギター)のトリオにボーカル島田歌穂トーク和田誠という心躍る企画だ。ピアノとベースにドラムスじゃなくてギターというオールド・ファッションのピアノトリオ編成がみょうに嬉しい。
ギャラリーの収容人員はせいぜい百五六十名ほどで番号順の入場。わたしは百二十九番なのでけっこうあやういところだった。近所の本郷図書館に置いてあったチラシで知り、すぐにネットで購入したが、少し遅れていたらゲットできなかっただろう。
五時半開場の一時間ほどまえに文学館に着いて展覧会場へ入る。コンサートのチケットで「和田誠展」は団体割引料金が適用されるので、お楽しみは本日に取っておいた次第である。展示は「装幀」「丸谷才一さんとの仕事」「村上春樹さんとの仕事」「谷川俊太郎さんとの仕事」「自作絵本」「映画」という構成。

展示物はいつかどこかで見たおぼえのある本から最近の本、映画と芝居のポスターやビデオパッケージ用のデザイン画、そして「麻雀放浪記」自筆シナリオをはじめとする和田監督の映画に関する資料等の充実したもので、なかでわたしにとっての圧巻は村上春樹との共著『ポートレイト・イン・ジャズ』に収めたジャズ・ミュージシャンのポートレイト集から何枚かを選んで展示したコーナーだった。以前にこれらポートレイトを発表した個展があり、しかしそれを知ったときはもう終わっていて悔しい思いをしたのだったが、その作品が眼前にあった。
きょうのコンサートは前週とおなじ文学館一階ロビーだからリハーサル室も防音装置もなく、会場はカーテンで仕切られただけで、リハーサルがはじまると、その模様は二階にも伝わり、折しも島田歌穂さんの歌が聞こえてきた。佐山雅弘トリオの伴奏で島田歌穂が歌うのを耳にしながら和田誠の作品群を見るという、とんでもない贅沢!

コンサートのオープニングは「文学とジャズ」にふさわしくI Could Write A Bookを佐山雅弘トリオが演奏。あなたの姿やささやきを、ぼくは本に書ける、それほど君は魅力的、といった内容で、ジョン・オハラの「パル・ジョーイ」を原作とする同名のミュージカルで用いられた。フランク・シナトラとキム・ノバック、リタ・ヘイワースで映画化されたが、その邦題はなぜか「夜の豹」。
つづいてデイモン・ラニアン原作の同名ミュージカル「野郎どもと女たち」からIf I were Bell。ここで島田歌穂さん登場。この映画では共演のフランク・シナトラに負けじとマーロン・ブランドも一所懸命に歌っておりました。
というふうにそれぞれの曲と文学との関係や、映画にまつわるエピソード等を和田さんが懇切に語ってくれる。
なかにはサルトル『嘔吐』とジャズという思いがけない組み合わせもあり、そこで触れられているのがSome Of Tease Daysという曲。和田さんの『嘔吐』の該当箇所の朗読と解説につづいてピアノトリオの演奏が始まる。
和田さんはただならない蘊蓄をそうとは感じさせない気軽な雰囲気で、親しみやすく味わい深い語り口だった。その鬱蒼たる知識はあらかじめ承知していながら、いざ当人を前にして聞くと凄みは増して感動的である。
日本では江利チエミが歌ってヒットしたCome -on- a My House、この作詞がウィリアム・サローヤンと言われて驚き、つづいてオリジナルで歌ったローズ・マリー・クルーニージョージ・クルーニーのおばさんと告げられ心中で唸ってしまう。これには一九八六年「スウィングジャーナル」ジャズ・ボーカル新人賞の島田歌穂さんもびっくりされていました。
こんなふうにいちいち紹介していては果てしがないので、以下は「文学とジャズ」をクイズにしてみます。次のA群(1)〜(5)の曲と関係するB群(a)〜(e)の作家を選んでください。答えは次回で。

A群
(1)Tonight      
(2)Moon River      
(3)Memory         
(4)I Could Have Danced All Night       
(5)Ev'ry Time We Say Goodbye     
B群
(a)トルーマン・カポーティ
(b)レイモンド・チャンドラー
(c)バーナード・ショウ
(d)T.S.エリオット
(e)シェイクスピア

そうそう、ギャラリーには小室等さんが見えており、後半のはじめに和田さんが紹介すると、小室さんはAint' Misbehavin' とI'll Be Seeing Youの二曲をいずれも和田誠の訳詞で歌ってくれました。
和田さんは、佐山雅弘トリオの演奏ではときどき英語の歌詞をつぶやいて錦上花を添え、島田歌穂さんとのデュエットも披露。
フィナーレは上のクイズに挙げたEv'ry Time We Say Goodbye 、そしてアンコールはWhen You Wish Upon A Star。「星に願いを」はディズニー映画「ピノキオ」の主題歌、原作はカルロ・コッローディ作の童話だからアンコール曲まで「文学とジャズ」なのでした。
『お楽しみはこれからだ』からはじまった和田さんとの「私淑というかたちのつきあい」はこの日に向けてのものだったんだ、そんな気がした豊かでうるおいのある一夜、わたしのこれからの人生の記憶に残る素敵なコンサートだった。