「ミケランジェロの暗号」

この映画はナチスが支配するウイーンでのユダヤ人画商一族のものがたりで、広義にはホロコーストものなのだが、そこから連想されるイメージとは異なり、画商の家族は、タフで智略に富み、苦難に遭いながらもナチスの軍人を相手に押したり引いたり、隙につけ入ったりと巧みにわたりあう。
画商の家には四百年前バチカンで盗まれたとされるミケランジェロの絵が代々伝わっている。これがナチスの知るところとなり、絵を材料にイタリアと有利な外交交渉を進めたいナチスと画商一族とのあいだで争奪戦、防衛戦が繰り広げられる。つまりお宝をめぐる命がけの闘いである。
双方の力関係ははっきりしているから画商側が挑むのは武力ではなく、絵の真贋やありかをめぐる機転や頭脳プレーの闘いで、それはおのずとコン・ゲームすなわち詐欺や騙し合いをテーマとする痛快な犯罪サスペンスの様相を帯びる。
もちろんミケランジェロの絵を取引材料とするナチス相手のコン・ゲームはユダヤ人画商家族が生き延びるための工作であって、痛快なエンターティンメントは反ナチスのドラマでもある。ちょうど「カサブランカ」のリックとイルザのラブ・ロマンスが、一面で戦意高揚映画であったとおなじく「ミケランジェロの暗号」はお宝争奪戦と反ナチスのドラマを小気味よくブレンドした作品。こういう映画、好きだなあ。言い換えると思想や主張が前面に出る作品はどうも・・・・・・。

  


ユダヤ人の強制収容が執行される直前に、ウイーンの画商一家のひとり息子ヴィクトル(モーリッツ・ブライブトロイ)は、兄弟のように育てられた親友のルディ(ゲオルク・フリードリヒ)にミケランジェロの絵の隠し場所を告げたのだったが、ヴィクトルの思いとは反対に、ルディはナチスの親衛隊に入隊したうえ、隊での昇進を図るために情報を密告する。
ヴィクトルの父はそんな可能性も織り込んでいたのだろう、ナチスには偽物を渡し、本物はどこかに隠した。その父は収容所で息子に謎のメッセージを残して死去する。メッセージの意味は不明なまま、ヴィクトルは絵のありかは自分だけが知ると装い、母の命を救うためナチスを相手に危険な駆け引きに出る。こうしてヴィクトルとルディのミケランジェロの絵をめぐる争奪戦の幕が切って落とされ、くわえてここに二人が恋心を寄せるレナ(ウーズラ・シュトラウス)という女性が参戦して事態を複雑かつおもしろくしてくれる。
原題の「Mein bester Feind」(英題「MY BEST ENEMY」)が示すのは戦前、戦中、戦後にわたり、たがいに「私の最高の敵」と見なした二人の男の闘いであり、「ミケランジェロの暗号」という邦題は「ダ・ヴィンチ・コード」の二番煎じみたいだし、内容からしても的確さを欠いている。
それはともかく、ちょっぴりほろにがさを含んだラストが爽やかで切れ味よく、こんな夜こそと口にしたお酒もまことによい気分にしてくれました。
(九月十五日TOHOシネマズシャンテ)