ローマとパリで映画をおもう(其ノ三)

ヘンリー・ミラーのパリ時代を描いた「ヘンリー&ジューン 私が愛した男と女」という映画があります。ミラーの作品を意識したのか、むやみなセックスシーンは興ざめですが、それでもDVDが手許にあるのは、三十年代のパリの雰囲気とリュシエンヌ・ボワイエ「聞かせてよ愛の言葉を」やジョセフィン・ベイカー「巴里の屋根の下」など懐かしいシャンソンがいとおしいから。

セーヌ川のほとりで思い浮かべたのはアポリネールの「ミラボー橋」であり、凱旋門で偲ばれたのはイングリッド・バーグマンの面影でした。むかしの映画やシャンソンで刷り込まれたパリのイメージなのですが、パリに来てみるとその印象は一層喚起されました。ヘンリー・ミラーよりすこし前にパリで活動していた作曲家コール・ポーターの伝記映画「五線譜のラブレター」にエッフェル塔に花火がかかるシーンがあります。じっさいに見てみたいなあ。
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ミラボー橋の下をセーヌ川が流れ われらの恋が流れる わたしは思い出す 悩みのあとには楽しみが来ると」(アポリネールミラボー橋」堀口大学訳)。
永井荷風をはじめ多くの作家、芸術家が隅田川を東京のセーヌ川に見立てました。さいきん愛聴しているCD「由紀さおり&ピンク・マルティーニ1969」を聴いていると、二つの川とおなじようにシャンソンと歌謡曲もけっこう通じ合っているんだという気がします。海外の楽曲も取り入れた歌謡曲のあらたな展開といった趣のあるこのアルバム全体の印象はシャンソンの色が濃いように感じます。
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ヒッチコック「裏窓」やトリュフォー黒衣の花嫁」「暗くなるまでこの恋を」の原作者ウイリアムアイリッシュに「三文作家」という作品があります。喜劇タッチでありながら、しかもこの作家らしいサスペンスは盛り込んでいる短編小説です。三文作家ダン・ムーディ氏が、さあ創作活動だ、準備はととのった、いまからパルプ雑誌用殺人小説を書くんだと意気込んでいる場面で、これから肩を並べようとしているライバル作を脳裡に浮かべます。文学ではロミオとジュリエットそして失楽園、美術ではミロのヴィーナスとモナリザといった具合です。ミロのヴィーナスとモナリザルーブル美術館にあるのは御承知のとおり。その威力たるやたいしたものです。
 
そういえばルーブルを舞台とした映画「ダヴィンチ・コード」はここの館長殺人事件が発端となっていました。ヴァチカンではキリストを傷つけ、汚しているとしてボイコットを呼びかけていましたね。原作はダン・ムーディじゃなかったダン・ブラウンでした。
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シャンゼリゼ通りで見かけたポスター。「キャバレー」「プリンセス・プリンセス」 というミュージカルの名作が上演されています。
ロミー・シュナイダーが四十三歳の若さで亡くなったのは一九八二年五月二十九日でした。「ルートヴィヒ」「追想」「サン・スーシの女」など晩年の(といわなければならないのが残念ですが)スクリーンの彼女はまさしく「ゴージャスな輝き、孤高の気品」を具えていました。戦後ヨーロッパを代表する女優でありながら、私生活では辛酸をなめたとして過言ではない彼女の没後三十年に際しての回顧展。パリがロミー・シュナイダーに心を寄せている、そんな気がしました。