2011-01-01から1年間の記事一覧

「闘魚」

「闘魚」は一九四一年(昭和十六年)の東宝作品。昨年没した池部良のデビュー作だ。監督志望ながら文芸部に配属されていた池部を、監督の島津保次郎が、これに出演すればそのうち自分の助監督にしてやると言って口説いたという。 原作は丹羽文雄の新聞連載小…

サッチモ祭

20世紀を代表するジャズ・ミュージシャンの一人、サッチモ(Satchmo)ことルイ・アームストロングが亡くなったのは一九七一年七月六日でした。その十年後の一九八一年、この偉大なトランペッターであり、歌手だった人を記念するサッチモ祭が東京の大丸デパー…

再会「泥だらけの純情」

さきごろラピュタ阿佐ヶ谷の日活青春映画特集で「泥だらけの純情」に再会した。映画館で観たのは一九六三年(昭和三十八年)の公開時、小学校六年生以来だからやがて半世紀が経とうとしている。ビデオとはちがいワイド・スクリーンで接するとやはり感慨新た…

『野口久光シネマ・グラフィックス』

野口久光(1909-1994)さんの名前を知ったのはジャズを聴きはじめた一九七0年代のはじめだった。ときどき手にした雑誌の音楽批評やレコード解説でその名を眼にしたのだった。 難しい理屈を振り回したり、前衛ぶったところがなく、トラッドなジャズにも目配り…

東京藝術大学修士リサイタル

おさそいがあり、七月十二日宵の刻、東京藝術大学音楽学部で行われた邦楽囃子、日本舞踊専攻修士二年の安倍真結さん、西国領君嘉さんの修士リサイタルへ行ってきました。藝大は美術学部にある美術館に行ったことはありますが音楽学部ははじめて、しかも邦楽…

『寄席紳士録』

敗戦後、やっとこさ大連からの帰国がかなった古今亭志ん生が、九州の引揚者収容所で家族に宛てて鉛筆舐めつつ頼信紙に「二七ヒカエルサケタノム」と書いたところ、びっくりした引揚者団の世話人が、収容所中にひびきわたる胴間声で「なんじゃッてえッ?サケ…

瞬間日記抄(其ノ十五)

某日。時代の趨勢にうとく、角田光代の原作も、評判のテレビドラマも知らず、映画化で話題となりはじめて知った「八日目の蝉」を観る。希和子(永作博美)は、不倫相手の正妻が生んだ子供を誘拐し四年間育てた。小豆島で「母」が逮捕され「娘」の恵理菜(井…

試行と助走

昨年八月からはじめた「スローボートからのつぶやき」いうブログ。そのサービスを受けてきたブロバイダーから、九月末日を以てサービスを終了させていただく旨のメールがありびっくり。予期していなかった引っ越し先捜しだが、よく訪れるブログでは、はてな…

「アルゼンチンタンゴの歴史」

この週末(六月二十五日)、文京区立本郷図書館で「アルゼンチンタンゴの歴史」と題するCDコンサートがあった。講師は代幸一郎氏。「ダイ楽団」の主催者であり、タンゴやミロンガの作曲もなさっている。 聴かせていただいたのは「エル・カチファーズ」「ラ…

瞬間日記抄(其ノ十四)

先日小生の小さい頃を知る八十数歳の婦人に会ったところ、思い出話になって、あなたは昔から映画の好きな子供だった、南奉公人町という町名の入った木切れを、南町奉行所の看板だとか、「伊豆の踊子」を「いまめのおどりこ」と言っていたのを覚えていると言…

同姓同名のはなし

ときどきまちがい電話がかかってくることがあって、電話帳を繰ってみたところ、姓も名も字もすべておなじ方がいらした。こちらが所属というか職場を口にしてはじめて電話の相手に御納得いただけたこともあった。先方でも同様だっただろう。同姓同名が二人な…

瞬間日記抄(其ノ十三)

ヒューマントラストシネマ有楽町で「アリス・クリードの失踪」を観る。誘拐犯の二人組ヴィック(エディ・マーサン)とダニー(マーティン・コムストン)は刑務所で知り合った仲だ。中年のヴィックが綿密な誘拐計画を練り、若いダニーが恰好の標的を見つけた…

一枚の絵〜「東京の空(数寄屋橋附近)」

黒澤明、小津安二郎、溝口健二の映画に、絵画を中心とする芸術作品がどのようにかかわっているのかを、ゆかりの美術スタッフとの関係や親交のあった芸術家との交流を含めて追求した古賀重樹『1秒24コマの美』(日本経済新聞社)を興味深く読んだ。いわば…

瞬間日記抄(其ノ十二)

「身分が下と見れば冷たくあしらった。使用人を邪険に扱い、秘書を見下した。任に就いた官庁の各機関では、配下の役人に恐れられ、嫌われた。すさまじい傲慢ぶりなのだ。大方の関係者とは比較にならないくらい頭がよいと思っており、それをわからせずにはい…

ビギン・ザ・ビギン

昨年、京橋のフィルムセンター小ホールで「踊るニュウ・ヨーク」(一九四0年、ノーマン・タウログ監督、原題Broadway Melody of 1940)を観たときはエンド・マークと同時に狭い劇場が拍手に包まれ、わたしもうれしくなって拍手、拍手でした。 フィナーレの…

瞬間日記抄(其ノ十一)

日本映画専門チャンネルで「下町」を観る。戦後四年目の春。シベリアに抑留されたまま生死不明の夫をお茶の行商をしながら待つ女(山田五十鈴)と荒川河川敷にある鉄材置き場の番小屋にいる男(三船敏郎)とが知り合いになる。木訥とした親切な男だ。男の妻…

ミリー・ヴァーノン「イントロデューシング」

水羊羹はどんなにおいしくても我慢して一度にひとつだけ。お茶は香りの高い新茶を丁寧に入れて、すだれ越しの自然光か、せめて昔風の、少し黄色っぽい電灯の下、クーラーではなく、窓をあけて、自然の空気、自然の中で味わいたい。 向田邦子は水羊羹をいただ…

映画「墨東綺譚」余話(其ノ四)〜荷風の刺青

この映画には、お雪が、あなた腕に刺青があるわねえと口にすると、荷風が腕をまくって見せるシーンがある。じじつ荷風は左腕内側に刺青を彫っていた。 『断腸亭日乗』昭和十一年一月三十日には「帰朝以来馴染を重ねたる女を左に列挙すべし」という有名な愛人…

映画「墨東綺譚」余話(其ノ三)〜玉の井と亀戸

新藤版『濹東綺譚』の見どころのひとつに細道の多い尾道につくられた玉の井のロケセットがある。監督は、このセットについて、玉の井の町を徹底的に考証して再現に努めたと述べ、復元にあたっての三つの要素として、荷風の文章と木村荘八の挿絵と監督自身の…

映画「墨東綺譚」余話(其ノ二)〜オペラ館のこと

玉の井の娼婦お雪は永井というお客が回数を重ねてやって来るうちに、親しみを覚えるようになるが、男は自分について、年齢や職業さえまったく口にしない。その言動からエロ写真の販売をなりわいとしていると推し量ったが、何にせよ自分とおなじ裏街道に棲む…

映画「墨東綺譚」余話(其ノ一)〜荷風と流行歌

「濹東綺譚」という映画は二本ある。ひとつは一九六0年の豊田四郎監督作品、山本富士子がお雪を演じた。もう一本は一九九二年の新藤兼人監督作品で、おなじタイトルながら、前者が小説「濹東綺譚」に即した(とはいえラストの改悪はひどいが)ものであるの…

瞬間日記抄(其ノ十)

千葉伸夫『原節子』を2001年刊行の平凡社ライブラリー版で読んでいる。原節子、本名会田昌江は1933年(昭和8年)に私立横浜高等女学校に入学した。「この年に中島敦(のちに作家)が二十四歳で、前後して、岩田一男(のちに一橋大学教授・英文学者)、渡辺は…

『深夜の散歩』のおもいで

ハヤカワ・ライブラリの一冊として刊行された『深夜の散歩』を眺めている。一九六三年十一月三十一日付け再版で、版型はハヤカワ・ポケット・ミステリとおなじ。一昨年に神保町の小宮山書店のワゴンセールでもとめた。三冊五百円だったから迷いなく即決で、…

「四畳半物語娼婦しの」

この二月に神保町シアターで成沢昌茂監督「四畳半物語娼婦しの」(1966年東映、以下「娼婦しの」)を観た。原作は永井荷風「四畳半襖の下張り」とされているが、正確には同作品をヒントとして紡ぎ出された物語と言ったほうがよいだろう。 本ブログ「荷風の映…

十年前のノートから東日本大震災の現在へ

このほど定年退職を迎えたのを機に、勤務先のウエブサイトに六年あまりにわたり月一篇掲載していたコラムに、他で発表した数篇をくわえて『スローボートからのつぶやき』と題した私家版を編んだ。お世話になった方々に配布する退職の引出物である。本書の書…

瞬間日記抄(其ノ九)

フィリップ・マーロウは検察局の捜査課に勤めていたが組織のなかで生きるのを潔しとせず私立探偵に転じた。「あなたのようにしっかりした男が、どうしてそんなにやさしくなれるの?」と問われて「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれ…

瞬間日記抄(其ノ八)

マノリオ・ド・オリヴィエラ監督「夜顔」(2007年)をDVDで。パリを舞台とする男と女の綺譚。そのパリの風景が美しく、切なく、いとおしい。冒頭の、クラシックのコンサート会場から出てきたミシェル・ピコリが濡れた舗道をあるいて行くシーンではやくも、あ…

『昔日の客』

山王書房という古本屋さんがあった。一九一八年(大正七年)生まれの店主関口良雄さんが大森にこの店を開いたのは一九五三年(昭和二十八年)のことだった。それからおよそ四半世紀のちの一九七七年(昭和五十二年)に関口さんは五十九歳で没した。 古本屋の…

瞬間日記抄(其ノ七)

さいきん喫茶店で本を読む前に、早川真平とオルケスタ・ティピカ東京の演奏による「赤い靴のタンゴ」をiPodtouchで聴いている。過日、奈良光江の記事を書いた際にYouTubeで知ったこのヴァージョンはタンゴ楽団ならではの演奏と編曲の妙が愉しめる。78回転の…

『失われたものを数えて』

『失われたものを数えて』(河出書房)の著者高田里惠子さんは一九五八年生まれ。現職は桃山学院大学経営学部教授。専門はドイツ近代文学および日本におけるドイツ文学研究とドイツ文学受容の歴史。 ドイツ文学に限らず外国文学の「受容」は「需要」と密接に…